この恋の行方は? | ナノ
「おかえりなさいませ♪ご主人様。」
歓楽街というものどこにでもは存在するものだ。
S市内まで電車で10分。
私はバイトのためにS市内に存在するメイド喫茶まで来ていた。
S市内は都会なので割合ここにくればなんでもそろう。
そういう買い物のときも極力立ち寄らない場所であるが背に腹は変えられない。
(仗助君のためだ!)
そう思えばこの仕事も楽しいものだと思えるから不思議だ。
◇
仗助と億泰は名前の後を追い、電車に乗って歓楽街へ入っていく彼女の姿を見ていた。
「おいおい、仗助。S市内まで来てよぉ、どこに行くのかと思えば…。」
「…………。」
「…仗助?」
「…………。」
「だめだこりゃあ。」
反応がない友人にさじを投げる。
「…億泰。入るぞ。」
「お、おい待てよ〜!」
二人は彼女が消えていったビルの中へと入っていった。
◇
新たに来たお客さんにお冷を持って行こうと準備していたところ、厨房の方で何かあったのか先輩メイドたちはバタバタと忙しなく動きまわっている。
私もお冷を出したら手伝いに行こうかと悩んでいると突然先輩メイドがお盆ごとお冷を奪い取っていってしまった。
「新入りさん!こっちは私たちがやっておくからあっちのご主人様の接客に行ってちょうだいっ」
「うぇえ!?わ、わかりましたっ!」
半ば奪い取られるような形で自分がしていた仕事を取られてしまい、無理やりホールの方へ放り出される。
(もうっ!新人だからってなんでも押し付けて…!!)
フツフツとした怒りが湧き上がるが先輩や店長に言える訳がない。
仕方なくその客の元へ行き注文をとる。
「おかえりなさいませ♪ご主人様。ご注文はお決まりでしょうか?」
その人はぱっと見は普通の男の人だった。
今の若者のようなファッションをしており正面に座っているのは友達だろうか。男二人組で来ているようだった。
「君新入り?見ない顔だね。名前は何て言うの?」
「は、はい…!新入りの『あきら』と言います…っ!よろしくお願いします、ご主人様。」
ちなみに『あきら』というのは私の源氏名みたいなものだ。
店長が勝手につけたものなので気にしないでほしい。
「…へぇ〜。可愛いね。」
「へっ!?あ、ありがとうございます…。あの、ご注文は…?」
「ああ、これとこれ、頼もうかな。」
「はい。少々お待ちください。」
パタパタと駆けていく名前の後ろ姿を二人の男はジィっと見ていた。
◇
「お待たせしました。ご注文のコーヒーとコーラフロートです。」
二人組の男の机に注文した品を置こうとしたところ、うち一人の男が急に名前の進行方向に向かって足を出した。
「え…。きゃあっ!」
まさか足を出されるなんて思っていなかった名前は当然躓いて転んでしまう。
「いったぁ〜…」
コーヒーはなんとか死守したが、長いグラスに入ったコーラフロートは見事にひっくり返ってしまった。
それも客の男のズボンに。
「あ…っ!も、申し訳ありません…!!」
自分が悪い訳ではないが咄嗟にズボンを汚してしまったことについて謝罪する名前。
すると男は突然人が変わったかのようにいちゃもんを付け始める。
「あ〜あ。どうしてくれんだよ。俺の一張羅をよぉ〜。
こんなにビショビショにしてくれて。どう落とし前つけてくれんの〜?」
「す、すみません…。クリーニング代をお出ししますので……」
「そういう問題じゃあないでしょ〜!?ズボン通り越してパンツまで染みてきちゃってるじゃん〜。」
男の大きな声に裏方にいた先輩メイドたちも顔を覗かせている。
助けを求めて視線を彷徨わせるが、先輩たちは我関せずと言った様子でサッと視線を逸らしてしまった。
(そ、そんな…!)
誰も助けてくれない。
悲しくて思わず瞳に涙の膜が張る。
「ど、どうしたら…」
「どうするって、そんなの決まってるでしょ〜。
丁寧に、濡れちまった俺のココを優しくふき取ってくれればいいんだよ〜。」
男が指さしたのは何故か股の中心だった。
まさかそんなことを要求されるとは思わなかったので顔が羞恥に染まる。
「で、できません…」
増々どうしたら良いか分からなくなってしまった名前に男は追い打ちをかける。
「できないじゃねぇ、やるんだよ!
それともなんだ、この店は客に注文した飲み物ぶっかけといてアフターケアも満足にできないような店員を教育しているのかぁ〜!?」
「ほら」と言いおしぼりを投げて渡される。
もはや脅しに近い行為に名前の頭からは抵抗という言葉は消え失せていた。
膝を床について震える手でおしぼりを男へ近づける。
その時だった。
震える手を大きな手にガッシリと握りこまれる。
「んなことする必要はねぇよ。」
この手は、この声は。
「じょ…仗助、くんっ!」
仗助は名前を立ち上がらせて彼女の前に出た。
突然現れたリーゼントの男に彼女に絡んでいた男も驚いたように目を見開いている。
「な、なんだてめぇはよ…」
男は強がっているが目の前のガタイの良い仗助に完全に怯んでいる。
「自分より弱い女に絡んでよぉ、それが楽しいのか。」
「な、なに言ってやがる…!このクソガキっ!」
その言葉に仗助は男の前により一層顔を近づける。
男は仗助のこれでもかとばかりに釣り上げられた瞳と、その青い瞳の中に燃え盛る怒りを目の当たりにしてゴクリと喉を鳴らす。
「てめぇのような下衆野郎はよぉ、原型がなくなるまでぶん殴ってやりたいところだが名前の前だし勘弁してやる。
今すぐ俺たちの前から消えな。」
仗助は『クレイジー・ダイヤモンド』で男の横にあるテーブルを叩き割る。
周りの人間からしてみたら突然テーブルが物凄い音を立てて壊れたようにしか映らないだろう。
だが突然目の前で原型がないくらいに破壊されたテーブルは、男が恐怖を感じるには十分だった。
「…今度名前の前に現れやがったらよぉ……。
____そのテーブルと同じようにしてやるからなっ!!」
「ひっ!ひぃいいいっ!!」
仗助にビシッと指を指された男は慌てたように連れの男と一緒に店から逃げていった。
「…名前、大丈夫か?」
ポカンと仗助を見つめる名前。
目の前で何が起こったのかいまだに把握できていないらしい。
その目はまん丸に開かれている。
だが徐々に状況が飲み込めてきたかと思うと仗助を見てニコッと微笑む。
「…やっぱり仗助君は私のヒーローだねっ!」
そのまま仗助の首に飛びつくかのように抱き着いた。
「おわっ!名前!!ここではマジィよっ!離れろって!なぁ!」
そういう仗助だがその顔は嬉しそうにヘラリと情けないことになっているのに、店の入り口から見ていた億泰は知っていた。
「お前ら、もう付き合えよ。」
億泰の呟きは誰にも届くことなく消えていった。