ショートbio | ナノ


▼ 私だけの瞳

「まぁそんなに緊張するなよ。ここの飯は俺のおすすめなんだ。」


「は、はあ・・・。ありがとうございます・・・。」



私はなぜかシェリーの恩人であるレオンさんと共にとあるお店に来ていた。

なぜこのようなことになったのかと言えば、それには深い訳がある。





ジェイクの仕事の都合で急遽アメリカへ行くことになった私たち。
ジェイクは傭兵という特殊な仕事を生業とするため必然的に各地を転々とすることになる。
そのため特に決まった家もないため、彼と一緒にいる私も必然的にそれについていくことになるのだ。


久しぶりにシェリーと会えると思い私の心も踊る。
だがそれは甘かった。



再会もほどほどに近くの村でBOWが出現したとかでジェイクは勿論、シェリーも「久しぶりに腕がなるわ」などと言って二人で退治に向かってしまったのだ。


二人はあの事件以降、顔を合わせる回数こそめっきり減ったがそれでも二人にとってお互いは数少ない背中を合わせて戦える仲間だ。

今更二人の関係を疑ったりしないし、勿論信頼もしている。
何よりジェイクは私のことをとても大切にしてくれている。


(だけど、なんかなぁ・・・)


だからこそ釈然としない気持ちがあった。

三人でご飯でも行けたらと思っていたため、予定がなくなってしまった。
特にすることもないので一人で街中をブラブラする。

ジェイクには夜は危ないから一人で出歩くなと言われているが、ここは大通りで人通りもそれなりに多いし問題ないだろうと判断した。


何よりも、恋人である私を置いてシェリーと一緒に行ってしまった彼に対する当てつけのようなものも、少なからずあったのかもしれない。


夜の街を一人歩くナマエ。

人通りも先ほどよりも少なくなり流石にそろそろホテルに戻ろうかと踵を返そうとしたところ、一人の男に声を掛けられる。


「お嬢さん、こんな時間に一人で出歩いていると危ないぜ」








そして冒頭に戻る。


レオンに連れられて入った店は木を基調としたオシャレなバーのようだったが、落ち着いた雰囲気であった。

だが未だお酒を窘める年齢には至っていないナマエは初めて入ったバーというものに気後れしてしまう。



「ここは酒だけじゃなくて料理もうまいんだ。」


レオンさんはそう言い気後れする私を気遣ってか適当に何品かオーダーしてくれる。

店員にさらりと注文したレオンさんは「さて、」と言い私に向き直る。





「会うのはあのバイオテロの時以来だな。
ナマエ。元気にしていたか?」


「はい。あの時はお世話になりました。
レオンさんもお元気そうで何よりです。」


レオンさんと会うのは中国での出来事以来だ。
彼が無事であったことに安堵する。


あの時生えていた髭は全て剃り落としてあり、前に会ったときよりも随分と若い印象を受ける。

そして何よりもこうして明かりのあるところで彼を見てみると、レオンさんはかなり整った顔であることが良く分かる。


(王子様みたい)


そんな私の妄想を打ち壊すかのようにレオンさんは訪ねてくる。


「ところで・・・こんな時間にどうしたんだ?
人通りがあるとは言えこの辺りは夜になれば物騒だ。

女性の独り歩きはあまり関心しないな。」


あくまで優しく、責めないように訪ねてくるレオンさんに、彼が女性の扱いに慣れていることを感じる。


「・・・別に、特に理由はありません」


あんなどうでもいい下らない理由で危険な真似をしていましたとは言えず、私は誤魔化す。

しかしそんな私のことなど彼は見通しているのかさらに訪ねてくる。


「あの男、ジェイクって言ったか?

あれから一緒じゃないのか?」


随分とアンタに執心しているように見えたがな、そういうレオンさんに私は水の入ったグラスをカランと揺らして彼の方を見やる。


「フッ・・・やっぱりアイツが原因なんだな。
言ってみるといい。

少しは相談に乗れると思うぜ。」


そう言って綺麗にウインクするレオンさんに私も自然と言葉が紡ぎ出される。
そもそも私にはシェリーやジェイクの他に特に親しい友人などもいないため、その二人の話題ともなればいよいよ相談する相手はいない。

溜めこんでいたものを吐きだすかのように私はレオンさんに今までの経緯を説明する。

私が話している間、彼は黙って頷きながら私の話を真剣に聞いていてくれた。


くだらないと一蹴されるかとおもいきやレオンさんの反応は私が想像していたものとはまるで違っていた。



「こんなに可愛い子を置いて他の女と出かけるなんて、アイツは罪な男だな。」


「えっ・・・」



息を吐くように甘い言葉を連ねるレオンさんに私の頭の中までくらくらしてくる。


「ナマエ、俺ならアンタにそんな顔はさせない。」


冗談か本気か分からない言葉を吐きながら、私の手をテーブル越しに両手で握りその手の甲に軽く口づけてくるレオン。


「ひゃっ・・・!」


反射的に彼の手を振り払いその手を自分の膝の上に引っこめる。


「そんなに初心な反応されるとこっちまで照れるな。」


「じゃあやめてください!」



やはり冗談だったのか、レオンは「悪い悪い」と言いながらクスクスと笑っている。


シェリーの言う通り、この人は結構な女たらしのようだ。


「俺は心配する必要はないと思うけどな。」


「・・・え?」


突然真面目な顔になったレオンさんは続ける。


「そんなに考えなくてもあのナイト君はお前に骨抜きだってことさ。
今頃血眼になって探しているんじゃないか?」


そうだ、いくらなんでもそろそろ帰ってきている時間だろう。
そう思い立ち上がろうとした瞬間レオンにその手を掴まれる。


「それじゃあいつもと同じだろう。
いつも心配させられる分、少しは心配かけてやってもいいんじゃないか?」


「それは・・・」


そうかもしれない。
少しはジェイクにも私の気持ちを分からせたい。


当てつけのようで少し気後れしたが、次の瞬間には私は元の席へと座っていた。






目の前に運ばれてくる食事を次々に頬張りながらジェイクについて話す私。


「ジェイクはですね、天然タラシなんです。
怖そうに見えて優しいから自然と女性をエスコートしてしまう。
女もそのギャップにやられてコロッと落ちてしまうんです。
彼と旅するようになってから私何人もそういう人を見てきました。
その度に嫉妬しましたけど何も言いませんでした。
だってジェイクには何の悪気もないんですもん。」


矢次に話す私を怪訝に思ったレオンが尋ねる。


「お、おい。ナマエまさか・・・これ飲んだのか?」


焦ったレオンが指さした先には綺麗なライトブルーのカクテルが。
いつの間にこんなものを頼んだのか。


「あっ。これはですね、ジェイクの目の色に似ているなーって思って頼んだんです!
甘くておいしいですよー。」


そう言って自分の方へグラスを傾けてくるナマエの目は完全に据わっている。


「ジェイクってばいつもお酒は自分で飲んじゃうから。私はまだ未成年なんだから駄目だって。

私だってもう子供じゃないのに。」



日本では確かに未成年になるけど外国だったらいいじゃないですか、と不満げに言うナマエ。



その言葉にレオンは目を見開く。


彼女の言うことが本当ならジェイクはあえて彼女に酒を飲ませていなかったと言うことだ。
それはジェイクが相当ナマエのことを大切にしているという証拠で・・・



ふと彼女の後ろから近づいてくる影に気が付いたレオンは、フッと笑ったかと思うと口を開く。



「ナマエ、お前は幸せ者だ。

そんなに良い男、俺を除いて他にはいないぞ。」




ほら、迎えが来たぞと言うレオンにナマエは後ろを振り返る。



そこにはここまで走ってきたのか息を切らすジェイクの姿が。



「・・・ナマエ、なんでそいつと」


そんなジェイクの言葉を遮るようにナマエが彼に飛びつく。


「ジェイクー!会いたかったよぉ!

やっぱりこれよりもジェイクの目の方がずっと綺麗で好き。」


そう言ってジェイクの首に抱き着き彼の胸にすり寄るナマエ。



「・・・お前、酒のんだな。」


強気だが恥ずかしがり屋の彼女がこんな人前で自分に甘えてくるなど普通ではない。

それにアルコールのせいで僅かに上気した頬に潤んだ瞳。
間違いなく酒を飲んだのだろう。



「おい、英雄さんよ。あんたが飲ませたのか。」



ギロリとレオンを睨むジェイク。
その瞳には敵意の他にも別の感情が含まれているように見えた。


自分は無実だとでも言うように両手を上げて降参のポーズをとるレオン。


「誤解だ。俺はこんな夜に一人街をうろついていた少女を保護しただけさ。
酒についてはいつの間にかその子が注文して飲んでいた。
・・・・それよりも、」

レオンは手を下ろして椅子から立ち上がりジェイクの前へ立つ。
その目は先ほどとは打って変わって鋭く細められていた。



「・・・言ったよな。お前みたいな男は気を付けた方がいいって。

優しいのも結構だがそんなことじゃ本当に大切なものはすり抜けていくぞ。」


「・・・何言ってんだ」



「そのままの意味さ。わからなけりゃお前もそこまでさ。

俺のようになりたくなければ大切なものは死んでも離すなよ。」


それを聞いたジェイクは眉ひとつ動かさず、足元のおぼつかない彼女を支えながら去っていった。

去り際にテーブルの上から領収書をひったくりパッと会計を済ませていってしまった。


それを見たレオンは一人椅子に戻り苦笑する。



「・・・あれは確かにモテる訳だ」


一回り近く年の離れた男に年甲斐もなく自分の感情を露わにして怒ってしまった。
それは彼がどことなく昔の自分を思い出させるからなのかもしれない。



今日は酒が飲みたい気分だ。

だが一人酒盛りというのもなんとも味気ない。


「ハロー、ヘレナ?今から俺と飲まないか?

え?無理?そう言わずにさ・・・

・・・・・・泣けるぜ。」


ホテルに戻ってきたジェイクとナマエ。

未だに自分の腕から離れない彼女をベッドに横にする。




「・・・俺は、またお前を不安にさせちまってたんだな。」


すぅすぅと規則正しい寝息を立てる彼女の横に座り、ジェイクは彼女の頬にかかってしまった髪をかき上げる。


「・・・ジェイク・・ごめんね。」


寝ていたと思っていたナマエの声が聞こえて驚くジェイク。


「ナマエ 起きてたのか」


「うん・・・風に当たったら少し良くなってきた。
ごめんね。心配かけちゃって。」


彼女はいつもこうだ。
何か言いたいことがあるのだろうがそれを無意識に隠してしまう。


(アイツに話せて俺には話せないっていうのかよ)


「・・・ナマエ、俺に思うことがあったら言え。
口に出さなきゃ俺もわからねぇ。」


大切だからこそ思っていることは話してほしい。
彼女のことを理解して受け止めたい。
そして自分に足りないことがあるのなら直したい。強くそう思う。


今まで人と深く関わるのを避けてきたジェイクにとって、それは初めての感情であった。


「・・・いいの?
私のこと嫌な女だって、嫌いになるかもよ」



「それはあり得ねぇ。どんなお前だって俺は好きだ。」



そんなジェイクの言葉に安心したのかゆっくりと言葉を紡ぎ出す。



「他の女の人に優しくしないで」


「は・・・?」



予想外の台詞にジェイクはポカンと口を開く。



「ジェイクが他の女の人と話しているのも嫌なの。
優しくしている姿を見るのはもっと嫌。

私だけのジェイクでいてほしいの。」


こちらの様子を伺うように上目遣いで言ってくるナマエにどうしようもなくジェイクの胸は高鳴る。


(コイツ・・・!なんでこんなに)


それを聞いたジェイクは彼女を抱きしめる。



「・・・・ジェイク?」


「・・・・お前、可愛すぎ。

心配しなくても俺はお前のもんだ。
例えどんな女に言い寄られたとしてもお前しか見えてねぇよ。」


「シェリーは・・・?」



それを聞いたジェイクは先ほどよりもさらに間抜けな顔をする。



「はぁ?シェリー?アイツは仲間だろ。
それ以上でも以下でもねぇよ。アホか。」



そう言ってナマエのおでこを指先で小突く。


「いたっ」


「シェリーや俺が信用できないか?」


少し悲しそうに眉を顰めるジェイク。
彼にこんな顔をさせてしまった自分に嫌気が差す。



(エイダにも言われたんだった。)


「ううん。そんな訳ない。二人のことは誰よりも信頼しているよ。」



「じゃあ余計な心配すんな。
まぁ嫉妬するってことは俺が大好きで仕方ないってことだもんな。

少しは多めに見てやるよ。」


意地悪く口角を上げるジェイクに恥ずかしくなり私は布団の中に身を隠す。



「ばかっ ジェイクの意地悪っ!」


「ハハっ!安心しろよ。

__俺はお前にしか勃たねぇからよ」




「っ!!!変態!」



そう言う彼の足を軽く叩いた。