starry heavens | ナノ

隣の部屋へと移動した後、暫く気を失っていたジョセフさんは漸く目を覚ました。

「これからどうする!?遅かれ早かれ奴はドアに穴を空けてここまで来るぞ!」

「この密室の中では我々は圧倒的に不利!この潜水艦はもう駄目だ!捨てて脱出するのだ!」

「しかしここは海底40メートル、どうやって…!?」

ゴソゴソとジョセフさんが取り出したのは何本かの重そうな酸素ボンベ。
嫌な予感がヒシヒシとしてくる。

「…この中にスキューバーダイビングの経験のあるものは?」

「ない。」
「ない。」
「ありません。」
「隣の部屋から『女教皇』が襲ってくる。早く潜り方を教えて下さい!」

それしか脱出の方法はないとはいえ、もうダイビングをやる方向で話が進んでいることに頭がクラクラしてくる。
私の嫌な予感は大当たりしてしまったのだ。

「いいか皆。『慌てないこと。』それがスキューバーの最大注意だ。
一気に浮上したら肺や血管が膨張破裂する。ゆっくり、海底に沿って上がっていこう。
時間がない。水を入れて加圧するぞ。」

ジョセフさんがバルブを回すと海水が一気に艦内に流れ込んでくる。

その冷たさに私はゾッとした。
私はお世辞にも泳ぐのが得意とは言えない。
それが突然海底から脱出するからスキューバーダイビングをすると言われ私はひどく動揺していた。

頭では理解している。ここから脱出するためにはやるしかないと。
だが心がついていかなかった。
身体が震えた。
それは冷水に浸かったからという訳ではない震えであった。

完全に酸素のない世界。一歩間違えれば死ぬ恐怖。

敵のスタンド使いと対峙したときに感じるものとは、また違った恐ろしさだった。


「名前……、行けるか…?」

ジョセフさんの声にハッと意識を引き戻される。


「ぁ…、わ、わたし……っ、」

明らかに震える声に自分がかなり緊張していることが分かる。
「大丈夫。」そう口にしようとした言葉は喉に張り付いてなかなか出てこなかった。
考えれば考えるほど最悪の結果が浮かび、頭の中は若干パニックのようになっていた。
そんな様子をジッと見ていた承太郎が口を開く。


「………名前。」

その声に反応するように上を見上げる。
その瞬間頬を大きな手で包まれ、温かいものが唇に触れた。
紛れもない承太郎の唇だ。
それはほんの一瞬のものですぐに離れていく。

暫くその余韻にポーッとしていたがポルナレフの「ひゅぅ〜」という冷やかしの声に漸く意識が引き戻される。

「じょ…承太郎!?な、なにを…」

「震えは止まったか?」

フッと笑う承太郎に顔がカァと熱くなる。
確かに彼のお陰で冷静さを取り戻すことはできた。
だがこんな皆のいる前で……!


「じじい。レギュレーターは一本の酸素ボンベから二本出せるな?」

「あ、あぁ…。可能じゃが…、何故?」

「俺と名前で一本のボンベでいい。コイツ一人で泳がせるのは危険だ。」

承太郎の言う通りパニック状態は収まったが恐怖が全て拭えたわけではない。
本当に迷惑だと自覚はあるが、ふとしたきっかけで再びパニックになってしまいそうな自分が怖かった。

「…そうじゃな。海上に行くまでだから酸素も十分足りるだろう。
名前、お前は承太郎と一緒に行く。それで大丈夫か?」

恐る恐る承太郎を見上げる。
申し訳なくて彼の顔を真っ直ぐみることができない。
それに気がついた承太郎は無言でその手を彼女の頭に置く。

それが無言の肯定を現していることは、彼と長らく一緒にいてよくわかった。


私はジョセフさんに向かいコクリと小さく頷いた。


「よし!では水中で使うハンドシグナルを決めておく。」

「ジョースターさん。我々ならスタンドで話せばいいのでは?」

アヴドゥルさんにそう言われたジョセフさんは盲点だったとばかりに納得する。


「ハンドシグナルなら俺も一つ知ってるぜ!」

そう言ったポルナレフが無言で行ったハンドシグナル。
たぶん日本人なら誰でも知っていると思う。

「パンツー丸見え。」

花京院君がそれに答える。
すると二人は心が通じたとばかりに手を合わせて無言で称えあった。
死にそうな状況だというのに冗談を言う二人に私も思わず笑ってしまう。

「おっ!笑ったな!そんな緊張していたら上手く泳げねーぞ。もっとリラックスしろって。」

「名前、心配しなくても何かあれば承太郎が何とかしてくれる。
それに僕たちも近くにいるんだ。そんなに力を入れないで。」

二人の温かい言葉と行動に少し緊張がほぐれた。


「…二人とも、ありがとう。」



水がいよいよ私の胸元の辺りまで浸水してきた。

「皆、レギュレーターを咥えるんだ。」

承太郎からレギュレーターを受け取る。

もう迷ってはいられない。
これからパニックになるということ、それは自分の命を脅かすだけではない。
一緒に泳ぐ承太郎にも危険が及ぶということだ。

ほとんど無意識に横にいる承太郎の小指を掴む。
それに気がついた承太郎が私の手を覆うようにガシリと大きな手で握り返してくれた。
こんな状況だと言うのに不思議と彼の手に包まれていると心の底から安心感が湧いてくる。


部屋の中が完全に浸水する。

(大丈夫。問題なく息もできている。)

承太郎は私の手を誘導するように己の肩へと掴ませる。
泳ぎやすいようにするためだ。

それぞれ『問題なし』のOKサインを送り合う。
だが一人だけ苦し気に水中でもがく人物がいた。

「!?」

もがくポルナレフの口にはレギュレーターに化けた『女教皇』が噛みついている。
承太郎が『スタープラチナ』を出現させて目にも止まらぬ速さでそれを掴もうとするが、その前に敵のスタンドはポルナレフの口の中へと消えていった。

「『隠者の紫』!!」
「『法皇の緑』!!」

ジョセフさんと花京院君が咄嗟にスタンドをポルナレフの鼻から侵入させる。

「掴んだ!」
「引っ張り出すぞ!!」

二人のスタンドによって捉えられた敵はポルナレフの口から姿を現した。

「水中銃に変化したぞ!急いで外に出ろ!」

承太郎の肩に掴まり外に出る。
最後のポルナレフが出た瞬間に急いでアヴドゥルさんが扉を閉める。

そのドアに向かい、ガァンと鈍い音が響いたことから間一髪だったことがうかがえる。

「すまない。メルシー・ボクゥ。」

レギュレーターを失ったポルナレフは、花京院君の酸素ボンベから伸びているレギュレーターを受け取り酸素を吸い始める。
私たちはお互い離れないように気を付けながら海底を進むのだった。