アヴドゥルさんが別行動をして購入してきたもの、それはなんと『潜水艦』だった。
「とても目立つ買い物」と言っていた彼の言葉を改めて思い返すと納得だ。
潜水艦など見たことも乗ったこともないので分からないが、この大きさからして恐らく数百万円で購入できる代物ではないだろう。
というか、一般人が購入できるという時点で可笑しいのだが、ジョセフさんは一般人ではないのでその対照ではないのだと一人納得することにした。
アヴドゥルさんが操縦する潜水艦に乗り込む。
脳裏をよぎるのは今まで乗ってきて悉く大破してきた乗り物たち。
(さすがにこんな海底にまで敵だって追ってこないはず…!絶対大丈夫!)
自分に言い聞かせなければ恐ろしくてやってられなかった。
そんな私の心配も他所に潜水艦はゆっくりと海底へと沈んでいく。
「名前、なんだこの手は。」
「えっ!?あっ!」
無意識のうちに私は隣に立っていた承太郎の服の裾を握りしめていた。
「なんだぁ?名前お前、まさかビビってんのか?」
普段は鈍いくせに余計な時は目ざといポルナレフに指摘されて口を噤む。
「だ、だって!海の中だよ!?酸素がないんだよ!?もし潜水艦が壊れたら…っ!!」
怖すぎる。
やはり今までの確率を考えると恐怖しかない。
「むっ!名前!それはどういう意味じゃあっ!」
「あわわ…!ジョセフさん!今のは違くてですね…!」
隣の承太郎はハァと一つため息をついたかと思うと口を開く。
「…やれやれ。心配しても仕方ねぇことを気にしても仕方ねぇだろ。」
「そ、そうだけど…。」
「そんなことよりも外の景色を見てみな。なかなか拝めるものじゃあねぇぞ。」
「外…?」
承太郎に促されて恐る恐る潜水艦についている小さな窓から外の様子をみる。
「うわぁ…!」
そこには美しい光景が広がっていた。
色とりどりの魚たち、ピンク色の珊瑚、真っ青な海底。
始めてみる絶景に先ほどまでの恐怖はふっとび、目の前の景色に釘付けになる。
「すごいっ!海の中ってこうなっているんだね!
わぁ!可愛い魚ばっかり!日本にこんな魚はいないよね?
ねぇ?………承太郎?」
承太郎は私のことをジッと見つめていた。
途端に我を忘れてはしゃいでしまっていた自分が恥ずかしくなり視線を彷徨わせる。
「あ、あの…。ごめん、うるさかった…?」
そうだ。
承太郎は静かな状況を好む人種だった。
突然黙ってしまった彼に、もしかしたら不快な思いをさせてしまったのかもと不安になり謝る。
だが承太郎の口から出た言葉は予想外のものだった。
「…いや。お前が笑っていると、俺も嬉しい。」
「へっ!?」
承太郎の殺し文句に可笑しな声を上げてしまう。
なんだってこの男はいつもいつも人を翻弄するようなことをするのか。
これで無自覚だったら相当に質が悪い。
ジッと私を見てくる承太郎の視線から逃れられず、自分も見つめ返す。
そんなことを暫く続けていたら漸く後ろから声がかかった。
「…君たち。二人の世界に入るのは皆がいないところでしてくれないか?」
ゴゴゴゴゴという効果音を背景に背負ったかのような迫力の花京院君に咎められて、私は慌てて承太郎から視線を外した。
「なんだ花京院。応援してくれるんじゃあなかったのか?」
「確かに言ったよ。だけどね承太郎、口説くにしても状況を考えてくれないか?
この狭い潜水艦の中でハートを飛ばされる僕たちの身にもなってくれよ!」
恐る恐るいつの間にかテーブルについている皆を見るとジョセフさんとアヴドゥルさんは微笑ましいものを見るかのような目を向けており、ポルナレフは仏頂面でジト目を向けコーヒーを啜っている。
その視線に耐え切れず穴があったら入りたい気持ちになるが、狭い潜水艦に隠れるスペースなどあるはずもない。
なるべく存在を消すようにそっと私はテーブルに着席した。
承太郎も花京院君もそれに続くように椅子に座る。
(花京院君、コーヒー入れてくれたんだ。)
お礼を言おうと思い彼の方を見るが、不可思議なことに気がつく。
私が言葉にするよりも早く、承太郎が口を開く。
「おい、花京院。カップが一つ多いぞ。」
そう、カップが一つ多いのだ。
「おかしいな…。うっかりしていたよ。数えて出したつもりだったんだが。」
花京院君がカップを片付けようと席を立とうとしたときだった。
____ドンッ
突然の音と共にジョセフさんの義手がふっとんだ。
あまりに突然のことで皆動くことができなかった。
立て続けにやってきた次の攻撃を防ぐ間もなく、破壊されバラバラになった彼自身の義手の指がその首に突き刺さる。
「じじいっ!!」
攻撃を受けたジョセフさんは気を失ってその場に倒れ込む。
彼の近くにいた花京院君がそれを受け止めた。
「ジョセフさん!?花京院君、ジョセフさんは…!?」
「心配ない!気を失っているだけだ!!傷も浅いようだ。」
「ばかなっ!?スタンドだ!!いつの間にか艦の中にスタンドがいるぞっ!!!」
アヴドゥルさんの言葉に誰よりも早く反応してスタンドを出現させたのは承太郎だった。
現れたスタンドにパンチを繰り出そうとするが、敵は潜水艦の計器の中へ溶け込むように消えていった。
「き、消えた…!?」
「いや、消えたのではない!化けたのだ!コーヒーカップに化けていたのと同じく、この中の計器のどれかに化けたのだ!」
アヴドゥルさんの言葉に私たちは一気に計器から距離を置く。
「で、でも…、化けたって、一体…。」
潜水艦内の計器の数は素人にはどれがどういう意味を持っているのか分からない程に多い。
一つ一つを悠長に確認していたら、その間に敵にやられてしまうだろう。
「『女教皇』だ。スタンド使いはミドラーというやつ。
かなり遠隔からでも操作ができる。本体は海上だろう…。金属や鉱物ならなんにでも化けられるという…。」
そして私が最も恐れていたことが現実になってしまった。
「冷たっ…!?」
靴の中に入ってきた水に驚き慌てて足元を見る。
それと同時に潜水艦の壁の穴が開いてそこから水が勢いよく侵入してきた。
水はあっという間に私のひざ下まで浸食する。
「『クリスタル・ミラージュ』!!穴を塞いでっ」
『ピイィイイ!!』
スタンド出して結界を穴の開いた場所に出現させる。
少しばかり水の侵入は弱くなったが、敵はいつの間にかそのほかにも穴を空けていたようだ。
完全には止めることはできない。
「おお!名前、ナイス!!これで助けを呼べれば…!」
「いや、そうも言っていられないようだぜ。浮上システムを壊されている。
それにいつの間にか酸素もほとんどない。ここにとどまるのは不可能だ。」
計器をパッと見て何かを察した様子の承太郎。
その瞬間私の腰をグイッと自分の方へと引き寄せて固定する。
「あっ!」
驚きの声を上げるがそれはアヴドゥルさんの大声にかき消された。
「つかまれ!!海底に激突するぞ!」
物凄い衝撃と共に潜水艦内の電気が落ちる。
潜水艦は完全に航行不可となり、海底に激突したようだった。
暗くてなにも見えない。
だが水が艦内に侵入する音は止むことなく続いている。
恐ろしくて横に感じる承太郎の体温に、より一層密着するようにくっつく。
暫くすると臨時の電気が点灯した。
その瞬間一気に開ける視界。
「あっ…、ご、ごめんっ!」
思ったよりも近いその距離に慌てて身体を離した。
承太郎は特に気にする様子もなく計器に化けた敵を探している。
「花京院、どの計器に化けたか見たか?」
「せ、正確には…、確かその計器だったような…。」
花京院君が指さした計器を承太郎は『星の白金』で叩き壊そうとする。
だがその時、視界の端で何かが動いたのを捉えた。
それは計器から姿を変えて、今まさに花京院君の真後ろから襲い掛かろうとしている。
「っ!『クリスタル・ミラージュ』!!」
___ガツンッ
鈍い音が響いたことにより全員がその方向を向く。
私の結界に当たった敵は再び溶けるように姿を消した。
「また消えた…っ」
「どれに化けたか見たか?」
「あの計器。だけどたぶんもうあそこにはいない。あのスタンドは化けながら移動している。」
自分たちをおおう四方の壁をぐるりを見やる。
自分たちを守るための乗り物が、まさか敵に私たちを襲わせる隠れ蓑になってしまうなんて…。
「この部屋にいるのは危険だ!全員隣の部屋へ移るぞ!」
そう言ったアヴドゥルさんは隣の部屋へと通じるバルブを掴む。
いつの間にかアヴドゥルさんの前に踊り出た承太郎が何かを掴んだようだった。
後ろからだと大きな二人の影になってしまい何も見えないが、彼が持ちあげたものに全員が驚愕する。
「『スタープラチナ』より早く動くわけにはいかなかったようだな。こいつをどうする?」
『スタープラチナ』が掴んでいたのは先ほどもチラリと見た敵のスタンドだった。
「承太郎!躊躇するんじゃあねぇ!情け無用!早く首を引きちぎるんだ!」
「アイアイサー。」
グググと一気に力を込めて敵を閉め殺そうとする承太郎。
だがその拘束は、彼の苦しそうな声と共に未遂に終わった。
ポタポタとおびただしい量の血液が承太郎の手のひらから水へと滴る。
「承太郎!?どうしたの!?」
「カミソリに化けやがった…っ!」
『スタープラチナ』の拘束から逃れた敵は再び壁に溶け込んで見えなくなる。
「承太郎に一杯食わすとは…!」
「奴をこの部屋に閉じ込めるんだ!作戦を考えるのはその後だ!!」
アヴドゥルさんに促されて私たちは隣の部屋へと移動した。