starry heavens | ナノ

赤ん坊を近くの町の警察へ預けた私たちは、その町でモーターボートを購入して『紅海』を渡りエジプトへと入ることになった。

「すっごい綺麗な海〜!」

「お〜、マジに真っ青な海だな。だけどなんで『紅海』って言うんだろうな?」

海を覗き込みながら興奮する私とポルナレフの会話に答えるように、花京院君が横へと並ぶ。

「『紅海』。世界で最も美しいと言われている海。
東と西の沿岸を赤い砂漠に挟まれていることからそう呼ばれている。」

花京院君はどこからか本を取り出して私たちに説明してくれる。

「…花京院君、その本どうしたの?」

「あぁ。家族でエジプト旅行に行ったときのガイドブックさ。せっかくだから持ってきてみたんだ。」

「…いつの間に…。」

横からポルナレフがその本を奪い取り何やら頷きながら読み始める。

「ふむふむ…。世界中のダイバーたちの憧れの海、か…。
ダイビングかぁ、いつかやってみてぇなぁ!」

「ポルナレフ、本を返せ。」

「ちょっとぐらいいいじゃねぇかよ!ケチくせぇなぁ!」



二人して何やらぎゃあぎゃあとじゃれ合い始めたので、私は運転席の方にいる承太郎とジョセフさんの元へと向かう。

「ジョセフさん、どうですか?」

「おお。名前か。順調に進んでいるぞ!」

自信満々に親指を立てるジョセフさん。
それを横で見ていた承太郎がハァと一つため息を漏らす。

「…今の所は、だがな。」

「何を〜!!」

こちらでもじゃれ合い始めてしまった祖父と孫に私は苦笑いを浮かべる。
確かに今まで私たちが乗ってきた乗り物は、悉く大破している。
誰の所為か、とはもはや誰も言うまい。


「名前。フラフラしてるんじゃあねぇ。座っていろ。」

「あっ!」

承太郎にグイと腕を引かれて彼の隣の席へ座らされる。
何故か承太郎はムスッとしておりこちらを見てくれない。
それをニヤニヤとしながら見ているのはジョセフさんだ。

「ニシシッ!すまんのぉ、名前!
承太郎はお前さんと花京院が砂漠越えの時から仲良くしているのを見て機嫌が悪いのよ!」

その言葉に思わず承太郎を見上げる。
その目はジョセフさんをギロリと睨みつけていた。

「じじい…。てめぇ、余計なことを言っている暇があるなら前を見て操縦しろ。また遭難する気か。」

「おっと、そうだったわい!せめてあの島までは辿り着かねばならないからな!」

ジョセフさんが指さす方向には確かに島がある。
だが私たちが目指していたのはエジプトのはずだ。
何故あの小さな島に向かっているのだろうか。
全員その思いは一緒だったようで頭に疑問符を浮かべている。

「…訳あって今まで黙っていたが、エジプトに入る前に『ある男』と会うためにほんの少し寄り道をする。
この旅にとって物凄く大切な男なんだ…。」

そう言って辿り着いた島は熱帯林が生い茂るそれほど広くはない島だった。

「無人島のようだが…。この島に一体何が?」

「…おい、そこの影から誰か見ているぞ。」

承太郎の言葉に私たちは木の影になっている所を一斉に見る。
それに反応したのか影から勢いよく人が出てきた。
その人は島の入り口から少し丘になっているところを上っていく。
私たちも慌ててその人物を追いかける。

(あの後ろ姿は…、まさか、)

その人は丘の上にある小さな小屋に入ったかと思うとニワトリに餌をあげ始めた。


「何者なんだ!?」

他の皆も思う所は一緒だったようで食い入るようにその男を見ている。

「皆、待ってくれ。ワシが話をする。」

するとジョセフさんは一人前へと進み出た。

「わしの名はジョセフ・ジョースター。この4人と共にエジプトへの旅をしている。」

そんなジョセフさんの言葉を遮るように男は大声を上げる。

「帰れ!話は聞かんぞ!!」

やはりその声は懐かしいあの声だ。
だが何故こんな場所に?そしてあまり友好的ではないこの態度は一体?

「わしに話しかけるのはやめろ!わしに誰かが会いに来るのは決まって悪いことが起こったときだ!!」

そして振り返ったその男の顔に私たちは目を見開く。

「ア…アヴドゥルさん…。」

「帰れっ!!」

そして小屋の中に入っていってしまった男。
どういうことか分からず困惑する私たちは唯一事情を知っているようなジョセフさんを見る。

「…アヴドゥルの父親だ。DIOにこのことが知れたら彼も危険に巻き込むことになる。
そのため今までお前たちにも黙っていた。
だが、息子の死を報告するというのは…つらいものだ。」

ジョセフさんは「何も言うな」といわんばかりにポルナレフ以外の私たちに目配せした。
あれは本当にアヴドゥルさんの父親なのだろうか?
父親にしてはかなり若く見えたような気がしたが…。
唯一アヴドゥルさんが一命をとりとめたと知らないポルナレフは、ジッと己のしたことを後悔しているようだった。
その辛そうな様子に見ているこちらまで切なくなってしまう。

「…ポルナレフ。」

かける言葉が見つからない。
真実を話してあげるのが一番なのだろうが、それはアヴドゥルさんは愚か今まさに出会った彼の父親までも危険に晒すことになるのだ。
自分の一存で話すことはできない問題だった。

「アヴドゥルの死は君のせいではない。ポルナレフ。」

「いいや…。俺の責任だ。俺はそれを背負っているんだ…。」

ポルナレフはポツリと呟いたかと思うと、一人海の方へと消えていった。
その背中が小さく見えて未だ彼を騙し続けていることに罪悪感を感じずにはいられない。

「…じじい。ポルナレフは十分反省したようだが…。」

承太郎も思う所は同じだったらしく、ポルナレフの後ろ姿を見ながら声を発する。

「うむ…。それについてなのだが、」



ジョセフさんが言おうとした言葉を遮るように、先ほど閉まった小屋の扉がガチャリと開けられる。

「____ジョースターさん。それについては中で話しましょう。」

その姿に私たちは目を見開く。


「「アヴドゥル!?!?」」


小屋から出てきたのは紛れもなくインドで大けがを負って病院へと運ばれたアヴドゥルさん本人だった。
突然の出来事に私たちは目を白黒させる。

「ど、どうしてアヴドゥルさんが…!?さっきの父親は…!?」

「まぁとりあえず中に入れ。全てはそれからだ。」

一人落ち着き払っているジョセフさんは私たちの背を押して小屋の中へと誘導した。

◇◇◇
小屋の中は質素なものだった。
部屋の中央にある木製のテーブルを囲むように私たちは椅子に座る。
どうやらこの小屋には私たち以外に人はいないようだが、先ほどのアヴドゥルさんの父親というのは一体とこに行ってしまったのだろうか。

「…まずは、久しぶりだな。承太郎、花京院、名前。
聞きたいことは山ほどあるだろうがまずは俺の話を聞いてくれ。」

そうしてアヴドゥルさんが話し始めたのはインドで彼が銃弾に倒れてからの大まかな出来事だった。
一命をとりとめた彼は動けるようになったと同時に、SPW財団を通じてジョセフさんから極秘のミッションを受けていた。
それはエジプトに上陸するために必要不可欠なものらしいのだが、それが買い物をするとなるとかなり目立ってしまうものだと言うのだ。
そのためアヴドゥルさんには私たちと合流せずにその買い物をしてもらっていたらしい。

「俺は敵からも死んだということになっていて完全にマークが外れていたから動きやすかった。
そのため今の今までお前たちになんの報告もせずにいた。

___すまなかった。」


机に頭をつく勢いで頭を下げるアヴドゥルさんに私たちは目を見合わせる。

「そんなこと気にしないでください。無事でよかったです…。アヴドゥルさん。」

「倒れているあなたを見つけたとき、正直僕は生きた心地がしなかった…。
こうして再び会うことが出来てよかったです。」

久々に会えた仲間に心の底からじんわりとした温かいものが溢れるのを感じる。
暫くの沈黙の後にアヴドゥルさんは口を開いた。


「…ところで、ポルナレフの様子はどうだ?」

再び静かな口調でうかがうように問うてくるアヴドゥルさんに答える。

「とても…辛そうな様子でした。心底後悔しているような…。」

「…そうか。あの時のアイツの単独行動は許せることではない。」

確かに、妹のことがあったとはいえ、ポルナレフのあの時の単独行動で私たちはインドへの滞在を延長せざるを得ない状況になってしまったし、その結果アヴドゥルさんは重傷を負い、敵にも逃げられた。

その行動は許せることではないのかもしれない。


「…まぁ、これだけお灸を据えてやれば流石のアイツも改心したようだしな。」

「じゃあ…!」

「元々この島で合流する予定だったからな。
そろそろ許してやっても良いのかもしれないな。」

アヴドゥルさんは元よりポルナレフのことを恨んでなんかいなかったのだろう。
今後ポルナレフがあの時と同じような行動をしないように伝えたかっただけなのだと思う。


「しかし…、あれだけの重傷で一か月もしないうちによく動けるようになったな。」

承太郎の言葉にアヴドゥルさんは目を閉じてフフッと笑う。

「医者に言われたよ。もう少し血を失っていれば俺は今ここにはいなかっただろうとな。
俺が今生きているのは、名前。お前のお陰だ。

____ありがとう。」


アヴドゥルさんが帰ってきた。
その事実に、感謝の言葉に思わず涙ぐむ。


「なっ?!名前!何故泣く!?」

「す…すみませんっ。でも、アヴドゥルさんが、無事でよかった…っ」

その様子を見たアヴドゥルは笑いながら彼女の頭を撫でる。

「お前たちも無事にここまで来てくれて良かった。
…それにしても、名前。お前少し縮んだか?」

「なっ!?縮んでませんよっ!もう…っ」

泣きながら反抗する私が面白かったのかアヴドゥルさんはますます豪快な笑い声を上げる。
それに口をはさんだのは花京院君だ。

「アヴドゥルさん…。そろそろ……。」

コソコソと話す花京院君の目線の先を追えば、そこにはジッとアヴドゥルさんを睨みつけている承太郎が。
言葉には出さないが、その威圧感から非常に苛立っているようだ。

「……あぁ!なるほどな!ハッハッハッ!
悪かったな、承太郎。しかしお前たちはいつから男女の関係になったんだ?俺のいない間に水臭いじゃあないか。」

アヴドゥルさんの言葉に私はボンッと顔が真っ赤に染まる。

「ななななななななにを…!?」

「まだ、だぜ…。こんな忙しない状況じゃあなかなかそう言う機会もなくてね。
………なぁ、名前?」

ワザとらしくニヤリと笑いながら承太郎は私の方を見つめてくる。
パクパクと開いた口が塞がらない私を見て、再び皆は声を上げて笑うのだった。


その後は積もる話もあり、気がついた時はすっかり夜になってしまっていた。

「…ポルナレフの奴、遅いな。」

ジョセフさんの言葉に私たちはデジャヴを感じる。

「このパターンって…」

また敵のスタンド使いだろうか?

「俺が見て来よう。」

そう言って立ち上がったのはアヴドゥルさんだった。

「アイツと少し二人で話したいと思っていたんだ。
ジョースターさんたちはここで待っていて下さい。すぐに戻ります。」

ニッと笑ったアヴドゥルさんは何か企んでいるような笑みを浮かべて小屋から出て行ってしまった。

「…なんか、アヴドゥルさん。性格変わりました?」

「そうか?あんなもんじゃったろう。」


暫くして戻ってきた二人。
やはりポルナレフはボロボロの姿で話を聞かなくてもスタンド使いに襲われていたことがうかがえる。

だがそれを差し引きしても嬉しそうな彼の顔に、私も思わず笑みを漏らしてしまうのだった。