「名前、そろそろ君は戻った方がいい。承太郎が心配する。」
「花京院君は…?」
「僕はもう少しここにいるよ。考えたいことがあるんだ。」
その顔は先ほどまでの焦燥は感じられず、何か決意したかのような表情だった。
(花京院君はもう大丈夫。)
私は頷いてその場から立ち上がる。
しかしふと目に入った彼の腕にギョッとし、慌てて腕をとる。
「花京院君!この腕、どうしたの!?」
「え…?あれ?いつの間にこんな所に怪我を…、」
制服の袖を捲り上げた彼の腕には驚いたことに文字が刻まれていた。
『BABY STAND』
明らかに何か鋭利なもので傷つけられたソレに私だけでなく、彼自身も驚いているようだった。
「…これは、確かに僕のナイフで傷つけたものだ。だが一体いつ…!?」
彼がジッと見つめる先には少し離れた所にいる籠に入った赤ん坊。
驚愕の表情を浮かべる彼に、私も赤ん坊の方を見つめるが特に何も変わったところはない。
「花京院君…?どうしたの?」
「…今の、君も見たか?」
「え……?なにを?」
「…………………。」
困惑したように赤ん坊を見やる花京院君。
その顔には迷いが浮かんでいる。
「………………僕は、やはり可笑しくなってしまったのかもしれない。
あの赤ん坊が、スタンド使いなのではないかと、思い始めている。」
「その…、腕の傷のこと…?」
「それもあるが…、この赤ん坊と出会ってから不可解なことばかり起きていると思わないか…?
僕だってこんな生後何か月かの赤ん坊がスタンド使いだなんて信じられない。だが…、」
再び顔を覆ってしまう花京院君。
無理もない。
たぶん彼は昨日の砂漠越えからほとんど休めておらず、身体も精神も疲労している。
それに追い打ちをかけるように自傷したような謎の傷はあるわで、この言葉に表せない出来事にどうしようもなくなってしまっているのだろう。
「…私は信じるよ。」
「え…?」
「花京院君のこと、信じるよ。」
「名前…、君は……」
その時だった。
ふと目を向けた赤ん坊の方を見て私たちは声を上げる。
「っ…!?うそ…!?か、花京院君っ」
「なんてことだ…。」
何と赤ん坊はおむつを止めていた安全ピンでサソリを刺殺したのだ。
驚愕で私たちは顔を見合わせる。
赤ん坊も私たちが今の自分の行動を見ていたことに気がつくと、焦りの表情を浮かべた。
花京院君はふらふらと赤ん坊へと近づいて行く。
「え?花京院君、何を…?」
すると彼は赤ん坊の胸倉を掴んで思い切り自分の方へと持ち上げたのだ。
途端に大声を上げて泣き始める赤ん坊。
その声に気が付いた他の三人も慌ててこちらへ走ってくる。
「花京院君っ!落ち着いて…!」
赤ん坊を締め上げる彼の手を掴み訴えると、花京院君はハッとしたようにこちらに目を向けた。
「……名前、」
「花京院!何をしているんだ!もっと優しく抱いてやらんか!」
「おいおいおい!一体どうしたってんだよ!」
ジョセフさんは花京院君から赤ん坊を取り上げるように抱っこする。
花京院君自身、自分のした行動に驚いているようだった。
承太郎も花京院君の突然の行動に驚きを隠せない様子だ。
「今、この赤ん坊がサソリを殺したんです!間違いない!こいつはスタンド使いだ!」
そう言って花京院君は赤ん坊が入っていた籠の中を漁り始めるがそこには何もない。
「そ、そんなバカな……。」
三人が花京院君のことを何か見ちゃいけないものを見るかのような目で見ている。
そんな視線に耐え切れず私は声を上げる。
「わ、私も見ました…!その赤ん坊が安全ピンでサソリを刺したのを…。」
「名前…。」
花京院君がホッとしたような顔でこちらを見る。
彼の目を見つめるように頷く。
「いや、でもよぉ。赤ん坊だぜ。どうやって俺たちを攻撃するって言うんだよ。」
未だ怪訝そうな顔を向ける三人に耐え切れなくなった花京院君はついに自分の腕の傷を見せる。
だがその傷を見た途端三人の顔色は一変する。
「花京院…。その傷は…?」
「じ、自分でやったのか…?」
「オーマイゴッド…。」
信じられないものを見るかのような三人の目に私は狼藉する。
「え…?ちょ、ちょっと待って…。皆、どうしたの…?花京院君は嘘なんてついてないよ!」
「け、けどよぉ、今朝から花京院はちょっとおかしかったぜ…。
それが今度は赤ん坊がスタンド使いってよぉ…。」
そう言ったポルナレフの言葉に目を見開く。
「承太郎…っ、承太郎は、」
「……………。」
承太郎は難しい顔をして何も話さない。
それはジョセフさんも一緒だった。
「……そんな、」
「やむを得ない!強硬手段だ!『法皇の緑』!!」
赤ん坊に向かってスタンドを繰り出そうとする花京院君。
それを止めたのはポルナレフの『銀の戦車』だった。
「もう駄目だ…。こいつは…。完全にイカレちまってるぜ…。」
『銀の戦車』の当て身を後ろから食らった花京院君はそのまま地面に倒れ伏す。
「花京院君っ!!」
倒れた彼に駆け寄るが、完全に気を失っている。
思わずポルナレフを睨みつける。
「っなんで!なんで信じてあげないの…!?」
「お前こそ何言ってんだよ!どう考えたって可笑しいだろっ!赤ん坊がスタンド使いだなんて!」
ポルナレフの言葉にグッと言葉がつまる。
でも、それでも____
「私たち仲間でしょ…?花京院君言ってた。
私たちは初めてできた友人だって、仲間だって。
初めてできた友達たちの為に何かしたい、だからこの旅に同行したんだって、そう言っていたよ…。」
暫く沈黙が流れる。
気のせいかもしれないが、目の前の赤ん坊は笑っているように見えた。
沈黙の中声を発したのは承太郎だった。
「…………花京院を運ぶぞ。このままだと風邪を引く。」
花京院君をシュラフに寝かせた後は、誰も言葉を発することなくそれぞれ火の周りで眠りについた。
身動き一つしない花京院君をシュラフの中からジッと見つめる。
『君たちと出会えて本当によかった』
そう言った彼は心底嬉しそうな顔をしていた。
(なのに……。)
こんなことになってしまうなんて。
なんとなく寝付けずにいた私はシュラフの中で何度も何度も寝がえりを打っていた。
私が漸く寝付けたのは夜も更け始めた頃だった。
◇◇◇
「ほら!皆起きて、起きて!朝食の準備ができているよ!名前!いつまで寝ているんだい!」
花京院君の声で漸く私は目を覚ます。
「ん…、おはよ〜。」
「朝かぁ〜…。なんだか酷い夢を見た気がするが…。」
「わしもじゃ。忘れてしまったが恐ろしい目にあった気がする。」
朝ごはんの美味しそうな香りが辺りに漂っている。
食欲が刺激されて漸く脳が目覚めてくる。
「そういえばっ!花京院!おまえ大丈夫なのかよ!?腕に『BABY STAND』という文字を…!」
ポルナレフの言葉に昨日のことを思い出す。
そう言えば花京院君と赤ん坊のことで揉めて、最終的にはポルナレフが彼を殴って気絶させて…。
「あれ?」
しかしよくよく見てみると腕まくりをした彼の腕には傷なんて一つもない。
「…さぁ、赤ちゃんのオシメを取り換えてあげないと。」
そう言って花京院君は草むらへと向かっていった。
私は慌てて彼の後を追う。
「花京院君…!」
「名前?どうしたんだい?そんなに慌てて。」
一体全体何がどうなっているのだろうか?
昨日のことはどこからが現実でどこからが夢なのか分からなくなり混乱する。
「い、一体なにが、どうなったの…!?」
「何がって?」
「赤ちゃんがスタンド使いだって言って、ポルナレフに殴られて…?
……夢、だったのかな…?」
訳が分からず視線を泳がせる私が変だったのか花京院君はクスリと笑う。
「どうしたんだい?夢でも見たんじゃあないか?」
夢、そうか 夢だったのかもしれない。
だったら花京院君が言っていた___
「『私たちと出会えて良かった』って言ってくれたのも、夢だったのかなぁ……?」
つぶやいたその言葉に、後ろを振り返らずに花京院君はポソリと返す。
「………それは本当だよ」
「え……?」
再び彼の方を向いたときには結構彼との距離が離れてしまっていたので呼び止めることができなかった。
「おい、名前。さっさとメシを食え。」
「あ、承太郎…。ありがとう。」
承太郎から差し出された器を受け取る。
「…お前昨日何時に寝たんだ?クマ、出来てるぞ。」
「えっ!うそ!……でもみんなもダルそうだよ。ちゃんと眠っていないんじゃないの?」
「…確かにあまり寝た気はしねぇが。まぁこんな砂漠のど真ん中じゃ仕方ねぇな。」
確かに私も眠いが心なしか他の三人もダルそうに見える。
逆に元気になっているのは花京院君だ。
本当にどうしたというのか?
___さて、今日も砂漠越えだ。