ともかく全員無事だったことを喜びたい。
完全に大破してしまったセスナ機に乗ることは不可能だろう。
砂漠のど真ん中で立ち往生した私たち。
陽も暮れてきたため今夜はここでたき火をして一夜を明かそうということになったのだった。
ジョセフさんが火を起こしている間に私と承太郎とポルナレフはセスナの中から寝袋や食料を運び出す作業を行っていた。
「おーい、皆!ホットミルクができたぞ!火の周りに集まれ〜」
ジョセフさんの大声にそれぞれ作業をしていた私たちはマグカップを受け取る。
そんな中、花京院君だけは動揺を隠しきれない様子で少し皆から離れた岩へ腰かけていた。
「…花京院の奴、一体どうしちまったんだよ。突然暴れ出したりして…。」
「きっと疲れているんじゃろう。日本を出てすでに一か月は経っている。
その間敵は連続で襲ってきているのだからな。」
顔を覆い隠して私たちから少し離れた場所で座る花京院君を放っておけず、私は思わず立ち上がる。
「どうした…、名前。」
岩に寄りかかり座っていた承太郎は突然立ち上がった私の方を不思議そうに見上げる。
「ちょっと花京院君の様子を見てくるね。」
一つ手つかずになっているマグカップを持って私は花京院君の方へと向かった。
「………。」
その後ろ姿を承太郎はジッと見つめる。
「承太郎〜!そんなに妬くなって!
名前が困っている人間を見たら放っておけない女だってのは、お前もよぉ〜く分かっているだろう?」
突然承太郎の肩に腕を乗せて絡んできたポルナレフを承太郎はうっとおしそうに見上げる。
「暑苦しい。ベタベタ触るんじゃあねぇ。」
その手を振り払うと承太郎は名前と花京院がいる方向とは逆へと歩いて行ってしまった。
「…ジョースターさんよぉ。承太郎は素直じゃねーのなぁ。」
「そうか?………ポルナレフ!見てみろ!赤ん坊が笑ったぞ!!」
「……聞いちゃあいねぇし。」
◇◇◇
「…花京院君、大丈夫?」
「名前…?何故ここに…?」
顔を上げた彼はやはり酷い顔色をしている。
私は手に持っていたホットミルクを彼に渡した。
「…ありがとう……。」
手にしたミルクを少し飲んだ花京院君は先ほどの強張った表情が少しは解れたようだった。
「…何かあったの?」
それを聞いた彼は再び困惑した表情を作る。
「…僕にも分からないんだ。今朝からずっとそうだ。嫌な夢で目が覚めたかと思えば何も覚えていない。だが身体と精神は眠ったとは思えない位に疲労している。
ポルナレフの言う通り、僕は可笑しくなってしまったのかもしれない…っ」
始めてみる花京院君の弱弱しい姿に、私は驚きと共に不謹慎かもしれないが嬉しいという気持ちがあった。
花京院君が優しい人だということはこの一か月間一緒に過ごしてみて、良く分かっている。
だがそれでも、彼はどこか皆とは一線を引いているような気がしていたのだ。
あまり私たちの前で自分の感情を露わにすることがなかった彼が、ふと漏らした弱音に少し私は安心したのだ。
「……すこし、嬉しいな。」
「え…?」
「あ、ごめんね!変な意味じゃないの!ただ…、花京院君はあんまり自分の感情を表に出すことがなかったから…。
少しは信頼されているのかな、って思って嬉しくなったの。」
驚いたように花京院君は私の顔を見つめる。
その視線に耐えられず口を開く。
「ご、ごめん。変なこと言っちゃったかな…?」
「いや…。そうか…。そんなふうに思っていたんだね。
やはり癖というものはなかなか抜けないものだな…。」
「癖?」
すると彼は遠い目をして少し困ったように笑った。
「僕がこの旅に同行した理由を話したことはあったっけ?」
「承太郎に助けてもらったから…、じゃないの?」
それももう一か月も前の話になるのか。
DIOに『肉の芽』を埋め込まれて敵として襲ってきたという花京院君を思い出す。
「それもあるけど…、もう一つ大きな理由があるんだ。」
___少し昔話に付き合ってもらえるかい?
そう言った花京院君に私は戸惑いながらも頷いた。
◇◇◇
僕は物ごころつく頃から奇妙なものが見えていた。
幼い頃はそれが何なのか分からず両親に尋ねたりした。
そんな僕を見て両親は困ったように笑うだけだった。
少し大きくなれば、それが周りの人には見えなくて自分にだけ見えているということに気がついた。
それからは誰にも話すことはしなくなった。
表面上付き合うのは簡単だった。
自分の本心を見せなければいいだけなのだから。
友人ともある一定の距離以上は踏み込んだりしなかった。
自分にしか見えない存在。
自分は皆とは違う。
いつも心のどこかで引っ掛かっていた。
___心からの友人など、作れるわけがなかった。
◇◇◇
「君たちが初めてだったんだ。僕と同じものが見え、同じ能力を持つ人間に出会ったのは。
本当に嬉しかった。」
花京院君がどことなく他人を寄せ付けない空気を持っていたのにはそういう理由があったのだ。
彼は17年生きてきて初めて友人と呼べる存在を見つけたのだ。
その友人の為になにかしてあげたい。
そう思うのは普通のことだと思う。
「……ありがとう。話してくれて。」
「いや。別に隠していることでもないからね。
気を付けているつもりだったんだけど、まさか見破られてしまうとは思わなかったよ。」
困ったような笑顔を向ける花京院君に私は思わず彼の手をガシリと握りしめる。
「え!?名前っ!?」
「無理しなくていいよ。」
「……………え?」
「無理して自分の感情を見せる必要はないよ。誰だって隠したいことはあるもの。
きっと、一緒にいるうちに壁なんてなくなる。
____だって友達でしょ?」
花京院君の瞳が揺れる。
顔を下に向けてしまったので私の方からは伺うことはできないが、何故だか今彼の顔を見てはいけないと思った。
「____ありがとう。」
その声は少し震えていた。