「おいおいおい!ちょっと待ってくれ、おっさん!今更飛行機を売れないとはどういう訳だあ!!」
無事に砂漠越えをして『ヤプリーンの村』に入った私たちは思わぬところで足止めをくらうことになる。
昨晩セスナ機を売ってくれるといった男が急に約束を反故にしてきたのだ。
なんでも赤ん坊が熱を出してしまったため、医者のいる町に連れて行くためにセスナ機がどうしても必要となってしまったらしい。
ジョセフさんは食い下がるが赤ん坊はこのままにしておけば命に関わる可能性がある。
男性に強く言われてどうしようもなくなってしまう。
「承太郎、名前。一体何の騒ぎだよ。」
「あ、ポルナレフ、花京院君。おはよう。昨日約束していたセスナ機を売ってもらえないかもしれなくて…。」
「はぁ?なんで?」
承太郎が遅れてきた二人に事の経緯を話すが私はある事に気がついた。
「花京院君…、体調悪いの?酷い顔色だよ…。」
私の言葉に我に返ったように花京院君はハッとこちらを向く。
「い、いや…。すみません。ボーッとしてしまって…。どうも酷い夢を見た気がして…。」
「どんな夢だったの?」
「それが…、全然覚えていないんだ。嫌な夢だったことは覚えているんだが…。」
そう言って頭を抱えた花京院君はどう見ても万全だとはいい難い酷い顔色をしている。
「おい。話がまとまったようだぞ。」
承太郎の声にそちらを見る。
私たちはセスナを買い取る条件として、赤ん坊を近くの町の医者に連れて行くことになった。
一抹の不安はあるが私たちはジョセフさんの操縦するセスナで空へと飛び立った。
セスナは5人乗りだったため赤ちゃんは私が籠毎抱きかかえることになった。
今の所飛行機は問題なく安定して飛行している。
窓の外に広がるのは先の見えない広大な砂漠。
ここを自分の足で横断することにならなくてよかったと心底思う。
花京院君はやはり体調が悪かったのかいつの間にか眠ってしまったようだ。
そういう自分もスヤスヤと眠る赤ん坊を見ているうちに心地よいまどろみの中へと落ちていったのだった。
◇◇◇
目覚めたとき、そこは見覚えのない遊園地だった。
「名前!?何故ここに…!?」
私の目の前にいたのは花京院君だった。
その顔は青ざめていて動揺を隠せていない。
「おお!名前、お前も来たのか!」
「あっ、ポルナレフ!?」
観覧車の対面の座席に座っていたのはポルナレフだった。
その手に何故かポップコーンとアイスが握られている。
調度ポルナレフの座っている横、目を向けた私は驚く。
「ひっ!ぽ、ポルナレフ…っ!そ、それは…!?」
そこにあったのは頭がパックリと割れた犬の死体だった。
まるで鋭利なもので切り付けられたかのようにパックリと割れている。
「そんなにビビんなって!ただの夢なんだからよぉ。」
そう言ってポルナレフは手に持ったアイスを食べている。
呑気な様子のポルナレフに花京院君は声を荒げた。
「ただの夢じゃあないんだ!僕は今朝、この犬が夢の中で殺されたのを見た。
ポルナレフ、お前も見たはずだ。この犬が現実で殺されていたのを。この手の傷もその時つけられたんだ。」
確かに花京院君の手には何かで切りつけられたような痕がある。
「奴はこう言っていた。『死神13』と。奴は夢を操るスタンドなんだ!」
確かに三人で同じ夢を見るなんて普通じゃあない。
花京院君の言っていることが事実だとしたら、もしこの夢の世界で死んだら現実世界でも……。
「でもよぉ〜、ここは夢なんだろ?」
「わからんやつだなっ!!」
マイペースなポルナレフについに花京院君も苛立ちを隠せなくなったらしい。
珍しく物に当たる花京院君に驚く。
「___ラリホー。ほんっと。頭の悪い奴だな!」
グチャグチャと気味の悪い音がしたと思ったら、犬の傷口から拡声器が現れた。
あまりに気持ちの悪い現実離れした光景に口を両手で塞ぐ。
「ポルナレフ!名前!戦いの体勢をとれ!スタンドが出てくるぞ!!」
現れたのはピエロの顔をした巨鎌を持った死神のようなスタンドだった。
現れたかと思ったら私たちがスタンドを出す間もなく、鎌を持っていない方の手でポルナレフの首を掴む。
そしてその首に巨鎌を当てがった。
「ポルナレフ!『銀の戦車』を出せっ!!」
「か、花京院君っ!へ、変だよ!スタンドが、出ないっ!」
「なんだとっ!?『法皇の緑』が…っ!」
そうしている間にも敵はポルナレフの首をすぐにでも掻き切りそうな雰囲気だ。
ポルナレフは手足を振り乱してスタンドを殴ろうとするが、それは届かない。
「お前阿呆か。スタンドはスタンドでしか攻撃できないんだよ!」
その言葉と共にスタンドが鎌を振り上げる。
「ポルナレフっ!」
スタンドが出ないと分かっていながらもポルナレフの方へ向かおうと足を進める。
「名前っ!」
「花京院君!?ポルナレフが…!」
「よく見ろっ!」
促されてポルナレフの方へ目を向ける。
何故か首を掻き切られる直前で彼はスゥとその場から消えていってしまった。
空振りした鎌を見て『死神13』は悔しそうな声を上げる。
「クッ!おしい!ポルナレフを起こしたヤツがいるな。運のいいやつ…。
…まぁいい。次はお前たちだ。花京院、名前。」
ポルナレフが消えたことで標的をこちらに向けてきた敵は大きな鎌をギラつかせるようにして私の方へ振り返る。
「弱っちそうなお前からやるか」
「……………。」
何度も試しているがやはり『クリスタル・ミラージュ』は出てこない。
ここが敵の見せている夢の中だというならば敵の都合の良いように作られているのだろう。
ならば私たちのスタンドが出てこないというのにも納得だ。
この夢の中で手が出せないと言うならば、夢から覚めて本体を叩くしかない。
だが今はセスナの中で私たち5人の他には赤ん坊しか乗っていない。
『赤ん坊』………。
信じられない可能性に思い至り目の前のスタンドを見る。
「まさか…、」
あり得ないことではないと思う。
動物のスタンド使いがいる位だ。
だがあんな生後一年も経っていないであろう赤ん坊が、果たしてこれ程しっかりとスタンドを操れるのであろうか?
「名前っ!!!」
花京院君の声でハッと我に返る。
その瞬間に私は目の前の敵に首を思い切り掴まれていた。
「ぅぐ…っ!」
「流石に女の顔を引き裂くってのは俺も嫌だからなぁ。
名前、お前はこのまま絞め殺してやるよ〜。」
苦しさに目の前の腕を掴もうとするが、やはり相手はスタンド。
どうあがいても生身の私たちに掴める訳がない。
「クソッ!貴様!!」
花京院君が私の方へ向かってくるのが分かるが、その前に何故か花京院君の顔半分が観覧車の柱にめり込んで身動きできなくなってしまった。
「花京院!お前は黙ってそこで見ていなっ!」
「ぁ……、ぐっ…」
力が入らなくなりダラリと腕を投げ出す。
「名前っ!クソっ…!!身体が動かない…!!」
「みじめだなぁ。花京院。女一人助けることもできないなんて…。」
(意識が……。)
私は霞む視界の中そのまま意識を飛ばした、
_____かに思った。
「おい、名前。起きろ。」
「ん…、あれ…?承太郎…?」
「おぉ!名前、起こして悪いな!すまんがポルナレフを手伝ってやってくれんか?」
ジョセフさんの言葉に自分の隣で何やらゴソゴソとしているポルナレフを見る。
そこには赤ん坊のオムツと格闘しているポルナレフがいた。
布オムツをグチャグチャに巻きつけられた赤ん坊はなんだか居心地が悪そうな顔をしている。
「ちょっとポルナレフ。これじゃあ緩くて漏れちゃうよ。」
「だぁ〜!これ以上どうするってんだよ!」
私も布おむつの使い方は良く分からなかったが、少なくともポルナレフの巻き方では駄目なことは分かる。
あっているかは分からないが何とか綺麗に巻きなおすことができた。
「へぇ〜。上手いもんだな。」
「ポルナレフが下手すぎるだけだよ。」
「なんだとぉ〜!」
ポルナレフが声を上げたその時だった。
「うわあああああ!やめろ!やめてくれ!!」
突然花京院君が眠りながら我武者羅に手や足を振り乱して暴れ始めたのだ。
花京院君から思い切り繰り出された蹴りは前の席に座っているジョセフさんの握る操縦桿に見事にヒットした。
操縦不可能となったセスナ機はみるみるうちに落下を始める。
「花京院君っ!起きてっ!!どうしたの!?」
未だ暴れる花京院君の肩をゆすり、無理やり起こす。
「駄目だ!ぶつかる!『紫の隠者』で操縦する!!」
ジョセフさんの機転でなんとかセスナは体制を立て直した。
それと同時に花京院君も目を覚ます。
ホッとしたのも束の間だった。
先ほどの落下で地面スレスレを猛スピードで走っていたセスナは、突如砂漠に現れたヤシの木を避ける間もなく突っ込む。
嫌な音がしたかと思うと今度は間違いなく地面へと突っ込んだのだった。