starry heavens | ナノ

「何かいいことでもあったのかい?」

「ぅえっ!?な、なんで!?」

「いや、君って思った以上に顔に出やすいみたいだからさ。」

ペルシャ湾を無事に横断した私たちはアラブ首長国連邦へと入っていた。
これからサウジアラビアの広大な砂漠を越えるための装備をこの町で揃えるところだ。
ちなみにジョセフさんとポルナレフは車を購入しに行った。
砂漠の温度は日中は50度を平気で越えて、逆に夜はとても冷える。
そのための装備を買いに残りの学生組でアブダビの町を歩いているところだった。

花京院君の確信を突いた言葉に、私は思わず目の前を歩く承太郎の背中をチラリと見てしまう。
彼は聞こえているのかいないのか私たちを無視してズンズンと歩いていた。
だがそれに気がつかない花京院君ではない。

「…あぁ。なるほどね。おめでとう。」

ニコッと美しすぎる微笑みを私に向けたかと思うと、彼の手で頭をポンポンと撫でられた。

「ななななな、なんで!」

分かったのか?
すると今度も花京院君は人の心を読んだ。

「正直な所、何時くっつくのかってこっちがやきもきしていたからね。漸くって感じかな。」



な、なんてことだ

(モロばれ…!)

恥ずかしい。
穴があったら入りたいとはこのことか。

花京院君はフフッと笑いながら再び頭を撫でてくる。
彼の顔が見れず顔を手に埋めた時だった。



___パシッ

突然消えた自分の頭を撫でていた感覚と、上から聞こえた少し乾いた音に視線を上げる。
そこにいたのは承太郎だった。

「花京院、あんまり触るんじゃあねぇ。」

何が起きたのかよく分からず二人をキョトンと見る。
花京院君は呆然としていたが、すぐに我に返って承太郎を見るとニッコリと笑った。

「ごめんごめん。名前の反応が可愛くってツイね。からかいすぎちゃったよ。」

「んなっ…!?」

(か、可愛いって…!)
サラリと歯の浮くような台詞を言う花京院君に顔が真っ赤に染まる。
このような言葉をごく当たり前のように言ってしまうなんて、やはり彼も相当モテていたに違いない。
名前のそんな様子を見た承太郎は、罰の悪そうな顔をしたかと思うと彼女を己の方へと引き寄せてその手をとった。

「チッ…!さっさと行くぞ。」

「あっ…!承太郎、ちょっと…!」

承太郎の手に引かれて小走りで着いて行く名前。
そんな二人の様子を見て花京院は再び微笑んだのだった。

◇◇◇
「外はあっついが車の中は冷房がきいていて快適そのものだぜ。」

ジョセフさんとポルナレフが購入してきた車は何故かとても高そうな車だった。
砂漠の町で何故こんな高級車を買ったのか分からず、全員が首を傾げたのだがその謎はすぐに解かれることになる。

「ラ、ラクダ…!?」

ある一軒の農家についた私たちは、そこで先ほど購入したばかりの車とラクダを交換したのだった。
この先は本格的に砂漠となるのでとても車では移動できない。
だが『ヤプリーンの村』へ行くためにはどうしても砂漠を横断する必要がある。
ラクダを購入できる場所はなかなかないので、直接ラクダを扱っている農家へと交渉するためにわざわざ高級車を買ったということだった。


「よぉ〜し!これからラクダの乗り方を教える!」

ジョセフさんは自信満々に「ワシがラクダの乗り方を教える!」と言った割には、実は実体験はないらしく、全て映画で得た知識だった。
結局ラクダに乗れた頃にはジョセフさんはボロボロになっていた。
私も何とかラクダを座らせることまでは出来たが、その先が困っていた。

(高くて乗れない…!)

立ち上がったら三メートル。
座っても結構大きなラクダは、私の足の短さでは跨ぐことは愚かよじ登ることさえ困難だった。
それにこの高さから万が一にでも落っこちたら怪我は必須だろう。
座ったラクダの前でオロオロする私に気がついたポルナレフが声を掛けてくる。

「名前、どうした?」

すでに私以外の面々はラクダに乗っていたので、頑張って見上げる。


「えっと…、ちょ、ちょっと待って…。高くて乗れない…。」

「はぁ?訳わからんこと言ってないでよじ登れよ。」

「だ、だって…!スカートだし…。」


モジモジする私の前に手が差し伸べられる。

「つかまれ。」

その手は承太郎だった。
私は恐る恐る彼の手に掴まる。

「う、きゃあっ!」

手を掴んだ途端承太郎はグイッと私の身体を自分の乗るラクダの上までいとも簡単に引き上げてしまった。
横を向いたまま承太郎の前に身体が収まる形になる。

「これなら足広げなくていいだろう。」

承太郎はラクダの手綱を握っているため必然的に彼の両腕に私の身体は抱え込まれている体勢になる。
それを意識した途端心臓が早鐘のように打ち始める。

「おいおい!こんなところでベタベタするなよなぁ!ったく!」

「いや、でも女性の名前に一人でこの大きなラクダに乗れっていうのは少し無理がある。
ラクダは思ったよりも揺れるものだ。この高さからもし振り落とされでもしたら困る。承太郎と一緒に乗るのが一番良い方法かもしれない。」

「で、でも…。」

チラリと後ろに乗る承太郎を見上げる。
承太郎はジッと私を見つめていた。

「…てめぇならラクダが歩いた途端地面に落ちかねねぇからな。」

「なっ、なにを…ウプッ!」

文句を言おうとした瞬間顔にバサリと大きな布のようなものがかけられる。

「なに…!?」

「その格好で砂漠に入ったら火傷するぞ。羽織ってろ。」

承太郎が投げて寄越したのは先ほど花京院君たちと購入したストールのような全身を覆える大きな布だった。

「あ、ありがと…。」

慌ててストールを羽織る。
さっき自分で買い物したというのにすっかり忘れていた。

「むぅ…。確かに、誰かと一緒に乗る方が安全だな。
仕方ない。余ったラクダは親父に返して来よう。」

私自身、一人でラクダに乗っていく自信はなかったので承太郎の厚意に甘えることにしたのだった。

◇◇◇
砂漠には何もない。
つまり太陽の光を遮る遮蔽物が何もないのだ。
ダイレクトに当たる太陽の熱は何もしていなくても体力を奪っていく。

(あつい……。)

暑すぎて『クリスタル・ミラージュ』で結界を出現させ熱を遮断してはどうかという考えも浮かんだが、私の結界は一度出現させたらその場から動けないことを思い出して諦めた。

ツゥーと額から汗が伝う。
正直こんなに汗をかいたのは久しぶりかもしれない。
そしてこのラクダが結構曲者だった。
お世辞にも乗り心地が良いとは言えないラクダはとても揺れる。
踏ん張るに意外と体力を使うのだ。たぶん明日は筋肉痛だ。
そんな時上から低い声が響く。

「飲め。脱水になるぞ。」

目の前に出されたのは水筒に入った水だ。
中の水が揺れてチャプンと音を立てる。

「あ…ありがとう。」

乾いた喉を冷たい水が伝って身体を潤してくれる。
私が飲み終わったのを確認すると承太郎はその水筒を受け取り、今度は自分で飲み始めた。

「あ…、」

(か、間接………、)
水が付着してキラキラと光る承太郎の厚い唇に目を奪われる。

「なんだ…?」

「な、なんでもない…。」

その視線に気がついた承太郎が不思議そうに尋ねてくるが私は慌てて視線を逸らした。
それが気にいらなかったのか承太郎はガシッと私の頭を掴んだかと思うと、無理やり自分の胸板へと押し付ける。

「それじゃあ安定しないだろう。寄りかかれ。」

「うわぁっ!承太郎…っ」

(〜〜〜!?承太郎の胸板がぁ!?)
横乗りだったので頬から承太郎の胸板に突っ込む形となる。
あまりの体勢に思わずジタバタと暴れてしまう。

「おい、大人しくしろ。落とされてぇのか。」

ギロリと承太郎に睨まれて私は大人しく彼の胸元に収まった。


一時間程した頃だろうか。

不意に花京院君が声を上げる。


「やはり何かの視線を感じる気がする…。」

ポツリと呟いた花京院君の言葉にポルナレフが返事をする。

「神経質すぎるんじゃあねぇか?花京院。」

「…いや。実は俺もさっきからその気配を感じてしょうがない。」

「っ!?」

ずっと黙っていた承太郎が突然声を発したためビクリと身体を跳ねさせる。


「どうした?名前。」

「い、いや…!なんでもないっ」

実は承太郎の胸の中でうつらうつらし始めたところだったので、突然耳元で響いた彼の声に驚いたのだ。
焦る私に疑問符を浮かべる承太郎だが、彼は双眼鏡を手にして辺りを確認し始めた。

「それにしても暑いぜ…。気温が50℃もある。」

ポルナレフが懐から水を取り出しゴクゴクと飲んでいる。


「仕方ない…。今が一番暑い時間帯だからな…?
!?…承太郎!今何時だ!?」

時計を見たジョセフさんがなにやら突然叫び声を上げる。
承太郎も懐から時計を取り出して時間を確認する。

「…8時10分、!?」

「なに…?どうしたの?承太郎…。」

正直暑すぎてあまり頭が回っていない。
驚愕の表情を浮かべる一同についていけていない。

「午後8時を過ぎているのに太陽が沈んでいない…。」

「…え?」

「ば、馬鹿な!?気温がいきなり60℃に上がったぞ!!」

それどころか太陽は沈む気配が一切なく西からグングンと上ってきている。


「ま、まさかあの太陽が、スタンドっ!!」

「このままここにいるは危険だ!岩陰に隠れるんだ!」

花京院君とジョセフさんの焦りの声が響く。
先にラクダから飛び降りた承太郎に抱えられるようにして私も地面に降り、岩陰へと身を潜めた。
今の日差しだけでも遮断できないかと結界を出現させるが、すでに70℃を超えたこの場で熱を遮断しても意味はない。
私の結界は防御のみ。
これから受ける熱は遮断できるかもしれないが今の温度を変えることはできない。

「やめろ。体力を消耗するだけだ。」

承太郎に制されて私はスタンドをしまう。
そういう彼も熱のあまり意識が朦朧とするのか非常に辛そうだ。

「僕の『法皇の緑』でスタンドとの距離を測ってみます!」

そう言って花京院君は少しずつ『法皇の緑』を太陽に向かわせる。
だがその瞬間キラリと光るなにかが目に映った。

「花京院君!『法皇の緑』を戻して…っ!」

慌てて私は彼のスタンドを守るために結界を出現させる。

「なんだ!?今のは…!あの太陽から何かが飛んできたぞ…!
名前、助かりました…。ありがとう。」

「ううん…っ、気にしない、で……っ!」

暑さのあまり意識が朦朧とする。
スタンドの発現が困難になった私はその場に膝をつくように倒れ込んだ。

「名前……っ!」

「すごい汗だ…、どこかに身を隠さなくては…っ」

膝をついて頭を押さえる私を承太郎が抱きかかえる。


「『星の白金』っ!!穴を空けるからそこに逃げ込めっ!!」

穴の中は熱気がすごいがそれでも外の直射日光を浴びるよりはマシだった。

「名前、水飲めるか。」

「うん…、ごめん承太郎…。」

「すみません…。僕が無茶なことをしたばかりに君に負担をかけてしまった…。」

心底申し訳なさそうにする花京院君に何か言ってあげたくて無理やり笑顔を作る。

「花京院君のせいじゃないよ…。それに助け合うのはお互いさまでしょ…?」

「それにしても、敵は一体どこにいるんだよ…!このままじゃあ全員ゆでだこになっちまうぜ…っ」

ポルナレフの言葉に全員が目を凝らして外の様子を伺うが、見渡す限りの一面砂漠にどこをどう見たって人影なんて見当たらない。
穴の中の温度も限界に達して万事休すかと思ったときだった。

「……プッ」

突然花京院君が噴き出して笑い始めた。
それに続くようにポルナレフも承太郎も大爆笑を始める。

正直目を開ける元気もなかった私は皆がなんで笑っているのかもよく分からなかった。

だが突如訪れた静寂。
今までの暑さが嘘のように辺りは寒くなる。
承太郎に抱きかかえられて外に出たときは、今までとは打って変わって夜が訪れていた。


汗をかいてぬれた身体がブルリと震える。

「寒いか?」

「だ、大丈夫だよ。ごめん、迷惑かけて…。もう大丈夫だから…。」

すると承太郎は地面に私を下ろしてくれた。
しかし地面に足を着いた瞬間クラリと目が回り、再び倒れそうになる。
それを承太郎は再び支えてくれた。

「おい…、本当に大丈夫か。敵が乗っていた車が向こうにある。そこまで行くぞ。」

「な、何からなにまでごめん…。」

だがそうは言っても砂漠の夜は相当に寒い。
まだ目的の『ヤプリーンの村』まで1日くらいはかかる。
その前に早いところこの服をなんとかしないと確実に風邪を引くだろう。


「都合よく砂漠のオアシスのような場所でもあればいいんだが…。見つかるまでは仕方ない。
なによりこんな何も遮蔽物がない場所で野営するのは危険だ。せめてもう少し草木がある所まで車で行ってからテントを出そう。」

ジョセフさんの言葉で一同は汗で震える身体をこれ以上冷やさないようにストールなどを巻きながら、それぞれラクダに乗ってテントを張る場所を目指すのだった。