ペルシャ湾を横断する船に乗りながら私は甲板から夜の海をボーッと眺めていた。
(真っ暗で何も見えない。)
『恋人』を倒した後無事にジョセフさんたちと合流を果たして、私たちは『カラチ』から『アラブ首長国連邦』へと入るためペルシャ湾を船で横断中だった。
なんだか妙に目が冴えてしまった私はこうして甲板に来てみた訳だが、特に何が見えるという訳でもなかった。
だが日本にいたときとは違った空気と海のにおいに、随分と遠くまで来てしまったのだと改めて実感する。
船長と僅かな水夫しかいないこの船は、SPW財団を通じて紹介された身元がはっきりした人物しか乗っていない。
以前の『暗青の月』のこともあり、より一層の注意を払って人を厳選したらしいので今回は間違いなく安全だろうということだった。
せっかく部屋もそろっているのでたまにはそれぞれ一人一つの船室でゆっくりと休もうということになったのだ。
今頃は皆夢の中だろうか。
部屋に入った途端隣の部屋のジョセフさんのいびきが響いていたからきっとよく眠っているんだろう。
なんとなく船室に戻る気になれなかったのは、たぶんジッとしていると色々なことを考えてしまうからだ。
ここなら船の進む音や波の音、夜だが色々な音が聞こえてくる。
____コツ
「眠れないのか?」
突然後ろから響いた声に驚き勢いよく振り返る。
「じょ…承太郎…。どうしてここに?」
そこにいたのは承太郎だった。
先の戦いで『鋼入りのダン』に殴られたり蹴られたりした彼は顔にいくつかの絆創膏を張っている。
今は見えないがきっと身体にも無数の傷があるのだろう。
「怪我は…大丈夫なの?」
「あぁ。おかげさんでな。」
すると承太郎は甲板に寄りかかり私と同じように海を眺め始めた。
周りに明かりがない分夜空の満点の星空が良く見える。
どちらも口を開くことなくただ夜空を見上げた。
「……星が、すごい綺麗。」
「明かりがないからな。東京じゃあまず拝めねぇな。」
「えぇ!?そうなの!?杜王では灯台の方に行けば割と良く見えるけどなぁ。
田舎ってことかな。」
「フッ…、なんだそれ。」
可笑しそうに微笑んだ承太郎の笑顔に見惚れる。
色々ありすぎてすっかり失念していたが、霧の町の宿で私は承太郎に___
思い出した途端顔が熱くなる。
チラリと横にいる彼の方を見上げると何故か向こうもジッと私の方を見ていた。
バチリと視線が合ってしまい不自然な程大げさに視線を避けてしまう。
「___一つ聞きたいんだが、」
唐突に切り出した承太郎に再び目線を上に上げる。
「10年後の俺と、お前はどういう関係だったんだ…?」
「……え?で、でもそれは…、」
ジョセフさんの能力で見て、知っているのでは?
すると承太郎は私の心を読んだかのように再び口を開く。
「お前の口から聞きたいんだ。」
真剣な彼の真っすぐな瞳にゴクリと喉が鳴る。
「……わたしが高校を卒業したら、一緒に暮らそうって…、そう約束していた、よ…。
恋人同士、って言えるか分からないけど…、お互い好きだった、と思う。」
まさか本人を前にして告白まがいのことを再びすることになるとは思わなかった。
恥ずかしくて再び視線を下げる。
暫く沈黙していた承太郎だがポツリと低い声で呟いた。
「………………イラつくぜ。」
「え…?な、なんて…?」
「まさか十年後の自分に嫉妬する時が来るなんてな。自分でも奇妙な感覚だぜ。」
『妬ける』つまり『嫉妬』
それはつまり一体全体どういうことなのか?
「え、え?えぇっと…。」
頭の中での処理が追いつかず混乱する。
承太郎の言っていることの意味が分からなくて少し逃げ腰になってしまう。
一歩承太郎から離れようとした時だった。
「逃げんな。」
「え、きゃ…っ!」
大きな手に腕を掴まれてグイッと引き寄せられる。
手を掴まれたままで向き合う形になる。
「俺が嫌いか?」
「そ、そんな訳…っ」
「じゃあ好きか?」
「そ、その聞き方はずるいよっ」
真っ直ぐに見つめてくる深い緑から逃れられない。
陥落しそうになる心を必死になって奮い立たせる。
「私は…、この時代の人間じゃあないんだよ…っ」
その瞬間全ての時が止まったような気がした。
目の前の承太郎の瞳が僅かに揺れたと思った次の瞬間には、いつもの意志の強い瞳へと戻っていた。
「_____関係ねぇ」
「じょ、じょうっ!んっ…!」
腰と手を引かれて彼に抱き寄せられたかと思えば、目の前に承太郎の端正な顔があった。腕を掴んでいた手は後頭部に添えられており逃げることができない。
「っぁ…!んぅ…!」
触れあった唇が一度離れたかと思えば、今度は舌でこじ開けるようにして口の中へと侵入してきた。
歯列をなぞるように撫でたかと思えば今度は舌を絡めとられて引っ張り出される。
まさに貪り喰うという表現が正しいのではないかと思う程、奥の奥まで侵入を許してしまっていた。
長身の承太郎は甲板に寄りかかった私に、ほとんど覆いかぶさるようにして長い長い口づけをした。
承太郎と私の唾液が混ざり合いチュクと卑猥な水音を立ててしまう。
少しずつ口の中に注がれる彼の唾液を嚥下しきれずについには口の端から垂れてしまう。
今まで弄ばれていた舌を引きずり出されたかと思うと今度は彼の歯で軽く噛まれる。
その瞬間背筋に電流が走り、膝が笑いついには腰が抜けてしまうが、承太郎はそんなこともおかまいなしに貪り続けた。
やっと唇が離されたときには私の意識は朦朧としていた。
膝は笑い、顔は涙と唾液でグシャグシャで相当に酷いことになっているだろう。
承太郎は私の唇を一舐めしたかと思うと漸く口を離した。
息を整えるのに必死の私の耳元で承太郎は静かに呟いた。
「___お前が好きだ」
「ぁ…っ、じょ、たろう…」
「本音を言えばこのまま二度と離したくねぇ。俺だと分かっていても未来になんて返したくねぇ。」
揺れるブルーグリーンの瞳に目を奪われる。
「…承太郎………。」
「ガラじゃあねぇこと言ってる自覚はあるが…、俺とお前はきっとどの時代で出会っても惹かれあうんだろうな…。」
「…うん。私も、今も、10年後も、きっとその先も。
ずっとずっと、承太郎のことが大好き…。」
漸く力が入るようになってきた腕で、彼の大きな背中を抱きしめる。
___ああ このにおいは 潮の香り
この瞬間が永遠に続けばいい
そう思わずにはいられない程、幸せだった。