starry heavens | ナノ

花京院君たちはこの男のスタンドと戦っているところだろうか?

それまで耐え忍ぶしかない。
今男と戦うことは絶対にできないのだから。


辿り着いた場所はカフェだった。
テラス席に座った男はアイスティーを啜りながら鼻歌を歌っている。

「名前、座れ。」

「……?」

座れと言われてもここには椅子は一つしかない。
一体どこに座れと言うのか。

「ここだよ、ココ!ったくお前は理解力がねぇな!」

男が指したのは自分の膝の上。
言葉に詰まる私に苛立ったのか男はお決まりの文句を叫ぶ。

「さっさとしろ!じじいがどうなってもいいのか!」

一辺等で何の捻りもない文句だが、今の私たちはこの言葉に逆らうことができない。
それをこの男はよく分かっていた。
恐る恐る私は男の膝の上に座る。

(承太郎を見てはいけない…!)

私が恐怖や困惑の目を向けたりすれば優しい彼のことだ。
再び激昂してジョセフさんと感覚を共有しているこの男を殴りかねない。
今の私にできることは、目の前のこの男と承太郎をできる限り刺激しないことだけだった。


「ん〜、なかなかいい感じだぜ。おい承太郎。靴を磨け。」

そして男は承太郎の前に自分の靴を差し出した。
承太郎は射殺さんばかりの目で男を睨みつけたかと思うとハンカチで男の靴を磨き始めた。
その様子を見て男は高らかに笑う。
そしてアイスティーを手にしたかと思うと盛大にそれを私の胸元へ零した。

「きゃあっ!」

冷たさに驚き思わず悲鳴を上げてしまう。
(マズイ!)
それに反応した承太郎が靴磨きの手を止めてこちらを見上げる。


「オイ承太郎!誰が止めて良いって言った!?」

すると男は思い切り承太郎の顎を蹴り上げた。
堪らず後ろへと倒れる承太郎。

「じょ…承太郎っ!!」

「名前〜。お前はコッチだぜ。冷たかっただろう?
手元が狂っちまって悪かったなぁ〜。俺がしっかりと拭いてやるからなぁ〜。」

すると男は自らのハンカチを取り出して私の胸元を拭き始めた。
時々胸を掠めるように触れる男の手に嫌悪感を感じながらも耐える。

「中まで染みちまっているなぁ〜。」

「あっ…!やめてっ!!」

服の中に侵入して来ようとする男の手の動きに驚いて、思わず男の手を払い立ち上がる。

(しまった…!)

「……名前〜。こいつは一体どういうことだ?
この俺が優しく丁寧にふき取ってやっているっていうのに突き飛ばすなんてよぉ…?」

突然男の言葉途切れたのを怪訝に思いそちらに目を向ける。
男はどうやら先ほど自分が蹴った承太郎を見ているようだった。

「……承太郎、てめぇ、何をしてやがる?」

男のその言葉に承太郎の方に視線をやる。
彼はメモ帳に何かを書きこんでいるようだった。

「こらあ!貴様、何を書きこんでいる!?」

男は承太郎の手からメモ帳を取り上げてそれを見る。
私からは見えないがその目は驚愕に見開いていた。

「お前に貸しているツケさ。必ず払ってもらうぜ…。
忘れっぽいんでな。メモってたんだ。」

男はワナワナと震えたかと思うと承太郎の頬を殴った。

再び私の腰に手を当てたかと思うと口を開く。


「名前、さっき俺を突き飛ばしたことは次の承太郎の働きがよければ許してやる!」

高らかに笑う男に始めは意味が分からなかったが、新たな場所に着いた時にそれは明らかになる。


(宝石店…?)


着いた場所は見るからに高そうな宝石店だった。

「なぁ承太郎、見ろよ。この腕輪。こういうのを女の子にプレゼントしたらよぉ〜、よろこぶぜぇ〜。
なぁ、名前。」

「……………どうでしょうか。」

「ったく、愛想のねぇ女だなぁ〜。…まぁいい。
___承太郎、お前この腕輪を盗れ。」

この男は今何と言ったのだ?驚愕で私の腰を抱く男を見上げる。
だが男は楽しそうに承太郎を見るのみで、こちらへ視線は向けていない。

「聞こえなかったのか?『ギ・レ』そう言ったんだぜ。」

「なにを…!ふざけないで…」

「名前、お前には言ってねぇ。承太郎がうまくギレたらさっきのお前の俺に対する無礼は許してやる。
それとも何か?俺がこのガラスをぶち破って盗ってやってもいいんだぜ。だがジョセフは痛みで死ぬだろうな。」

承太郎は無言で『星の白金』を出現させてガラスの中の腕輪を盗った。

(スタンドをこんな使い方させるなんて…っ)


「店員さ〜ん!こいつ、万引きしていますよ〜!」

「なっ…!?」

承太郎の手には今まさに『星の白金』で盗った腕輪が。
誰がどう見ても彼が盗んだようにしか見えないだろう。
奥からこの店の用心棒らしき男たちが現れる。

「どいつだ!?この東洋人の若造か!?」

男の手を振り払い承太郎の前に思わず進み出る。


「ま…待ってくださいっ!この人は違います…!」

「ほぉ…、違うってのはどういう意味だい?
お嬢ちゃん。まさかアンタがやった、とでも言うんじゃあないかね?」

「それは…っ」

キッとダンを睨みつけるが一笑されただけでなんの意味もなかった。


「俺たちは盗人とあれば女子供であろうと容赦はしないぞ。」

パキッと指を鳴らしながら凄む男たちにゴクリと喉を鳴らす。
だが私と男たちの間に割って入る者がいた。

「じょ…、承太郎、」

「てめぇは引っこんでな。盗んだのは俺だ。この女は関係ねぇ。」

「この若造!ぬけぬけと!表へ出なっ!!」

「ま、待って「黙ってろっ!!」

承太郎に怒鳴られてその場に立ちすくむ。
彼は男たちに連れられて店の外へと出て行った。

「おい、承太郎。一般人相手にスタンドは使うなよ。名前、勿論お前もな。」

店の外に出た承太郎は用心棒の三人の男たちに殴られ、蹴られた。
ダンの言う通りに耐えることしかできない承太郎は口からは血を流し、いよいよ地面に倒れ伏した。
だが男たちの暴行は止まらない。
無抵抗に倒れている承太郎に向かって容赦なく蹴りを入れた。


承太郎にとって屈辱だろう。
無理やり盗みを働かされて、その報復をじっと耐え忍ぶしかないなんて。
傷つく彼を見て私の身体は自然と動いていた。


「もう…、止めて下さいっ!!」


倒れる承太郎に覆いかぶさるように男たちから彼を庇う。
その瞬間男たちの暴行がピタリと止まった。

「名前……!?」

「お嬢ちゃん。怪我したくなきゃあ向こうへ行ってな。」

男に凄まれるが私は承太郎の上からどく気はなかった。
頑なに動こうとしない私に男たちも毒気が抜かれたのか、「このくらいで勘弁してやる」と言って店の中へと戻っていった。

「承太郎っ…!大丈夫…!?」

「名前…、てめぇ、あぶねぇ真似はするなってあれ程言ったよなぁ…。」

「そんなの承太郎だって一緒でしょ!?
私だって…、私だって、承太郎を守りたい…っ。」

「名前……、お前、」


パチパチパチ 
辺りに拍手が響く。


「な〜に二人の世界つくっちゃっているんだよ。
もうすぐジョセフのじじいは死ぬ。そうしたら次はてめぇだからな。承太郎!」

勝利の笑い声を上げるダンの声を遮るように低い笑い声が響く。


「…なに笑ってやがる。承太郎。」

「クックックッ…、いや、なぁに。これで楽しみが一気に倍増したと思ってな。
てめぇへのおしおきターイムがやってくるのがよ。」

不敵に笑う承太郎に気分を害したのか男が承太郎を平手で打つ。

その時だった。

「うぎゃあぁあ!!」

男の額がパックリと割れておびただしい血液が噴き出した。


「これは…?」

「そのダメージは花京院にやられているな。残るかな、俺のおしおきの分がよ。」

(一体何が起きているの?)

ジョセフさんたちの方はどうやらなんとかなりそうだ。
ダンのダメージからしてスタンドが大きな傷を負ったのは確実。
これ以上ジョセフさんの中にとどまることはできないだろう。
その焦り具合からしても花京院君たちは男のスタンドをかなり追い詰めているらしい。

「許してください〜!承太郎様〜!!」

情けないことに態度を一変させて今度は承太郎の靴の先を舐め始めた。


(な…なんなの?)

自分が負けそうになった途端、先ほどまで好き放題していた承太郎に対し、今度は媚びを売るとは。
信じられないものを見るかのような目で男を見る。

「ね、ねぇ…、承太郎…。」

私が声を発した瞬間、私の耳の横で何かが素早く動いた。
その衝撃で風が吹きあがり髪の毛が乱れる。
何事かと思い横を見ると、ほぼゼロ距離の位置に『スタープラチナ』の太い腕があった。

「なっ、なにっ!?」

驚いてその場から少し飛びのく。
そして目の前のダンが再び悲鳴を上げた。
その手足はあらぬ方向へと曲がっている。


「…てめぇ、じじいの次は俺じゃあなかったのか?
まぁこんなこと企んでいるんだろうとは思ったぜ。『スタープラチナ』の正確さと目の良さを知らねーのか?」


(…まさか。)

ジョセフさんから出てきたダンのスタンドは今度は私の中へ今まさに入ろうとしたということだろうか。

(全然気が付かなかった…。)

本当に、かなり小さなスタンドらしい。
だがそれも今は『スタープラチナ』に掴まっておりどうしようもない。


「な、なにも企んでなんかいないよぉ〜!み、見て下さい!今ので腕と足が折れました!もう再起不能です!動けません!」


「…そうだな。てめーから受けた今までのツケは、その手足で支払ったことにしてやる。」


すると承太郎は『スタープラチナ』を引っこめてダンのスタンドを解放した。


「二度と俺たちの前に現れるな。
今度出会ったら1000発その面に叩き込むぜ。……名前、行くぞ。」

クルリと私たちが背を向けた時だった。


「承太郎〜〜〜!!そこの女の子を見な!今その子の耳から『恋人』が入っていった。動くんじゃねぇ!」


自分が有利になれば不遜な態度になり、不利になれば相手に媚びる。
本当に最低最悪の男だ。
怒りを通り越してもはや呆れしか湧き上がってこない。

だがずっと向こうから伸びて女の子の耳へと続いている細い糸のようなもの、あれは間違いなく『彼』のスタンドだ。
だからこそ私は、たぶんそれにいち早く気が付いたであろう承太郎も特に焦ることもなく冷静だった。

やはり『恋人』に巻き付いていたのは花京院君の『法皇の緑』だった。
ピンと引っ張られたそれは女の子が動いたことにより彼女の耳から抜けて飛んでいってしまった。
その途端に再び承太郎に対し媚び始める男。


情けなさ過ぎてもはや見ていられなかった。




先ほどの承太郎の『今度会ったら1000発叩き込む』という台詞の通り、承太郎は私が今まで見てきた中で最長のオラオララッシュを男へと浴びせた。
承太郎の怒りのラッシュにより悲鳴を上げることもなく男は壁へとめり込む。


「ツケの領収証だぜ。」

承太郎の決め台詞と共に私たちは漸く『恋人』から解放されたのだった。