starry heavens | ナノ

何故か宿にいたホル・ホースに、乗っていた車をまんまと奪われてしまった私たちは、小さい村までなんとか歩いてそこで馬車を買い取った。
もはや驚きもしないが高い買い物であったことだけは、私にも分かる。
酷く目立つ装飾のされた馬車に乗って私たちはパキスタンを横断し、首都『カラチ』へと足を踏み入れた。

「おお!ドネルケバブじゃないか!丁度いい、腹ごしらえとするか。」

やけに美味しそうな香りがすると思ったがどうやら屋台のようなお店が道沿いにあったらしい。
馬車から降りて店主と値段交渉を始めたジョセフさんを心の中で少し応援する。
飛び交うお金の単位は全くわからないのだが。
値切りの結果は大成功だったようだ。満足げに馬車へ戻ってくるジョセフさん。

だが唐突にその顔色を変える。

「おい!その老婆が目を覚ましているぞっ!」

ジョセフさんの言葉に私たちは一斉に振り返る。
そこには確かに目を覚ましたお婆さんがいた。だがどうにも様子がおかしい。
お婆さんの視線は私たちを素通りしてさらにその後ろに注がれていた。

「な、何故?!何故お前がここに……?!」
お婆さんが驚愕の顔で見つめていたのは先程ジョセフさんが値段交渉をした屋台の店の店主だった。
店主は顔が覆われた服とサングラスをはずして素顔を明らかにする。

「DIO様は何者にも心を許していないということだ…。口を封じさせていただきます。
そしてそこの5人…、私は鋼入りのダン。スタンドは『恋人』の暗示。あなた方のお命、頂戴致します。」

男がそう言ったのと同時にお婆さんの体のあらゆる所から触手のようなものが勢いよく生え馬車を破壊し始めた。
咄嗟に馬車から私たちは飛び降りる。

「そ、そんな、馬鹿な!?DIO様がこのワシに『肉の芽』を埋め込むなど…!?」
全身から血を噴き出しながら言うお婆さんに、何とも言えない気持ちになり私はお婆さんの元へ駆け寄る。
ポルナレフも同じ気持ちだったようで無数に生える触手を『銀の戦車』で切り刻むが、それは勢いが衰えることなく再び生えてきた。

「DIO様があなたのようなちっぽけな存在の女に心許すわけがなかったのだ。」
ついにお婆さんはぐったりとしてしまった。
するとジョセフさんが何を思ったのか突然ぐったりする彼女に話しかけ出した。

「婆さん!DIOのスタンド能力を教えてくれ!!奴がどういう男か分かっただろう。
ワシらはDIOを倒さねばならん!頼む!言ってくれぇ!」

「!!ジョセフさん…。」
DIOに裏切られた今ならもしかしたら話してくれるかもしれない。
だがその考えは甘かった。

「ワシと…、DIO様は深く信頼し合っておる!!裏切れるか…っ」

そう言ったお婆さんはついに力尽きてしまった。
やるせない気持ちと共に私の中にはDIOに対する明確な怒りが芽生えた。
自分を信頼してくれている人にこのような仕打ちが出来るなど、人間ではない。
ギリリと奥歯を噛みしめる。
すでに事切れたお婆さんの遺体から目が離せなかった。
お婆さんの横で座り込む私に対して、4人は目の前の敵を囲い敵意をむき出しにする。

「…俺はこの婆さんとは妹との因縁もあって複雑な気分だがよぉ…。てめぇは殺す。」

「覚悟してもらおう。」

「立ちな。」

目に怒りを宿す4人に鋼入りのダンは怯むこともなく、優雅に据わりながらコーヒーを啜っている。

「おい、タコ!カッコつけて余裕こいたフリすんじゃあねぇ。
てめーがかかってこなくても俺はやるぜ。」

「どうぞ。だが君たちはこの私に指一本触れることはできない。」

男がそう言った直後だった。承太郎は男の次の台詞を待つことなく『星の白金』でダンを殴り飛ばした。
その圧倒的なパワーにより宙を舞いあがり店のガラスに突っ込む男。
だがそれと同じくして身体が吹き飛んだ人物がいた。

「ジョセフさんっ!!」
ジョセフさんは私の目の前で先ほどの男と全く同じように吹き飛んだ。
まるで彼自身が『星の白金』で殴り飛ばされたかのように。
訳が分からず皆が皆目を点にする。

「…っこのバカが…!説明はまだ途中だ…!貴様はもう少しで自分の祖父を殺すところだった。」

男は『星の白金』で殴られた衝撃で口から血を流しているが、対するジョセフさんはそれよりも重症のように見える。
なかなか立ち上がれないでいるジョセフさんの元へ駆け寄り肩を貸す。

「大丈夫ですか…!?」

「あ、あぁ…。すまん。だが一体何が…!?」
男は自分のズボンの埃を払ったかと思うと懐からお金を取り出して通りかかった少年に見せつけるように声を掛ける。

「おい、小僧。駄賃をやる。その箒の柄で私の足を殴れ。」
突然訳の分からないことを言われた少年は戸惑いの表情を浮かべるが、男に再び促されて恐る恐るといった様子でその足を殴った。

「うげあぁっ!!」
突然足を抱えてしゃがみ込むジョセフ。

「戦いはもうすでに始まっているのだよ…。ミスター・ジョースター。今あなたの耳から私のスタンドが脳の中へと入っていった。
私が怪我をすれば痛みであなたの頭の中に入ったスタンドが暴れて、あなたには何倍もの痛みとなって降りかかるのだ!」

まさかそれ程小さなスタンドが存在するなんて。
影も形も見えなかったというのに。

「しかも『恋人』は『肉の芽』を持って入った!数十分もすればあなたはそこのエンヤ婆と同じように、死ぬ!!」

「いだあああっ!」
再びジョセフさんが叫び声を上げる。
何事かと思い男の方を見れば先ほどの少年が再び男の足を箒で殴っていた。
ニコニコと嬉しそうに男に向かい手を差し出している。再びお金をもらえるものだと思っているのだろう。
途端に無表情になった男に危険なものを感じた私は慌てて少年の前に結界を出現させる。男はやはり少年に向かって拳を振るおうとした。
ゴンッと鈍い音がしたかと思うと男は拳を引っこめる。
そしてギロリと私の方を睨んだ。

「ジョセフさん…。ごめんなさい…。手、大丈夫ですか…?」

「ああ…。子供を殴られるよりはマシだわい。」
そういうジョセフさんの手の甲は男が結界を殴ったせいで少し赤くなってしまっている。

(後で手当てをしなきゃ…。)
先ほどの子は驚きで逃げ、すでにそこにはいなかった。

「おい女。お前だよ、苗字名前。こちらへ来い。」

「え…、」

先ほど少年を庇ったのが気に入らなかったらしい。男は目を吊り上げて私を睨んでいた。
どうすべきか戸惑う私の前に、私が考えるよりも早く立ちはだかる人物がいた。

「その必要はねぇ。何故ならてめぇは俺がここで殺るからな!」

承太郎は男の胸倉をグイと思いきり掴む。
男は苦しそうに顔をしかめるが、同時にジョセフさんからもうめき声が上がる。

「承太郎っ!やめて!ジョセフさんが…!」
男の胸倉を掴む承太郎の腕を慌てて止めようと両手でしがみつく。

「心配すんな。痛みを感じる間もなく殺ってやるからなっ!!」

(マズイっ!)

承太郎は怒りのあまり冷静な判断ができなくなっている。
だが彼の力は私では抑えられない程強く、さらに男の胸倉を絞め上げる。
それを止めたのは花京院君だった。

「承太郎…!自分の祖父を殺す気か…!?」
承太郎を後ろから羽交い絞めにするように止める。

「本気でやりかねねぇからな!コイツは!」
ポルナレフも男と承太郎の間へ割って入る。

「承太郎っ!冷静になって!らしくないよ!」
全員に止められて承太郎も少し冷静さを取り戻したのか悔しそうに引き下がる。


「ったく、なめたやろーだ…。」
ポツリと呟いた男は承太郎を突き飛ばし足元にある大きい石を拾う。
それで思い切り承太郎の腹部を殴ったのだ。

「う…っぐぅ…!」

「承太郎っ!!」

「なんてことしやがるっ!!」
堪らずその場に崩れ落ちる承太郎。

「俺をなめるな。ジョースターのじじいが死んだら次は…、貴様の脳に『恋人』を滑り込ませて殺すッ!」

男は追い打ちだとでも言うようにその石で今度は承太郎の頭を思い切り殴りつけた。
倒れ込む承太郎に焦った私は慌てて彼の背に手を添える。

「っ承太郎…!」
彼の背は怒りのあまり小刻みに震えていた。
口の端から血を流しながら悔しそうに目の前の男を睨みつける。


「今は耐えて…っ!」
承太郎のギリリと奥歯を噛みしめる音がここまで聞こえてくる。

「承太郎!そいつをジョースターさんに近づけるな!奴のスタンドは僕たちが何とかする!
名前!承太郎が無茶をしないように見張っていてくれ!」

ジョセフさんと花京院君とポルナレフはその場から走り去っていった。


(そうか!射程距離の外に行けば…!)

「ふん!私のスタンド『恋人』は力が弱い分、どのスタンドよりも遠隔で操作が可能だ。それこそなん百キロと離れようとな。」

すると男は突然私の肩に手を回してきた。


「何…!?離してよっ!」
驚いた私は男を思い切り突き飛ばしてしまう。だがその瞬間ハッとした。


「いってぇ〜!あ〜あ!今のでジョセフ・ジョースターはまた悲鳴を上げているだろうなぁ〜。」

「わ、私は、そんなつもりは…!あっ、じょ、承太郎…!」

ズイと男と私の前に割り込んできたのは承太郎だ。


「……なんのつもりだ?じょーたろークン。」

「てめぇ…。だんだんと品が悪くなってきたな。
あまりコイツに絡むんじゃあねぇ。俺自身何をするかわからねぇからよ…!」
すると男はニヤリと笑う。

「ほぉ〜。じゃあ何をするか教えてもらおうじゃあないか〜!ジョセフと繋がっているこの俺に何をするのかをよぉ〜!」

男は脅しをかけるように目の前の承太郎へ言い放つ。
いくら遠くへ離れたとは言え、この男の射程距離は数百キロ。
未だジョセフさんは人質にとられた状況であることに変わりはないのだ。


「分かったら苗字名前!こっちへ来い。」

「てめぇ…!」
再び拳を握りしめる承太郎を慌てて制する。

「承太郎…!いいからっ」

「名前っ…!」
引き留めようとする承太郎の声を後ろに感じながら私は男の前に立つ。

「よぉ〜し。良い子だ。」
すると男は私の腰に手を回してグイッと自分の方へ引き寄せた。

「っ!!」

「お〜っと。承太郎。てめぇは大人しく、指をくわえながら俺たちの後を着いてくるんだな。
俺に手を出したりすればジョセフのじじいがどうなるか、もう分かるよな。」


「承太郎、大丈夫だから…!」


そう言って男は私の腰を引きながら歩き始めた。



男が一体どこに向かっているのかは分からないが、歩きながら男にされた質問は酷い内容のものばかりだった。

「日本では足を出した女がゴロゴロいんのかぁ?それともそういうことオッケーっていうアピール?」

男の手が私の腰から少し下がり私の太ももを撫で始める。
反応したらこの男を喜ばせるだけだと思ったので私はただ無表情に、男を刺激しない程度の受け答えしかしなかった。


「ちっ…。可愛くねぇ女。」
特に反応を示さなかった私に興味を失ったのか男は目の前にある堀を眺め始めた。


「この堀…。飛び越えて渡ってもいいがもし川に落ちたら危ないなぁ〜。橋までいくのも面倒だし。
おい、承太郎。橋になれ。」

驚きの台詞に目を見開いて男を見上げる。


「なんだ…?苗字名前、文句があるのか!?」


すると男は自分の足を思い切りぶつけた。
ガァンッと結構な音が辺りに響く。


「さっさとしろ!承太郎!」
ギリッと奥歯を握りしめた承太郎は男に逆らうことなく地面に膝を着く。

「承太郎…。」

男は承太郎を弄ぶかのように彼の上を時間をかけてワザとらしくゆっくりと歩いた。


「おい名前。お前も承太郎の上を渡って来い。」

「なっ!?そ、そんなこと…!」

「早くしろっ!ジョセフがどうなってもいいのか!」

「そんな…、できる訳、」

男と承太郎を交互に見る。
承太郎を踏みつけることなどできる訳がない。
向こう岸にいる男を思わず睨みつける。
それを見て男はニヤニヤと至極楽しそうに笑った。

(この男の思い通りになんてさせるものか。)

私は思い切り川の中へ飛び込んだ。
幸いにもその川は浅く、私の膝までしか水がなかった。
驚いたのは男だ。


「おい!何をしている!」

「あっついから川の中に入りたい気分だったんです。気にしないでください。」

歩いて向こう岸まで行き川から上がる。
承太郎もこちら側へと渡り、先ほど男に踏まれた手を払っていた。



「……お前、生意気だな。だれが川に入れと言った。
俺は承太郎を踏んで川を渡って来いと言ったんだぜ。」


「…なんであなたの言うことを聞かなきゃいけないんですか?
人質とって、自分が有利になったと思って良い気になっている卑怯者のあなたに、なんで私が従わなきゃいけないんですか?」


「てめぇ…!!」

男は思い切り手を振り上げた。
殴られることは覚悟の上だった。
殴られることよりも、この卑怯な男の思い通りにすることの方が嫌だったのだ。


__パンッ

乾いた音が辺りに響いたのと同時に頬がジンジンと熱くなる。
口の中も少し切れたようで口角から血が流れた。


「っやろう!!!」

承太郎は目を見開いて男に向かい殴りかかろうとする。
私は承太郎の前に出てそれを制した。


「どけっ!名前…!コイツだけはぶっ殺してやらねぇと気が済まねぇ…っ!!」


承太郎の瞳は怒りで燃えていた。
ジッと私はその目を見つめる。



「___承太郎。落ち着いて。」


「っ!!………クソッ!!」

やるせない思いを何とか抑えた承太郎は帽子の鍔を下げて私から視線を逸らす。


「ほお。暴れ馬を抑えるとはなかなかやるじゃあねぇか。
名前、その気の強さ、ますます気に入った。」

再び男は私の腰に手をやり再びどこかへと向かって歩き始めた。


承太郎は帽子の下から射殺さんばかりのするどい瞳で男を睨みつけていた。