starry heavens | ナノ

ソファに埋まったまま天井を見つめる。

私は今、承太郎と_____


指先で自分の唇に触れる。
未だ残る柔らかい感触。
それは間違いなく承太郎が私に口づけたという証拠でもあった。
自覚した途端、顔に熱が集まる。

(なんで、承太郎はあんなことを…!?)
先ほどのそれは『暗青の月』と戦ったとき海中でしたものとは明らかに違った意図を持っていた。


あの一瞬、承太郎の目が獣のように見えた。
まるで肉食獣が草食動物を捕食するかのようなギラついた本能むき出しのあの瞳____

あの視線を向けられると改めて思い知る。


未来とか過去とか関係ない。

______私は空条承太郎のことを心から愛していると

あの時、彼に触れられて恥ずかしいという思いと共に、『嬉しい』『幸せ』という感情が浮上した。
あのように彼と接触するのは本当に久しぶりのことだった。
視線も、そして触れ方も全てが承太郎さんと同じで身体の芯が熱を持ってしまった。
意図せず漏れてしまったあの時の濡れたような音は果たして彼に聞かれてしまったのだろうか。
そう考えると恥ずかしすぎて涙が出てくる。

___そしてあのキスの意味は?

___泣きだしそうな表情の意味は?

聞こえなかったあの時の承太郎の言葉。
あれは一体何を意味していたのか?

(もしかしたら、承太郎は…、)
今までの彼の態度、幾度となく私を助けてくれて傍にいてくれた。
そして先ほど起こった出来事。
それらを総合して考えたときに一番しっくりとくる答えが一瞬脳裏をよぎる。

(いや、自分の都合のいいように考えるのは止めよう。)


いくら考えても所詮私はこの時代の人間ではないのだ。

いつかは来る別れの時、そのことを考えれば深く踏み込まない方が良いに決まっている。


(でも、もしも、)
もしも、私の考えることが事実だったとしたら?
私の想いと承太郎の想い、それが同じものだったとしたら?


その時が来たら、私はどうするのだろうか___?


そんな私の思考を遮るように扉からノック音が響く。


「名前。いるか?」

「あ、ジョセフさん!今行きます!」
慌てて扉を開けるとそこにいたのはジョセフさんと花京院君の二人だった。


「無事じゃったか!」

「全く、君も承太郎もちっとも帰って来ないから心配していたんですよ…。
承太郎はどこに…?」

「ご、ごめんなさい。ちょっとボーッとしちゃって。
承太郎なら30分くらい前に部屋から出て行ったっきり…。」

「そうですか…。
ん…?名前、何かあったんですか?少し顔が赤いようだが。」

「えっ!?」

花京院君の言葉に思わず両手で顔を覆う。
その反応を見た二人は耐えられないと言ったように笑いだす。

「ほらな!ワシの言った通りじゃったろう、花京院!
だから行くだけ野暮だと言ったんじゃ!」

「ええ。ジョースターさんの言った通りでした。心配するだけ損でしたよ。
仲良くやっていたようで安心しました。」

何のことか分からず一瞬考えるが、明らかに私と承太郎を指して言ったであろう言葉だと気が付いた瞬間カァッと顔に熱が集まる。


「ほれ、承太郎がいないなら向こうの部屋へ戻るぞ。何があるか分からんからな!」

そう言ってジョセフさんに背中を押されて部屋を出るように促される。


「ちょ、ちょっと待ってください。今部屋の鍵を閉めますから…!」

さすがに部屋を開けっぱなしで移動はできない。
先ほど承太郎が机に置いて行った鍵をとりに部屋へと戻る。

(あれ…?)

その瞬間一つの疑問が浮かび上がる。


「あの…。ポルナレフはまだ戻ってないんですか?」

「ポルナレフ…?ああ!そう言えば遅いな…。かれこれ一時間くらい経つか?」

一体どうしたのか。
トイレに言っているとしても流石に遅すぎやしないだろうか。
それに30分前にこの部屋から出て行ったきり戻ってこない承太郎。
そこから導き出される一つの可能性。


「……まさか、敵のスタンド使い?」

そういえば承太郎も花京院君もあのお婆さんがどうにも怪しいと話していたではないか。
三人で顔を見合わせて頷いたかと思うと、誰が言葉を発することもなく部屋を飛び出し階下へ向かった。

◇◇◇
階段を降りてロビーへと向かった私たちの目に映ったものは驚きの光景だった。

穴の開いた死体の山、山、山___


あまりの光景に3人は絶句する。


「…これは、一体何が……、」

しかも霧が外よりも濃くなっている気がする。
その霧の一部が揺らりと揺れた。
何者かがこちらへと向かってきているのだ。


「二人とも、注意しろよ…。」

ジョセフの言葉に名前と花京院はそれぞれスタンドを出現させる。
だが霧の中から現れたのは私たちのよく知る人物だった。


「承太郎…!?」

「なんだ。揃いも揃って間抜けな面して。」

「こ、これは一体なにがあったんじゃ!?この死体の山は…!?それにこの霧は!?」

「…どうやら僕らの危惧していたことは当たったみたいですね。承太郎。」

「ああ。やはりあのババアはスタンド使いだった。霧のスタンド、と言っていたな。」

そう言って承太郎は部屋の壁際の方を指さす。
そこにいたのは縄でグルグル巻きに縛り上げられていた老婆だった。

「まさか…本当にあんなお婆さんがスタンド使いだったなんて……。」

「どうやらかなりDIOと近しい人物だったらしいな。
かなりの妄信ぶりだったぜ。何か聞きだせるかもしれねぇな。」


そう言って承太郎はジョセフの方をチラリと見る。


「うむ。次の町に行ったらテレビで映し見ることにしよう。この宿はテレビがないようだからの。」

驚いたものだ。まさかあんなに人の良さそうだと思ったお婆さんがDIOの手先だったとは。
縄で身動きできないように縛られているお婆さんを見て、何とも言えない気持ちになる。
それにしても何かを忘れている気がする。



「……そういえば、ポルナレフはどこに?」

花京院の台詞で一同すっかり存在を忘れていた彼のことを思いだした。
それに答えたのは承太郎だった。

「…奴なら便器に顔を突っ込んでいたぜ。一体何をしていたのやら…。
俺にはさっぱり分からねぇが。」

承太郎は帽子の鍔を下げて宿の外へと出て行ってしまった。


「……………。」

「……………プッ。」

「わ、笑っちゃ可哀想ですよ。ジョースターさん、ププッ」


そう言う花京院君も笑っているのですが。
そんなポルナレフが恥ずかしそうに部屋から出てくるまであと数秒。



私は気がついていなかった。
『深く踏み込まない方がいい』

そう思ったにも関わらず、すでに引き返せないところまで想いは動き出してしまっていたことに。
何故なら時代は違えど彼らは今、ここに生きている。


ホリィさん、ジョセフさん、アヴドゥルさん、花京院君、ポルナレフ。

____そして 

「承太郎。」

彼らを守りたい。

自分でも気がつかないうちにその思いは強く、大きくなっていた。

◇◇◇
「ククッ!クククククッ!なる程な!そういうことか!」

暗闇の中、テレビに繋げていた紫の茨を解除したかと思うとDIOは一人酷く楽し気に笑い始めた。

「エンヤ婆。お手柄だったぞ…!やはりこのDIOの目に狂いはなかった!
あの女、名前……、まさか『未来から来た人間』だったとはなぁ!!」

客観的に念写で二人の様子を見ていたDIOには二人の会話が良く聞こえていた。
最後に承太郎がポツリと呟いた言葉も___

『お前はいずれ、もといた未来の時代に戻るのか___?』

何て突拍子もない台詞だろうとDIOでさえ思った。
だが苦し気にその言葉を紡ぐ承太郎を見て確信した。

奴の言っていることは紛れもない事実であると。

「ククッ…、吸血鬼がいるのだ。未来人がいてもおかしくはない、か……。クククッ!」

思わぬところでこの女に感じていた違和感の正体を知ることができた。
一目見て特に何てことのない女だったら血を吸って終わりだと思っていたが『未来から来た人間』となれば話は別だ。
利用価値は非常に高い。

「この前はついつい承太郎の反応が面白くて必要以上にちょっかいをかけてしまったが…。
欲しくなったぞ…。苗字名前。

____このDIOが永遠にこの世界に君臨し続けるためになぁっ!!」