starry heavens | ナノ

車は進み私たちは現在パキスタン山岳地帯を走っていた。

「霧が濃くなってきましたね。」
花京院君の言葉にウトウトしていた意識が若干引き戻される。
運転してくれているポルナレフには申し訳ないがどうにも移動距離が長いと眠くなってしまう。

「この霧で車で進むのは危険じゃ。調度いい、この町で一泊してから先へ進もう。」
ジョセフさんの提案で私たちは霧が晴れるまでの間通りかかった町に滞在することになった。

「承太郎?どうしたの?」

「…………いや、なんでもねぇ。」

町に入る瞬間一瞬承太郎の目が泳ぎ何かを言おうとしている雰囲気を感じたが、すぐにはぐらかされてしまったためそれ以上何も追求はできなかった。


町のホテルを探すために私たちは一旦車から降りて住人に聞き込みをすることになった。

「しっかし寂れた町だなぁ。住人も陰気な雰囲気だしよぉ〜」

確かにポルナレフの言う通り死んだように静かな町だ。
人は道を歩いているというのに生気が感じられない。
この町ではかなり浮いているであろう私たちの方を見向きもせず無表情で通り過ぎていく。

「そんなことを言うもんじゃあないぞ!ポルナレフ!先ずは挨拶じゃ!元気に挨拶から始めんとなぁ! 」

店の店主に向かって場違いな程明るい声で挨拶をするジョセフさん。
しかしそれに対して店主は何も反応することなく店の看板を『OPEN』から『CLOSE』へと変えて店の中へと入って行ってしまった。
ジョセフさんは開いた口が塞がらないようだった。

(感じわる……)
店の奥に入っていく店主を私もボーッと見つめる。

「………?」
その背中に何か黒い虫のようなものが這っているように見え思わずジッと目を凝らしてしまう。
その姿をしっかりと目で捕らえたときは驚きのあまり思わず声を上げてしまった。

「ひっ!」
その小さな悲鳴に反応した承太郎が顔を覗き込んでくる。

「なにかあったか?」
我に返りもう一度店主の方を見るがそこにはなにもなかった。

「ううん…。ボーッとしてたみたい。ごめん。」
この町に着いてから感じる異様な雰囲気に、気味の悪いものを感じずにはいられない。
今度はポルナレフが道に座る男に話しかけていた。


「あんたの発音が悪いから聞きとれねぇんじゃあねぇか?どれ、あそこにいる男に聞いてみよう。」

いくら呼んでも反応を示さない男を不審に思ったポルナレフはその肩に手をかける。
すると男はなんの抵抗もなくバタンとその場に倒れ込んでしまった。

「なっ……?!おいアンタ!どうしたんだ?!」

ポルナレフの声に全員がそちらへ注目する。
慌ててジョセフさんが男の脈を確認する。


「…死んでいる」

「えっ………?!な、なんで……」

「わからん。しかも不可思議なことに外傷が全くない。心臓マヒかなにかか…?」

「いや、そういうわけでもねーみたいだぜ。これを見ろ。」
承太郎が指差す方を見ると、死んでいる男の手には拳銃が握られていた。
しかもそれはつい先程撃たれたばかりなのか銃口から煙が漂っている。

「しかし死因はこの銃ではない。それにこの恐怖に引きつった男の顔…。何かに向けてこの銃を撃ったのではないか?」

「…なんだこの町は。人が死んでいるというのに誰も見向きもしない…。」

それにしてもこの男は本当に何が原因で死んだのか。
私たちはいつどこで敵に襲われるか分からない身だ。
出来る限り不安要素は少なくしておきたい。
それは承太郎も同じ考えだったらしい。
死体を隈なく観察していた彼は何かを発見したようだ。

「穴だ…!デカイ穴が胸に開いているぞ…!」

「しかし奇妙だ。これだけ大きい穴なのに血が一滴も流れていない。」

構うことはないと言って男の服を脱がせた承太郎。現れた男の身体に全員が驚愕する。


「穴がボコボコに開けられているぞ!?こんな殺され方があるのか!?」
この遺体の傷はもはや人間技ではない。
益々スタンド使いの仕業というのが濃厚になった。

「ジョセフさん…。この町、何か嫌な感じがします…。」

「うむ…。」

その時だった。
霧の中からヒタヒタと何者かの足音が静寂の町に響いた。
どうやらそれはこちらへ向かってきているようだ。
警戒する私たちの前に現れたのは、一人のお婆さんだった。
会釈したお婆さんに返すように私たちも会釈をする。


「旅のお方のようじゃな。この霧ですじゃ。この辺りは崖が多いので車で出るのは危険ですじゃよ。わたしゃ民宿をやっておりますが、よければお泊りになりませんか?」

この町に来てようやく出会えた普通の話の通じる人間に肩を撫でおろす。
もとより宿を探していた私たちにそれを断る理由もなかったので、お婆さんの好意に甘えることにした。


◇◇
宿は少し寂しい雰囲気があるが思ったよりも大きくて、立派なものだった。
お婆さんに宿帳への記入を言われて私たちは順番に記入していった。
最後に記入を終えた承太郎と花京院君は二人して何やらヒソヒソと話していたが、ごく小さい声だったので何を話しているかまでは聞こえなかった。

案内されたのは3階の部屋だった。
二部屋取ったが結局今後について相談し合うために一つの部屋へと皆が集まる。

「ここでは俺と花京院の名前を呼ぶな。」
突然の承太郎の言葉に一同は目を丸くする。

「は?なんでまた?」
ポルナレフは意味が分からないと言った顔で承太郎を見つめる。

「先ほど宿帳に僕と承太郎は偽名を書きました。どうにもあの老婆は怪しい。
この町で唯一の普通の人間…。それが逆に怪しさを増している。」

「それにあの婆さんは『ジョースター』と言った。」

「それは俺たちが話の中で言っていたからじゃねぇの?」

「いや、この中で『ジョースター』という単語を言う人間がいるとしたら、じじいをそう呼ぶ花京院かポルナレフしかいない。
だがあの婆さんが来てからだれもじじいのことを一度として呼んでねぇ。」

承太郎と花京院君はそのことにいち早く気が付き、宿帳に偽名を書くことを思いついたのか。
あの時ヒソヒソ話していたのはそのことだったのかと漸く納得する。


「よく覚えてるね…。二人とも。」

「気になることがあると夜も眠れなくなる質なんでね。」

嘘だ。
承太郎は見かけによらず眠りが深いタイプだと知っている。

「ん?」

「どうした?ポルナレフ?」
部屋の入り口のドアに寄りかかるようにして立っていたポルナレフが何か怪訝そうな顔をしてその扉を開く。

「いんや。なんでもねぇ。ちょっとロビーの方へ行ってくるから何かあったら呼んでくれな。」

そう言ってポルナレフは一人で部屋から出て行ってしまった。


「あ!ポルナレフ!また一人で勝手に…。」

性懲りもなく一人で勝手に行動し始めるポルナレフを追おうと私も座っていたベッドから降りる。
足を床に着いた瞬間だった。


「いった〜!」
自分の怪我の存在をすっかり忘れていた。
この町に着いたときには緊張感からか全然痛まなかった足が、ここに来て急にジクジクと痛み始める。

「おいおい名前!気をつけんか!」

「は、はい。ごめんなさい。すっかり忘れてました。…血、出てきちゃったかも。」

一度ベッドに座りなおし包帯が巻かれている太ももを確認しようと少しスカートを捲り上げようとする。
だがその動きは承太郎の手によって遮られてしまった。

「どうしたの…?」

「ったく…。てめぇには恥じらいってもんがねぇのか。」


そう言うと承太郎は私の手を引いて入り口の扉へとズンズンと歩いて行く。



そんな二人をジョセフと花京院は笑いを堪えながら見送るのだった。