パキスタンへ無事に入った私たちは約束通り少女とはそこで別れた。
一緒に行くと言って渋っていた彼女だったが承太郎の母、ホリィさんのことを知り最後には納得して晴れやかな顔で飛行機へと乗っていった。
承太郎が服屋で学ランを仕立ててもらうのを済ませるのと同時に、『運命の車輪』に負わされた怪我を治療してもらいに私は花京院君の付き添いで病院に来ていた。
「どうでしたか?」
「大したことないって。毎日消毒してガーゼと包帯を変えればすぐに治っちゃうってさ。」
「それはよかった。」
待合室で待っていてくれた花京院君に礼を言い、車で待っているであろうジョセフさんたちの元へ戻るために病院を出る。
そう、承太郎が待っているであろう車に。
あれから約半日くらいかけてここの町に到着したのだが、やはりあの時感じた違和感は間違ってはいなかった。
車内での承太郎は明らかに私に対して態度が冷たかった。
元々彼は気の長い方とは言えないが、それでも一度心を許した相手には割と寛容だし、困っている人がいたらなんだかんだと言いながらも結局手を差し伸べてしまう、そんな人だ。
そんな彼が私に対してだけ怒っている。
ジョセフさんやポルナレフにはいつも通り接していたことからそれが良く分かった。
(何かしちゃったのかな…。)
「…承太郎のことかい?」
「え!?な、なにが?」
「元気がないように見えたもので。大方予想はつくが僕でよければ話を聞くよ。」
花京院君の言葉にうぅっと言葉がつまる。本当に人の所を良く見ている人だ。
承太郎と仲の良い花京院君なら何か分かるかもしれない。そう思い口を開く。
「あの…気のせいかもしれないんだけど、承太郎が私に対して怒っているような気がして……。」
それを聞いた花京院君はあっさりと口を開く。
「うん、気のせいじゃあないだろうね。」
「や、やっぱり!?私、何かしちゃったのかな…?」
「うーん………。僕から言うことは簡単だけど、やっぱりこれは君自身が気がつかなきゃいけないことだと思うから…。
しかし君は恐らく無意識のうちに自然にやっていることだから、もしかしたら気がつけないかも…。」
「自然に……?」
それは私が自然に気がつかないうちに承太郎を怒らすようなことをしているということだろうか?
分かりやすく落ち着きがなくなった私を見て、花京院君が苦笑を浮かべる。
「少しヒントをあげようか。
…君は承太郎が炎に包まれたときどう思った?」
承太郎が『運命の車輪』の攻撃によって炎に包まれ、ピクリとも動かなくなったとき。
私は_____
「……正直、生きた心地がしませんでした。」
全身から血の気が引いたようなあの感覚。
2度と味わいたくない、そう思った。
「それはさ、承太郎も同じなんじゃないかな。」
「……え?」
そう言われてハッとした。
承太郎の機嫌が急降下したのは私が彼を庇い怪我を負ったときからだった。
その後から彼の態度が可笑しくなったのだ。
「……大切なものが自分のせいで傷ついたとき、その人はなんて思うんだろうね………?」
そこまで言われて気がついた。
私は承太郎に、
そしてなによりも 未来に残してきた承太郎さんに_____
『守りたい』
ただそれだけだったのだ。
だが私のした行為は結果的に彼を大きく傷つけたのだろう。
「…自分を価値のない人間だと思うな。人は存在しているだけで多かれ少なかれ他人に影響を及ぼしているんだ。
誰も一人でなんて生きられない。自分の命は自分だけのものではないと自覚しろ。
______名前、もっと自分を大切にしてくれ……」
花京院君の言葉に何も言えなかった。
私はただ皆を守れればそれでよかった。
例え自分が怪我をしても、その結果どうなっても。
だが間違っていた。
私はいつの間にか一番大切な、守りたいと願った人さえ傷つけていた。
後悔と自責の念に苛まれる。
____承太郎さん、私はあなたに取り返しがつかない程酷いことを
「……名前?」
俯いて何も反応しなくなった名前を怪訝に思い花京院は顔を覗き込む。
彼女は静かに泣いていた。
声を出さずにただ泣いていた。
まるで何かの罰を受けるかのように。
彼女が泣いていることに気がついた花京院は慌てて言葉を紡ぐ。
「え、えっと……、ごめん。少し言いすぎた。でもこれだけは胸に留めておいて欲しい。君が僕らを大切に思ってくれているように、僕らも君を大切に思っている。
……仲間が傷ついたら、悲しいだろう?」
花京院の言葉に名前は小さくうなづいた。
「それさえ分かってくれれば、承太郎もきっと許してくれるさ。」
確かに、承太郎は許してくれるかもしれない。
だが、未来にいたはずの承太郎さんは?
彼は私が生きているとは知らないだろう。
彼は今どうなっているのか?何を思っているのか?
私にそれを知る術はない。
泣き止まない名前に花京院はだんだんとオロオロし出す。
その時だった。
花京院は向こうからこちらに向かって歩いてくる見覚えのある黒い姿を見つける。
黒い姿、承太郎は2人の姿を見つけると真っ直ぐこちらへ向かってくる。
恐らく帰りが遅いので気になって見に来たのだろう。
徐々に距離が近くなり、承太郎からも2人の様子がおかしいことに気がつく。
「花京院、こいつは一体どういうことだ…?」
「いや、これは……」
花京院は珍しく少し慌てていた。
自分は間違ったことを言った訳ではないと思っている。
だが結果的に泣かせてしまったのは自分だと思っていたので若干の後ろめたさがあった。承太郎のつり上がった目に冷や汗か伝う。
険悪な雰囲気を破ったのは意外な人物だった。
「承太郎…っ」
声を発した人物、名前は涙を拭いながら真っ直ぐに承太郎を見据えた。
「私…、承太郎をただ守りたくて必死だった…。
あなたの気持ちをちっとも考えていなかった…。花京院君に言われて気がついたの。」
「………。」
再び涙の膜が張ってキラキラと太陽に反射する丸い瞳を、承太郎はジッと見つめる。
「承太郎が炎に包まれたとき、私…っ、わたし…、」
「……もういい。」
「…え?きゃっ…!」
承太郎が言葉を発したと気がついたときには、名前は引き寄せられて彼の胸の中にいた。
「じょ、承太郎…!花京院君が見て…」
「構わねぇ。」
慌てて花京院の方を見る名前だが、彼は軽くため息をついたかと思うと苦笑した。
「二度と危険な真似はするんじゃねぇ。見ているこっちの身にもなれ。」
「ご、ごめんなさい…。」
さらに強くなった腕の拘束に少し苦しくなり身じろぎする。
「ゴホンッ …二人とも、そろそろ行かないと車でジョースターさんとポルナレフを待たせているのを忘れてないかい?」
花京院の言葉を聞いた承太郎はようやく彼女を開放する。
「…足はどうだったんだ。」
「あ、うん。たいしたことないって。傷はそんなに深くないから痕も残らないだろうってさ。」
「…そうか。」
そう言った承太郎は一人で先へと歩きだしてしまった。
後に残された花京院は名前の肩にポンッと手を乗せる。
「仲直りできて、良かったね。」
その言葉に名前は微笑み返した。
それを見た花京院はホッとしたように承太郎の後に続く。
だが名前の心の中には一つの払拭しきれない思いが残っていた。
(___承太郎さん)
会うことは叶わぬ遠い未来の彼を思い、ズキンと心は痛んだ。