starry heavens | ナノ

ゆっくり行けばあの車に会わずに済むかもしれない。
そう思い立ち寄った街道の茶屋だったがそれは甘かった。

始まりはポルナレフの無茶な運転だったかもしれないが、私たちはあの時下手をすれば死んでいたかもしれないのだ。
そこからあれよあれよという間にまんまと奴のペースに乗ってしまった。
茶屋で再びあの車を見つけた私たちは、それを追いかけるために再び車に乗り込む。

運転しているポルナレフは相当頭にキテいるようで、片側が崖という恐ろしい道にも関わらず猛烈なスピードで車を飛ばしていた。

「…おかしいな。地図によるとこの辺はトンネルがあって鉄道と並行して走るようになっているはずなんだが。」

「どうでもいいぜ!すぐに捕まえるからよ!」
前の車を追いかけて私たちもカーブを曲がる。

「あっ!?」
カーブを曲がった先でポルナレフは慌ててブレーキを踏んだ。

「ば、ばかな…!?崖になっているぞ!?」

「橋で車は渡れない。一体どこに行ったんだ…!?」


追いかけていた車はカーブを曲がった所で忽然と姿を消してしまったのだ。
切り立った岩に囲まれておりすぐそこは底の深い崖、車を隠すスペースなどどこにもないにも関わらずだ。


その時だった。
後ろから何かがぶつかったような衝撃が車全体に響く。

「なにィィイイイ!?」

驚いたことに私たちの車に後ろから思い切りぶつかっているのは、先ほど追いかけていた車だった。
ここはすぐ横は崖の一本道だ。
何故前を走っていたはずの車が後ろに回り込めたのか、訳が分からず全員が困惑する。
しかもこの動き、相手の運転手は私たちを崖下に突き落とそうとしているのだ。


「このままじゃ、落とされる!」

慌てて車と車の間に私は結界を出現させようとする。
だがそれよりも早く動いた者がいた。


「ポルナレフっ!ドライバーが皆よりも先に運転席を離れるか…!?誰が踏ん張るんだ!?」

花京院君の焦った声に「あっ!」と声を上げたポルナレフ。



___グラリ

踏ん張りをしなくなった車はあっという間にみるみる傾く。
すでに結界を出現させてもどうしようもない所まで車は傾いていた。


「ご、ごめ〜〜〜ん!!!」

(落ちるっ!)

内臓が浮き上がる独特の感覚に思わず悲鳴を上げてしまう。
落ちている最中、何か温かい大きなものにフワリと上半身が包み込まれる。
それはまさに隣に座っている承太郎の腕であった。
恥ずかしさとかそういうものの前に浮き上がりそうになる身体を必死に留めたくて彼の胸に縋り付く。

だが唐突にこの落下は止まった。
どうやら射程距離の長い花京院君の『法皇の緑』が車のワイヤーを、崖上にいる相手の車にひっかけて落下を防いだようだ。

「やるな。花京院。ところでお前、相撲は好きか?」

すると承太郎は『スタープラチナ』を出現させてそのワイヤーを思い切り引く。
圧倒的なパワーによってそれは一気に崖上へと持ちあがる。

「特に土俵際の駆け引きは、手に汗握るよなぁ!!」

私たちの車と入れ替わるようにして崖下へ落ちていく車。
『スタープラチナ』は私たちの車が空中で入れ替わる瞬間にさらに助走をつけるために相手の車へパンチを叩き込む。
二人の見事な連携で私たちは無事に崖の上へ戻ってくることができた。

「ええ。相撲、好きですよ。ですけど承太郎。拳で殴るのは反則ですね。」

ニヤリと笑った二人のコンビネーションに私は暫くボーッとしていた。


「………?どうしたの、皆。」

何故か全員が私と承太郎の方をジッと見つめている。
その視線を受けて改めて自分の状況を見直す。
承太郎のシャツを力一杯掴む私、そして私の背中を片手で支える承太郎。
まるで彼に抱き着いているような体勢に、途端に恥ずかしくなり思い切り身体を離す。


「……見せつけてくれるねぇ。このこの!」

「お姉さんたち…、やっぱり…!」

「承太郎…。皆の前ではほどほどにしてくださいね。」

「こら!お前たち!からかうのはやめんか!!」

恥ずかしさで開いた口が塞がらない。


「おい。息ができねぇ金魚みたいな顔してどうしたんだ。」

さらには当事者の承太郎本人からとどめの一言を言われて、恥ずかしさのあまり私は慌てて車から飛び出した。
その後を追って皆がボロボロの車から降りてくる。


「おいおい!あんま勝手に動くなよなぁ!」

「だだだだだだって!!皆がっ」


その時だった。
私たちが降りた車のカーラジオから不自然な音が流れ始めたのだ。


『ガー___ガー___ジョセフ・ジョースター!』


「な、なんだ!?ワシの名を言ったぞ!?まさかスタンド使いの追手か!?」

「馬鹿な!今落ちていった車は滅茶苦茶のはずだぞ!」

「いや、車自体がスタンドという可能性がある。ベトナム沖で出会った『力』のように。」

承太郎の言葉に答えるかのようにカーラジオから再び声が届く。


『その通り!我がスタンドの暗示は『運命の車輪』!』


ゴゴゴゴゴと地面から地響きのような音が鳴り響く。


「何かが近づいてきている!」
「車に乗れ!」

ジョセフさんの言葉に慌てて車へ戻ろうとした私だったが、その手は承太郎に力いっぱい引き戻される。


「乗るな!!車から離れろ!!」

承太郎の珍しく焦った声に反応した全員が慌てて崖ギリギリにある車から離れる。
その次の瞬間には車の下から地面を突き破るようにして、先ほど崖下へと落ちていった車が現れた。車に戻っていたらただでは済まなかっただろう。
崖に落ちてグシャグシャだったはずの敵の車はみるみるうちに形を変えて、こちらに向かって唸り声のようにエンジン音を上げる。


「攻撃してくるぞ!」
ジョセフさんの声にすぐさま体勢を立て直し皆の前に立ち塞がったのは承太郎だった。


「パワー比べをやりたいというわけか……!」


だが立ち塞がる承太郎へ向かい空気を割くような音と共に、太陽の光に反射してキラキラと光るものがすごいスピードで近づいてくる。
私は咄嗟に承太郎の前へと飛び出した。

「なっ…!?てめぇ!引っこんでなっ!!前に出てくるんじゃあねぇ!」

「待って!承太郎っ!!何かが、
____っい!!!」

「ぐっ!!」

瞬間何かが私の大腿部分を撃ち抜いた。
激痛が走り立っていられずその場に崩れ落ちる。

「名前!?承太郎!!」

どうやら広範囲に打ち出された何かは承太郎へも被弾したようで、彼は肩から血を流している。
突然の予想外の攻撃に動けないでいる承太郎と私の元へその車は猛スピードで突っ込んでくる。
私たちを支えようと両脇からポルナレフと花京院君が手を貸してくれるが、車はすれ違う瞬間、再び先ほどと同じ見えないなにかを飛ばしてくる。
だがそれが私に当たることはなかった。
何故なら私を抱えていたポルナレフがそれに気がつき、私を後方へ突き飛ばしたからだ。


「あっ!」
足に力の入らない私は突き飛ばされるままに地面に倒れる。
立ったままの三人は見えない何かに被弾して苦し気な声を上げる。


「承太郎!ポルナレフ!花京院!」
ジョセフさんは少女を庇っておりその場から動くことができない。

『貴様らの!足を狙って走れなくしてひき殺してやる!』

「ここでは不利じゃ!岩と岩の隙間へ逃げ込め!」
ジョセフさんの言葉に何とか立ち上がろうとする。


「いっ…!」

ジクジクと痛む足に無理に体重をかければそこから血が噴き出す。
痛みのため走ることは難しい。



「おい!さっさと……っ?

____名前、お前、」

私の足から流れ出る血を見た承太郎は目を見開く。


「先に、行って…!」

「……ちっ!」

「え、きゃあ!!承太郎!?」

一つ舌打ちをした承太郎は私の腰に手をやって上まで持ち上げたかと思うと、そのまま自分の肩に私の身体を乗せてしまった。所謂、『俵担ぎ』のような状態だ。



「ま、待って承太郎!怪我は___」


「てめぇのこと棚に上げて何言ってやがるっ!!いいから黙ってな!!」


承太郎の怒気に驚き肩を震わせる。


(怒ってる…。)
肌で感じる彼の怒りに、私は何も言えなくなってしまうのだった。


私を肩に担いだまま難なく崖を上った承太郎。
近くにいた花京院君の方へ私を放り投げたかと思うと崖下から私たちを追いかけて上ってきた『運命の車輪』と対峙する。

「元気がいいねぇ!承太郎君、だが、渋くないねぇ。
まだ自分たちの身体が何かにおっているのか気が付かないのか?」

確かに、私を支えている花京院君からもなにか嗅いだことのあるにおいがしてくる。

これは____

「ガソリン!」

「ああ!飛ばしていたのは、ガソリンだ!!」


「気が付いたか!しかしもう遅い!電気系統でスパーク!」

バチンと車の傍で火花が散ったかと思うと、途端傍にいた承太郎の身体に着火して一瞬のうちに炎が広がる。


「なにィ!?」


「きゃああああ!承太郎―!!」
少女の声に弾かれるようにして私は承太郎の元へ駆けだそうとする。
だがそれは後ろから私の身体を拘束するように出てきた花京院君の手によって止められてしまった。

「名前!我々の身体にもガソリンがしみ込んでいるんだぞ!死ぬ気か!?」

「離して!花京院君!!承太郎が!承太郎がっ!!」

我武者羅に暴れる私を抑え込もうと花京院君はより一層拘束を強くする。


「お願い…。花京院君、離して…っ!」

「すまないが、それはできないっ!」



ついには炎の中の承太郎はピクリとも動かなくなってしまう。

「じょ…う、たろ…?」


____まさか、死



その瞬間全身の力が抜けたように崩れ落ちた私に驚いた花京院君は、慌てて力を入れて脱力する身体をゆっくりと地面に座らせてくれる。

生暖かいものが頬を伝う。


「……名前、」


「死んじゃヤダ…っ、じょうたろう…、じょうたろっ…!」


訳が分からず泣きじゃくる私を呆然と見つめる花京院君。


「___やれやれ。人を勝手に殺すんじゃあねぇ。」


「……え?」

声のした方を振り返る。
そこにいたのは紛れもなく承太郎本人だった。
その彼は学ランを羽織っておらず、タンクトップ一枚だった。状況を一番に把握したジョセフさんが声を漏らす。


「燃えたのは学ランだけじゃったのか…。ふぃ〜!驚かせおって!」


困惑する私を承太郎はチラリと一瞥したかと思うと無言で敵を見据える。


それからはあっという間だった。
いつもの如く、『スタープラチナ』のオラオラで敵を再起不能にしてしまった。

◇◇◇
『運命の車輪』が使っていた車はボロボロだったがそれを拝借して私たちは次の町を目指すことになった。
自分で車に乗りこめない私は花京院君に支えられる形で車へと乗せられる。


「大丈夫かい…?次の町へ着いたら医者に見せないと。」

「み、皆も医者に見てもらわないと。傷口にガソリンなんて…。」

「傷はそれ程深くはないからね。消毒しておけば傷自体はすぐに治るさ。だが君は女の子だ。痕でも残ったら大変だからね。
___だろ?承太郎。」


花京院君の言葉に承太郎とバチリと視線が合うが、助手席に座った承太郎は何も言うことなく無言で視線を背けてしまった。

(あれ…?)

いつもと雰囲気が違う承太郎に違和感を感じつつも、車は次の町へ向けてポルナレフの運転で走り出したのだった。