starry heavens | ナノ

____チュン チュン

朝日を感じて私は覚醒する。
なんだか今日はとても良く眠れた気がする。
こんなに眠れたのは久方ぶりかもしれない。
寝ぼけ眼を擦りながら必死に目を開ける。


(今日はパキスタンに向けて出発する。早めに準備を……?)


動けない。
ベッドから降りようとした瞬間腰に何か圧迫感を感じ、自分が身動きできない状態であることに気がつく。
恐る恐るそちらへ目を向ける。

「〜〜〜〜〜!?!?!?!?」

あどけない顔で自分を抱き枕にしながら眠っている承太郎にデジャヴを感じた。

◇◇◇
私たちは承太郎と花京院君が昨日どこからか調達してきた車に乗って『パキスタン』を目指していた。

「名前…。もう少し向こう側へ寄ってはくれんか…?狭くてかなわんわい。」

「す、すみません…。つい…。」


車の後部座席に乗っているのは承太郎、私、ジョセフさん。
私はこれでもかと言う程ジョセフさんの方へ詰めて承太郎から身を離していた。


「オイ…。朝のことなら説明しただろーが。テメェが俺の服を離さなかったんだから仕方ねぇだろ。」

「だ、だからって!なんで『裸』で寝ていたの!?」


そう。
目覚めたとき承太郎が隣で寝ていたことは勿論驚いた。
聞くところによると自分が彼の服を掴んだまま眠ってしまったようだからそれは仕方ないとしよう。
だが問題は彼が何故かパンツ一丁という姿で眠っていたことにある。
承太郎に限って何かしてくるとは全く考えていないが、朝からそんな刺激の強いものを見るこちらの気持ちにもなってほしい。
彼の姿を見ると今でもあの時の逞しい肌色がチラついてしまい、彼を直視することができないでいた。

そんな私の気持ちも知らない彼はあっさりと言い放った。


「いつものことだ。気にするな。」


いつものことって。
もはや開いた口が塞がらなかった。


「へぇ〜。承太郎は寝るときは脱ぐ派かぁ。俺はちゃんと着替えないと眠れない派かなぁ〜。」

「意外だな、ポルナレフ。ちなみに僕もしっかりと自分のパジャマに着替えないと眠れないタイプだ。」


「意外ってなんだよ!意外って〜!全く花京院、お前は失礼な奴だなっ」


「ワシは別にどこでも眠れるがなぁ〜。お前たち、そんなこと気にしていたらこの先の砂漠越えなんて到底無理だぞ!」

寝るときの服装についての談義が始まってしまったためもう止められないと思った私は耳を塞ぐことにした。



「ったく。前の車め、チンタラ走りやがって。」

運転をしていたポルナレフが文句を垂れながら荒っぽい運転で前の車を追い越そうとする。
突然大きく右側に振られた車の動きに逆らうことができず、距離を開けて座っている右隣の承太郎の肩へと身体がぶつかってしまう。


「ご、ごめん…。」

「…いや。」

「おい、ポルナレフ!運転が荒っぽいぞ!」


花京院君が珍しく声を荒げて注意する。しかも前の車を追い越すときに小石を跳ね飛ばしたようだ。


「おいおい、事故やトラブルは困るぞ。ベナレスでの一件でワシは指名手配されているかもしれんからのォ〜。無事国境を越えたいわい!」


「しかし…インドとももうお別れですね。」


始めは人の多さと文化の違いから、自分がここに馴染むことは一生ないだろうと思っていたインドだったがいざ去るとなるとなんだか寂しいものだ。

____色々なことがあった。本当に、色々なことが。


一人分の空白を見て切ない気持ちになる。

「俺はもう一度インドに戻ってくるぜ。アヴドゥルの墓をきちっと作りにな。」

そうか。
ポルナレフはまだアヴドゥルさんが一命をとりとめたことを知らないのだった。
事実を知る他三人は誰もその言葉に答えなかった。
私も皆と同じように窓の外に目をやる。


「あ!!!」

「うおっ!なんだ名前!突然デカイ声出してよ!」

「あ、あれ…!あの子こんな所にまで…!!」


私が指さす方向を一同見やりハァとため息をつく。


「よっ!また会っちゃったね!乗っけてってくれる〜?」

道の端に立っていたのはあの時の家出少女だった。
彼女はごく当たり前のように車の後部座席にスルリと乗り込み私の足の間に収まった。まさかこんな所まで追いかけてくるなんて。


「き、君はシンガポールでお父さんと会う約束をしていたんじゃあないのかい!?」

「んなのウソに決まってんじゃねーの。ただの家出少女よ、私は。」

「オイ乗せるなよ!足手まといだしその子にとっても危険だ!」

「いいじゃんか!ほら!インドポルノ見る!?土産物屋からかっぱらってきたエロ写真よ!好きでしょ?」

そう言って懐から何枚もの写真を取り出す。
バサリと私の膝の上で広がった女性の裸の写真たちにクラリと目まいがした。


「ねぇお願い!連れてって!連れてって!」

「駄目じゃ駄目じゃ駄目じゃ!」


そうこうしているうちにジョセフさんと少女の言い合いが始まってしまう。
両者一歩も譲る気はないようで車内で激しい言い合いが繰り広げられる。
そんな中、ついに怒号の雷が落ちる。


「やかましいっ!うっとおしいぜっ!お前ら!!」


承太郎の鶴の一声で車内は水を打ったような静寂が訪れる。
ただ一人、私の足の間に収まる少女だけはうっとりしたように承太郎の所を見つめていた。

「国境までだ。そこで飛行機代渡してその子の国まで乗せてやればいいだろう。確か香港だったな。」

承太郎の意見に反対するものはいなかった。


少女が加わった車内は先ほどまでとは打って変わって賑やかなものへとなった。と言っても彼女が一方的に話をしているだけなのだが。
それよりも気にかかるのが、

「ねぇ…後ろから来てるの、さっき追い越した車じゃない…?」

私の言葉に運転手のポルナレフ以外が後ろを振り返る。


「いそいでいるようだな。」

「ボロ車め!トロトロ走りやがったくせに!」

「ポルナレフ。片側に寄せて先に行かせてやりなさい。」

ジョセフさんの言葉にポルナレフは不満そうに返事をしたかと思うと道を譲る。
だがその車は私たちの車を追い抜いたかと思うと再びゆっくりと徐行し始めたのだ。
黙っていないのは先ほどから苛立っているポルナレフだ。


「またトロトロ走り始めたぞ!ゆずってやったんだからどんどん先行けよ!」

苛立ったポルナレフはライトを付けたり消したりして前の車を煽る。


「ちょっと…ポルナレフ…。そんなに煽ったらよくないよ。」

「君がさっき荒っぽいことやったから怒ってるんじゃあないですか?」

すると今まで黙っていた承太郎が口を開く。


「…運転していた奴の顔は見たか?」

「いや、窓がホコリまみれのせいで見えなかったぜ。」

「お前もか…。まさか追手のスタンド使いじゃあないだろうな。」

その時前の車の運転席の窓が開き、窓から出した手が「先に行け」という合図を私たちへ送ってくる。
どうやら抜かしたはいいがスピードが続かないらしい。


「はじめっから大人しくこのランドクルーザーの後ろ走っていろや!イカレポンチ!」



前の車が脇に避けたのを確認して再び前に出ようとした時だった。
カーブになっていて気が付かなかった。
私たちが避けた瞬間に目の前から大型トラックが突っ込んできたのだ。


「うああああ!トラック!?バカな!?」
「駄目だ!ぶつかる!!」


「『スタープラチナ』!」
「『クリスタル・ミラージュ』!」

私はトラックと自分たちの乗る車の間に結界を出現させた。
その結界を『スタープラチナ』が思い切り殴る。その反動で車は一回転して見事地面に着地した。


「トラックは…!?」

ぶつかりそうになった大型トラックは私の見えない結界にぶつかって、少しバンパーがへこんだものの、元々それ程スピードを出していなかったこともあり無事なようだった。
私はすぐさま結界を消す。トラックの運転手は不思議そうに車から降りて前部分を確認しているが、すでにそこにはなにもないため首を傾げるばかりだった。

「ホッ…。お互い無事でよかったわい。」

「名前。君の結界は『スタープラチナ』のパワーでも壊れないんですね。
二人のお陰で僕たちもトラックの運転手も無事で済みました…。」

「でも承太郎が『スタープラチナ』で結界を殴ってくれなかったら、トラックはまだしもスピードが出ていた私たちの方は一たまりもなかったよ。」

「確かに、『スタープラチナ』のパワーでもビクともしない結界だもんな…。」
ポツリとポルナレフはバツが悪そうに答える。

「これに懲りたらポルナレフ。無茶な運転はしないように。」

「…へーい。」
ジョセフさんに言われて今度こそポルナレフは反省したように手を挙げた。


「…あの車はどこじゃ?」

全ての元凶である車はすでにそこに姿はなかった。
どうやらすでに逃げ去ったあとらしい。


「どう思う?追手のスタンド使いか、それともただの精神がねじ曲がった悪質な難癖野郎か…?」


ともかく皆が無事でよかった。
注意しながらパキスタンの国境へ向かうということで皆の意見は一致し、再び車を走らせ始めた。