私たちは聖地ベナレスへ向かうためのバスに乗って揺られていた。
「恋をするとさぁ、こ〜うなりやすけどそれじゃあ駄目なんだよ。
もっと広い視野で物事を見ないとさぁ。」
私たちしか乗っていないバスの中に響くのはポルナレフの声。
どうやら彼は美人でどことなく儚げな印象の彼女、『ネーナ』という少女のことをえらく気に入ったらしい。
彼女はこれから私たちが向かう場所ベナレスに家があるらしく、せっかくならばというポルナレフきっての意見で共に向かうことになった。
ポルナレフは彼女に向かって何やら色々と話しかけているが、肝心のネーナはポルナレフのことなど眼中にないようで、心ここにあらずと言った感じに彼の話を聞き流していた。
カルカッタでは敵に襲われたばかりだというのに元気なものだ。
そんなポルナレフとは打って変わってあまり元気がないのがジョセフさんだ。
「…ジョセフさん。大丈夫ですか?」
やはりアヴドゥルさんのことが気にかかっているのだろうか。
無理もない。
聞くところによるとジョセフさんとアヴドゥルさんは3年以上前からの友達だったらしい。
この旅の最中もジョセフさんを支える副リーダー的存在だったアヴドゥルさんの離脱は私たちにとっても大きなものだ。
だがそんな私の心配も他所にジョセフさんが気になっていたのは別のところにあったようだ。
「うむ…。どうやら変な虫に刺されたようでな…。」
そう言うジョセフさんの視線の方向に目をやれば、かなり腫れあがった腕がそこにある。
「腫れてますね。それ以上悪化しないうちに医者に見せた方がいい。」
「なんかコレ、人の顔に見えねぇか?」
「オイオイ、冗談は止めろよ、ポルナレフ。」
それぞれが好き勝手なことを言いつつバスでの一時は過ぎていった。
___聖地 ベナレス
私たちは完全に別行動をとることになった。
とりあえずジョセフさんは病院へ。
ポルナレフは少女を家に送り届ける。
承太郎と花京院君は次の目的地へ向かうための車を調達しに。
私は一人、宿泊予定のホテルで待機ということになった。
(皆大丈夫かな…?)
皆に限って何かあるとは思わないがそれでもいつどこで敵のスタンド使いに狙われているか分からない状況だ。気を抜ける瞬間はない。
やることもないのでせめて皆が出かけている間にそれぞれの食事でも買って来ようかと考えたが承太郎に「絶対に一人で出歩くな」と念押しされたのを思い出し、結局はベッドに座り込んだ。
(ホリィさん…、大丈夫かな…?)
ベッドに座り込みながら考えるのは、今や遠い地で生死の境を彷徨っているであろう彼女のこと。
どうか私たちがDIOを倒すまで無事で、そう願うことしかできない。
(…そういえば、)
DIOという男は一体何者なのだろう。
ジョセフさんのおじいさんの肉体を奪い、100年以上海底で生き続けたということは間違いなく人間ではないことは確かだ。
写真の中で見たのは後ろ姿のみ。一体どのようなスタンド能力を持つのか、それすらも分からない。
未来の承太郎さんは二度とDIOのような強力なスタンド使いを生み出さないために、『弓と矢』を探していた。
つまり生半可な能力ではないことは確かなのだ。
(いや、やるしかないんだ。ホリィさんを助けるためにも、私が元の時代へ戻るためにも。)
そのためには一日も早くDIOの元へ辿り着かなくてはならない。
その行程を今まで全てジョセフさんとアヴドゥルさんに任せていたが、アヴドゥルさんが離脱した今ジョセフさんばかりに負担を負わせるわけにはいかない。
役に立つかは分からないが少しでも今いる場所と、今後の道筋を確認しておこうと鞄にしまってあった地図を広げる。
その時だった。
____ブツン
突然部屋に備え付けてあったテレビがひとりでに点いた。
「え…?なに?」
シンガポールの時ほどではないが割と新しい印象のホテルだというのにテレビはオンボロらしい。
何故かひとりでについたテレビの電源を落とそうとリモコンへ手を伸ばす。
『____ザ、…ザザ___』
砂嵐の中に混じって何か人の声のようなものが聞こえてくる。
どこか惹きつけられる声に私はリモコンへ伸ばした手を一瞬止めた。
徐々に砂嵐はどこかの映像を映し出す。
気味が悪い状況だというのに私の目はそこに釘づけになる。
『____私の、……へ、……い』
どうやら男の声だ。
冷たいのにどこか甘ったるくて人を惹きつけるような不思議な声色。
これ以上見てはいけない。
頭のどこかではそう思っているのに目はテレビに釘付けになる。
完全に画面の砂嵐がなくなったことにより、そこに映っている人物が明らかになる。
金髪の やけに顔が整った男だ。
見覚えのあるその姿に私の身体は硬直する。
(この男は、まさか)
その間にも男はゆっくりとこちらへと近づいてくる。
画面越しだというのにその男に見られていると思うと背中に変な汗が伝った。
振り返るときにチラリと見えた、肩にある星型の痣を見て私はその人物が誰なのか確信する。
(DIO……っ!!)
首の周りにある不自然な傷跡、それはジョセフさんが念写した写真と同じものだ。
その間にもDIOは画面越しに徐々にこちらへと近づいてきている。
私は蛇に睨まれた蛙のようにベッドから身動きができなくなってしまっていた。
口から伸びた鋭い牙、そして血のように真っ赤な瞳
それはまるで吸血鬼のようだった。
『____名前』
突然自分の名前を呼ばれたことで驚きに身を竦める。
(て、テレビ、けさなきゃ、)
そう思い手にしているリモコンのボタンを押そうと力を込めるが、まるで何か見えない力が働いているかのように私の身体は言うことを聞かない。
血のような 紅い瞳____
「ハァ、ハァ、ハァ…!」
その目に見つめられた私は、少しずつ自分でも息が乱れているのを感じていた。
恐怖のあまり身体がガタガタと震えだす。
全身からは冷や汗が噴き出していた。
『名前、______私の元へ、来い』
画面越しにいる男がこちらに出て来られる訳がない。
だがその圧倒的な存在感と迫力に、私は画面越しにいる男がまるで今まさに自分の目の前にいるのではないかという錯覚を起こす。
「や、ヤダ…っ!!来ないでっ!!」
『___お前は、私のものだ』
スルリと何か冷たいものに自分の心が撫ぜられたような感覚。
「______!!」
声にならない叫びを上げて私はベッドへと倒れ込んだ。