starry heavens | ナノ

私が少女に追いついたとき、彼女は先ほどのオランウータンの檻の前にいた。

「もう…!危ないから一人で行動しちゃあダメだよ。さぁ、皆の所に戻ろう?」

「お姉さん!だって見てよ…!このオランウータン、とっても頭がいいのよ!」
驚いたことにそのオランウータンは煙草を吸っていたのだ。
そしてゴソゴソと自分の後ろにある袋から何かを取り出したかと思うと嬉しそうにそれを見始めた。
それはいわゆる女性の際どい写真が写っている雑誌だった。その写真を見たオランウータンは、見比べるように今度は私を見つめてくる。そしてまるで人間のようにニヤリと笑ったのだ。
その視線と表情に何とも気持ちの悪いものを感じた私は、その場を立ち去ろうと少女の手をとり立ち上がらせようとする。
その時部屋の扉が開けられて水兵たちが慌てたように私たち二人を檻から離した。

「おい!気を付けろ!オランウータンは人間の5倍の握力があるんだ。腕くらい簡単に引きちぎられるぞ!何があるか分からんのだから単独行動はするな!」
そう言った水兵たちに私たちは促されてオランウータンの部屋を後にする。
部屋を出る瞬間、視線を感じて振り返ると猿はジィっと私を見つめていた。
慌てて視線を戻して部屋を出た。









「駄目だな…。どの計器も動かない。やはりこの船は訳が分からん。」
ジョセフさんに「機械類には決して触るな」と釘をさされていたはずだが、やはり水夫たちはプロとしてただ黙って見ているということはできなかったのだろう。
制御室のような所で大勢で集まって何とか船を動かそうとしているようだが上手くいかないらしい。
一瞬注意しようかどうか迷うが、そんな思考も少女の高い声にかき消される。


「お姉さん!ここの奥のシャワー、使えるよ!海に入ったから身体ベトベトでしょ?一緒に浴びよう?」
全く子供と言うのは無邪気なものだ。
確かに海水のせいで髪はバリバリ、身体はベトベトだが、こんないつ敵が現れるか分からない状況で、しかも私たちの他には男しかいない状況でとてもじゃないがシャワーなんて浴びる気にはなれない。

「私はいいよ。見張ってるから浴びてきていいよ。」
その言葉に少女は少し不満げな顔をするがやはり欲求には逆らえなかったのだろう。その場で服を脱いだかと思うとカーテンを閉じて早々にシャワーを浴び始めた。


シャアァアアという水音に混じって少女の上機嫌そうな鼻歌が聞こえてくる。
どこに敵が潜んでいるか分からない今できれば早いところ承太郎たちの元へ戻りたいところだが、彼女を置いて行くわけにはいかない。
私はシャワー室の端に備え付けてあったベンチで待つことにした。
















___どのくらいたっただろう。

船が爆破されてから色々なことがありすぎて少しウトウトしてしまった。
相変わらずシャワーの音が聞こえてくることからそれ程時間は経っていないのか。
寝ぼけ眼をこすりながら少女の様子を伺おうとベンチから立ち上がろうとする。


「______________え?」
目の前に茶色い毛むくじゃらの何かが見える。まだ寝ぼけているのだろうか。
再び目を擦ってみるがやはり目の前にいるものはどう見ても先ほどのオランウータンだった。

「な、なに…」

私を見てニヤリと気味の悪い笑みを浮かべた猿は徐々にその距離を詰めてこようとしてくる。
思わず後ずさる私を追いかけるようにその猿も足を進める。


___トンッ

「あ…っ」
背中に触れた感触に、自分がいつの間にか壁際まで後退していたことに気が付く。しかも追い詰められた場所は最悪なことにシャワールームの個室だった。猿は個室の入り口まで来ておりいよいよ出口が塞がれてしまう。


『人間の腕くらい簡単に引きちぎる』


水夫が言った言葉を思い出しゾワッと背筋を冷たいものが走る。
反射的に自分の前に結界を出現させようとする。しかし何も触っていないのに、調度自分の真上に設置してあるシャワーヘッドから水が流れてきたのだ。


「ひゃあっ!!」
驚きのあまり一瞬結界を出現させることも忘れてしまう。
その隙にいつの間にか私のすぐ目の前まで近づいてきた猿はジィっと私の身体を上から下まで舐めるように見てきたのだ。私もその視線につられて自分の身体に視線を落とす。

「あっ!」
水に濡れたことにより制服が身体にピッタリと張り付いてしまい、下着の色は愚か自分の身体のラインがはっきりと浮き彫りになってしまっていたのだ。思わず自分の身体を隠すように胸の前で両手を組む。
猿はそんな様子を楽しむかのように「グヘヘヘ」と言う気持ちの悪い笑い声を上げている。


(っ!?もしかしてこの猿…!?)
その厭らしい視線と表情。この猿は間違いなく私のことをそういう目で見ている。
それに気が付いた途端、先ほどとはまた違った意味での恐怖心が湧き上がってくる。
咄嗟に猿の横をすり抜けて出口へ向かおうとするが、それは突如として拘束具のように変形した壁が、私の腕を絡めとってしまい失敗に終わった。


「な、なにこれ!?壁が勝手に…!?」
ついに動けなくなってしまった私をあざ笑うかのように目の前の猿はニヤニヤと笑っている。そしてそのけむくじゃらな太い腕で、突然私の胸を服の上から鷲掴みにしたのだ。

「…ひっ!?」
掴むだけじゃ飽き足らず、ついにはその手を動かして私の胸を揉み始めたのだ。突然の出来事に私は声も出ない程のパニックに陥る。


「や…!あ…や、だ…っ!だ、だれか……!」
あまりの恐怖にスタンドを出すことも忘れ、抵抗することもできない。そんな私の様子を見た猿はさらに鼻息を荒くして顔を近づけてくる。


(嫌だ…!承太郎…!)
その視線から逃れようとギュッと目を閉じて顔を逸らす。




____ドゴンッ!!

何か硬いもので殴りつけたような音がしたと同時に私の胸を触っていた感触が離れる。
おそるおそるその目を開けるとそこにいたのは___

「じょ…じょ、うたろぉ……」
突然殴られた猿は慌てて承太郎から離れようと個室から出て行くが、承太郎はその猿を殴りつけたであろう錠前を今度はその猿向けて投げつけた。


「てめーの錠前だぜ!これは!」
承太郎が投げた錠前をモロに食らった猿は、顔を抑えて床に倒れた。
それを確認した承太郎は『スタープラチナ』を出現させると私の手を拘束していた拘束をいとも簡単にベキンとへし折る。
支えがなくなったことで私はその場に倒れそうになるが、その前に承太郎が身体を支えてくれた。

「…無事か?」
承太郎の温かい手の感触に途端に安心感が広がりジワリと涙ぐんでしまう。

「っごめ…!ありがと、う…」
承太郎はそんな私の頭を自分の胸に引き寄せて、ポンポンと優しく撫でてくれた。

「…やれやれだぜ。だから一人で行動するなと言ったんだ。」



一人。
そう聞いて私はハッと思い出したように顔を上げる。

「あの女の子は…!?」
不意に入り口の方へ目を向けるとそこには承太郎に殴られて倒れていた猿が、起き上がって怒ったようにこちらを見ていた。
承太郎もそれに気が付いたのか私を自分の後ろに押しやると目の前の猿と対峙する。

猿は先ほどの自分を殴った承太郎に対して怒りを感じているようで、突然彼の胸倉をつかんだ。
まるで人間のようなその行動に、その猿に対してある一つの仮説が生まれる。
それは承太郎も同じだったらしい。


「このエテ公…。ただの猿じゃあねぇ。」
承太郎は一般人相手に決してスタンドを使わないが、相手がスタンド使いだと分かれば別だ。『スタープラチナ』を出現させて猿に攻撃をしかける。
だがその攻撃は何の脈絡もなく突然承太郎に向かって飛んできた換気扇のプロペラが、彼の肩に突き刺さったことによって阻まれる。

「承太郎っ!!」
苦痛の表情を浮かべる承太郎に思わず声を上げる。
そしてそのプロペラはまるで生き物の様にその羽をくねらせて、承太郎の顔を殴り廊下の方まで吹き飛ばしたのだ。


「承太郎___っ」
慌てて吹き飛ばされた承太郎を追う。
しかしそんな状況でも冷静な彼は『スタープラチナ』で猿を殴りにかかる。だがスタープラチナが殴ったのは猿ではなく船の壁だった。

「…消えやがった。」
さすがにその騒ぎにシャワーを浴びていた少女も気が付いたらしい。タオル一枚を巻き付けただけの格好でシャワー室から出てくる。

「こ、これは一体…!?」
慌てて少女を自分の方へと引き寄せる。

「危ないから…!私から離れないで!」
それにしても不可解だ。あの猿は絶対にスタンド使いのはずなのに、その肝心のスタンドの姿が全く見えない。
猿は再び壁から姿を現したかと思うと、承太郎と『スタープラチナ』を先ほどの私と同じように壁で拘束してしまったのだ。

「承太郎…っ!」

「来るんじゃねぇっ!!」
慌てて承太郎の方へ向かおうとする私を、彼は声で制した。その迫力に私はピタリと足を止める。

「なる程な。てめえのスタンドは『この船全て』そういうことか。見えないんじゃあなくて、初めから見えていたとはな。」
承太郎を拘束したことでその猿は自分の勝利は確実なものだと思ったらしい、分かりやすく喜んでいる。
そして猿は邪魔者はいなくなったとでも言うように、私たちの方へ振り向いたかと思うとニヤリと笑う。
その視線は今度は私の隣にいるタオル一枚だけを身に着けた少女に一心に注がれていた。
少女は驚いたようにタオルでその身体を隠す。
私は慌てて少女を庇うように前に出たが、情けない程にその足は震えている。



____コンッ

静かな空間に何かがぶつかった音が響く。どうやらそれは猿の意識を私たちから外すために、承太郎がぶつけたボタンのようだった。


「そのボタンはテメーのスタンドじゃあねぇぜ。」
猿を挑発するように承太郎は不敵な笑みを浮かべる。
その挑発にまんまと乗った猿はもはや私たちのことなど頭からないのだろう。承太郎に襲い掛かるように近づく。




____そう、『スタープラチナ』の射程距離まで

「『流星指刺』!!」

『スタープラチナ』の伸びた指は猿が手に持ったボタンを物凄い勢いではじいて、正確に猿の額をボタンで攻撃した。その隙に承太郎は『スタープラチナ』の力で拘束具を壊してそこから抜け出る。
額にめり込んだボタンの痛みは相当なものらしく、猿は床にのたうち回ったかと思うと承太郎に対して降伏のポーズを取る。


「許してくれ、ということか?」
その言葉に猿はコクコクと頷く。


「しかしテメェはあろうことか人間の女を襲い、すでに動物としてのルールの領域をはみ出した。」







『だめだね』




そう言った承太郎は容赦なく猿に向かってオラオラッシュを叩き込んだ。



猿はそのまま気絶してしまったようだ。

その瞬間船が突如として形を変えてグニャリと変形し始める。
スタンド使いである猿が気絶したためスタンドが元の形へと戻ろうとしているのだ。
承太郎は自分の長い学ランを脱いで濡れた私の制服の上からかけてくれる。

「…?承太郎…?」

「その格好じゃあ外に出られねぇだろ。羽織ってな。」
少女を見ると、彼女はいつの間にか自分の服を着ているようだった。

承太郎に腕を引かれながら私たちは船から脱出したのだった。