starry heavens | ナノ

風が気持ちいい。
船の甲板に手を着いて透き通る海面をじっと眺めていた。

そんな時後ろからポンと肩に手をかけられる。
横を見るとそこにいたのは特徴的な銀の髪に厳つい顔、ポルナレフだった。

「どうしたの?ポルナレフ。」

「君と一緒に過ごせるこの奇跡に感動していたのさ。名前、君、今彼氏とかっているのか?
良ければ俺なんて_____いってぇぇえっ!!」

スコーンと良い音がして何かがポルナレフの頭に直撃する。
そのままボチャンと海に落ちたそれを甲板から覗き込んで確認すると、どうやらそれは灰皿のようだった。

「クッソォ…!誰だぁっ!」
ポルナレフと共に私も灰皿が飛んできた方向を振り返る。
しかしそこにはこちらに背を向けて椅子に座りながら本を読んでいる花京院君と、どこを見ているのか分からない承太郎、それにまたもやニヤニヤしながら承太郎を見ているジョセフさんと我関せずなアヴドゥルさんしかいなかった。

誰が犯人なのか分からずポルナレフはいきり立っているが誰も相手にしようとはしない。彼を無視してジョセフさんは口を開く。

「お前らな〜、その学生服なんとかならんのかぁ?クソ暑くないのぉ?」
確かにジョセフさんの言うことも最もだが、彼らにそんな気は全くないらしい。完全にジョセフさんの言葉を無視していた。
私も学生服であることに違いはないのだが、彼らとは異なり夏服であったので少しはマシだと思っていた。



そんな平和なひと時はすぐに終わりを告げる。
船倉の方から子供の叫ぶ声が聞こえてくる。

「はなせ!はなせ!このボンクラがぁ〜!!」
乗組員の男に連れられて姿を現したのは帽子を被った一人の少年だった。その大きな声に私たち一同は一斉にそちらへ目をやる。

「ちくしょう!はなせ!はなしやがれ!」

「おいどうした?ワシらの他に乗客は乗せない約束だぞ!」
ジョセフさんの言葉に乗組員は少年を捕まえながら困ったように答える。

「すみません。密航です。このガキ、下の船倉に隠れてやがったんです!」
警察につきだすという乗組員の言葉にその少年はさらに抵抗し始める。

「お願いだよ。シンガポールにいる父ちゃんに会いにいくだけなんだ。なんでも仕事するよぉ。コキ使ってくれよぉ〜!」
ついには泣きだしてしまった少年に私もなんだか可哀想な気持ちになってしまう。

「ジョセフさん…。乗ってしまったものは仕方ないじゃありませんか。まさかここで下ろすわけには行きませんし。」

「むぅう〜。しかしワシらと一緒にいるということはそれだけで危険じゃ…。」
そんな私たちの心配もよそに、少年は意外とタフな精神の持ち主だったらしい。乗組員の腕に噛みつき、開放されたところを海へ飛び込んでしまう。

「おほ〜。飛び込んだぞ…。元気ぃ〜!」

「陸まで泳ぐ気だ。」

「そ、そんなの無理だよ!ここから何キロ離れていると…!」
甲板から身を乗り出して泳ぐ少年をオロオロと見ることしかできない。そんな私を見た承太郎は一言冷たい言葉を放つ。

「ほっときな。泳ぎに自信があるから飛び込んだんだろーよ。」

「承太郎っ!」
私は思わず非難の意味を込めて彼の名前を呼ぶ。
そんな私の言葉に承太郎は一言「けっ」と言ったかと思うと椅子から立ち上がる。
そして思い切り海の中へ飛び込んだのだ。

「ぇえっ!?承太郎!」

「おぉ〜!承太郎も飛び込んだぞぉ!若いねぇ!元気ぃ〜!」
ポルナレフの言葉を聞きながら海に飛び込んだ彼らを見守る。
やっぱりなんだかんだと言いながらも承太郎はとても優しい人だ。

「まずいっすよ!この辺はサメが集まっている海域なんだ!」
乗組員が言った言葉に冷や汗が吹き出る。
ふと少年の方を見やると見たこともない大きさのサメが海面に姿を現したところだった。

「名前!君のスタンドは…!」
アヴドゥルさんの言葉に私は首を横に振る。

「無理です!届きません…!5メートルが限界です!」
万事休すそう思ったとき、海上に現れた『スタープラチナ』がそのサメを殴り飛ばした。

「承太郎!!」
サメから少年を守った承太郎は何を思ったか彼が被っていた帽子を取る。
その帽子の中から現れたのは艶やかともいえるほどの長い髪だった。

「お、女の子…!?」

「ひゅう〜。こりゃあ驚いた。」
少年だとばかり思っていた子供は実は少女だった。
彼女をつれて船に戻ろうとする承太郎だが、再び彼らを追いかける黒い大きな影が近づいてくる。それは先ほどのサメと比べると断然大きく、どう見てもサメではないことは明らかだった。

「あの距離なら僕に任せろ!『法皇の緑』!!」
『法皇の緑』の触手で間一髪で海面から引き上げられる二人。投げ入れられていた浮きは二人を追いかけていた影によってばらばらに壊されてしまった。

「消えたぞ…。やはり『スタンド』だっ!」

「海底のスタンド…。このアヴドゥル、聞いたこともないスタンドだ。」
あと一歩遅かったらと思うと恐ろしい。

少女は肩で息をしており疲労困憊のようだった。
私は慌てて少女へ近づこうとするが、その肩を承太郎に掴まれて足を踏み出すことができなかった。

「承太郎…?」
疑問に思い彼を見上げるが、彼はそっぽを向いており答えてくれない。皆を見るがやはり誰も少女へと近づこうとはしない。
もしかして少女のことを先ほど襲ってきたスタンド使いなのではないかと疑っているのだろうか。
ふいにアヴドゥルさんが少女に声を掛ける。

「おい。DIOのやろうは元気か?」

「DIOぉ?なんだそれは?バイクの名前か?」
少女は懐からナイフを取り出して私たちに向かい威嚇し始める。

「この田吾作ども!このアン様を舐めるなよっ!この妖刀が早いとこ三百四十人目の血を吸いたくて慟哭しているぜ!」
なんともコメントし難いその言葉についに花京院君が噴き出す。

「な、なにがおかしい!このドサンピンっ!」

「ドサンピン…。なんか…この女の子は違う気がしますが…。」

「私もこの子はスタンド使いじゃあないと思います。」
花京院君の言葉に同意する。
そんな少女の後ろへゆっくりと近づく大きい影があった。



「この女の子かね?密航者というのは。」
少女の肩を後ろから掴んだのはこの船の船長だった。
あいては女の子にも関わらず、容赦なくその細い腕を力の限り掴んでいるようだ。
承太郎は再び興味を失ったように煙草に火をつけ始める。それを見た船長が唐突に承太郎の口から煙草を取り上げる。

「甲板での喫煙はご遠慮願おう…。君はこの灰や吸い殻をどうする気だったのかね?君はお客だがこの船のルールには従ってもらうよ。未成年君。」
そしてあろうことかその煙草を承太郎の学帽のエンブレムの部位で押しつぶすように火を消したのだ。

(な、なにもそこまでしなくても…!)
船長の行き過ぎたやり方にとても嫌な気持ちになる。
そしてなにより、そのことに対してなにも反応しない承太郎が気になった。彼の性格上このようなことをされて黙っているはずがない。
誰もが息を飲む緊張感の中、先に声を上げたのは承太郎だった。

「…待ちな。口で言うだけで素直に消すんだよ…。大物ぶってカッコつけんじゃあねぇ、このタコッ!」
その言葉に船長は驚いたように承太郎を見やる。
二人の間を漂う雰囲気は剣呑そのもの、まさに一触即発というような雰囲気だった。ついにジョセフさんは承太郎を止めるように声を上げる。

「承太郎!船長に対して無礼は止めろ!お前が悪いっ」

「フン。承知の上の無礼だぜ。コイツは船長じゃねぇ。今分かった。スタンド使いはこいつだ!」
承太郎の衝撃の言葉に一同は驚きの声を上げる。

「それは考えられん。このテニール船長はSPW財団の紹介を通じ身元は確かだ。彼がスタンド使いである確率は極めてゼロに近い。」

そうなのだ。だがその理屈で言うと先ほど承太郎を襲ったスタンド使いは、この少女でしかなくなる。
それはいまいち釈然としない。

(私にはこの子がスタンド使いだとは思えない…。)
船長の意識が承太郎へ移ったことで開放された少女は、私の影に隠れるようにしてしがみついている。
余程怖かったのだろう。その小さい手は僅かに震えていた。

「スタンド使いに共通する見分け方を発見した。スタンド使いは煙草の煙を少しでも吸うとだな…、『鼻の頭に血管が浮き出る』」
承太郎の言葉にスタンド使いである私たちは思わず自分の鼻の頭を押さえる。そんなことは未来の承太郎さんにも聞いたことがなかった
。ただ一人、少女だけが意味が分からずキョトンとその首を傾げているのだった。

「うそだろ、承太郎っ!?」
そんなポルナレフの驚きの声に承太郎はあっさりと肯定の言葉を発する。

「ああ、うそだぜ。だがマヌケは見つかったようだな!」
皆が一斉に船長を見ると、彼は確かに鼻の頭を押さえて「あっ!」と慌てたような声を上げていた。
その一言で船長が新たなスタンド使いであることを悟った一同は警戒したようにそちらを見やる。




だが船長の方が一歩早かった。


「えっ!?」
グイッと腹にかかる圧迫感。
それに気が付き声を上げたときには私は船長のスタンドに抱え込まれていた。

「俺のスタンドは『暗青の月』!ひとりひとり順番に始末してやろうと思ったが仕方ねぇ。それに運は俺に味方しているようだなぁ!
まさかガキだけじゃなくてお前らの仲間のスタンド使いが手に入るなんてなぁ!」
隣でもがく少女を見て理解する。
恐らく船長は初めからこの少女を人質にするつもりだったのだ。
だが少女が私に抱き着いていたせいで意図せず私まで人質にすることができた。そういうことだろう。


「離してっ…!クリスタル…」

「おっとぉ、お嬢ちゃん!少しでも妙な動きをしたらこのガキの首の骨がポキッといくぜぇ〜!」

「ぅぐ…!な、なにもないのに苦しい…っなんで!?」

「や、やめて…っ!」
『暗青の月』の腕によって少女の首への圧迫が強まる。苦しそうな呻きを上げる彼女を見て私は思わずスタンドをひっこめた。


「くそっ…!卑怯な奴め…!」
花京院君が悔し気な声を上げるが船長はそんな言葉も一笑に伏す。


「ヒヒヒ。良い子だ。
おい、男どもっ!俺は今からサメのいる海に飛び込む。当然テメーらはこの人質たちを追って海中に追ってこざるを得ない。
俺のホームグラウンドだ。海中なら5体1でも相手にできるぜ。」

「人質なんかとってなめんじゃあねぇぞ。この空条承太郎がビビりあがるとでも思っているのか。」
承太郎の言葉に船長は自信たっぷりに言い放つ。

「なめる…?これは予言だよ。あんたの『スタープラチナ』とても素早い動きをするんだってなぁ。自慢じゃあないが俺のスタンドも水中では素早いぜ。一つ比べっこしようじゃあねぇか。」
承太郎は少しも動揺した様子を見せない。だがそれでも船長は自信たっぷりだった。絶対に承太郎は海中にまで私たちを追ってくるという確信があるのだ。
何故なら先ほども何だかんだと言いながら、結局サメに襲われかけた少女を助けたのは承太郎だったからだ。

承太郎の優しさに付け込んだ、とても卑怯な作戦だ。
だがそんな船長に怒りを覚える間もなく、私の身体は独特の浮遊感を感じる。


「ついてきな。海水たらふく飲んで死ぬ覚悟があるならな…!」


(___落ちるっ!)


だがそれも一瞬だった。

「オラオラオラオラオラオラッ!!!」
掛け声と共に船長の顔面に激しいラッシュが撃ち込まれる。
その威力に船長は私たちを掴んでいた手を離し、言葉も発することができず一人海中へと投げ出された。
空中で開放された私たちと少女はそれぞれ『スタープラチナ』の手に掴まれる。




「海水をたらふく飲むのはてめー一人だ。」
承太郎の格好良すぎる決め台詞に私の胸はドキンと高鳴るのだった。