starry heavens | ナノ

あの後すぐに日本を発った私たちはエジプト・カイロ行きの飛行機乗っていた。
私は承太郎とジョセフさんの間に挟まれて座っている。
さすが血の繋がりがあるというべきか、両隣のお二人は腕を組んで全く同じポーズで眠っているようだった。私はと言えばそんな圧迫感のある二人に挟まれてしまい、緊張で眠るどころではない。
何故このような座席順になってしまったかと言うと、それは単純に私が一番小さかったからだ。
何故かガタイの良い男たちが揃ったこの状況。そんな男たちが三人並ぶ構図というのはあまり考えたくない。
それは全員口にせずとも同じだったようで、結局前の方の席に花京院君、空席、アヴドゥルさん。そして後ろの席にジョセフさん、私、承太郎という順で座っていた。そんな感じに配慮してみても、体格の良いジョセフさんと承太郎は窮屈そうだった。


それにしても静かだ。最も今は夜中の時間であり周りの乗客も見える限りほとんどの人が眠っているようだった。

(…眠れない)
手持無沙汰でジョセフさん越しに窓から外を見ようとするが、暗闇の中を飛ぶ機内から外の景色がみえるはずもない。
諦めて大人しくしていようと今度は承太郎の方へと目を向けると、何故か突然彼はクワッと目を開けた。

「うわっ!」
驚いて思わず声を上げてしまう。承太郎はそんな私を変なものを見るような目で一瞥したかと思うと、ジョセフさんの方へ目を向ける。
私もつられてそちらへ目をやるとジョセフさんもいつの間にか目を開けていた。

「…じじい。」

「ああ。『見られた』。今確かにDIOに見られた感覚があったぞ。」
そう言えばジョセフさんが言っていた。DIOの肉体は承太郎やジョセフさんの先祖の身体なのだと。それを通じてジョセフさんもDIOのことを、遠く離れたエジプトでも念写することができると言っていた。つまり今二人はジョナサン・ジョースターの肉体を通じてDIOに『見られた』ということなのだろう。

「気を付けろ。新手のスタンド使いがこの機に乗っているかもしれん。」


スタンド使い___

そう聞いて警戒する私の耳に遠くの方から徐々にこちらに近づいてくる、虫の羽音のようなものが聞こえてくる。
その音は随分大きかったので、前の席に座っているアヴドゥルさんと花京院君も起きてしまったようだった。


周りを見回すがスタンドの姿は見えない。
しかしこの静寂の中、羽音は結構響いている。それなのに私たち以外の乗客はちっとも目を覚まさない。私たちには聞こえて、周りには聞こえない。
そう考えるとこの音は、

「…スタンドっ!?」

「座席の後ろに黒い影のようなものが隠れたぞ!カブト…いや、クワガタ虫のようだった。」

私には何も見えなかったが承太郎は『スタープラチナ』のその目で敵の正体を捕らえていたようだ。

(それにしても音がやけに近いような…)
さっきから耳元でブーン ブーンといううるさい音が響いている。恐る恐る音のする方へ振り向く。

「っ!承太郎!後ろにっ!!」
私の声かけで後ろを振り返った彼と、私たち一同はやっとその姿を確認する。
その正体は確かに承太郎が言ったようにクワガタ虫に近いようなものだった。

「…気持ち悪いな。だがここは俺に任せろ。」
そう言って承太郎はスタープラチナを出現させる。

「気を付けろ!『人の舌を好んで引きちぎるスタンド』がいるという噂を聞いたことがある。」
アヴドゥルさんの話が終わる前に、承太郎はスタープラチナでそのスタンドを捕まえにかかる。スタープラチナの手の動きはとても素早く、私の目で追うことは全くできなかった。だがクワガタ虫はいともたやすくその手を避ける。

「弾丸を掴む程正確で素早い動きをするJOJOのスタープラチナの攻撃を避けたぞ!」

「やはりこいつはスタンドだ!そしてこいつを操るスタンド本体が必ず近くにいるはず…。どこだ…!?」
花京院君が乗客の方を見回した瞬間、クワガタ虫は再び承太郎に向かって突っ込んでくる。

「危ない…っ!攻撃してくる!『クリスタル・ミラージュ』!」
私は咄嗟に通路に立っていた承太郎の前に立ち結界を出現させる。結界にはじかれたものはクワガタ虫から伸びていた触手のような固い棒のようなものだった。

「ぅぐっ!」
ガツンという衝撃が走ったことからそれは結構なパワーを持っていることが分かる。

「オイ、テメェ…。勝手に前に出てくるんじゃあねぇ。」

「あっ!ちょっと…!」
グイと腕を引かれて承太郎が座っていた座席へと無理やり放り投げられてしまう。
座りなおして文句を言おうとするが彼は聞く耳を持たず、すでに周りを警戒し始めていた。

「あそこに移動したぞ!」
アヴドゥルさんの声にそちらを向くが、私は座席に座っている状態のためそちらを見ることができない。

「なんであんな所に…?」
疑問に思い立ち上がろうとするが、何故か承太郎が私の片方の肩を座席の背もたれへと押し付けており腰を浮かすことさえできない。

「ちょっと、承太郎…?」

「いいから黙って座ってな。どうやら敵のお出ましだぜ。」
ようやく承太郎が肩を離してくれたため立ち上がる。

「な、なにあれ…!?」
「さあな。なんて書いてあるのかは俺も知らん。」
壁一面に知らない言語で何か書かれている。それにしてもあれは血で書かれているように見えるのは私だけだろうか。
いつの間にあんなものが…。

「やりやがった…!焼き殺してくれる…っ!」
一部始終を見ていなかった私には分からないが何故かアヴドゥルさんは激昂しており『マジシャンズ・レッド』を出現させて、今にも攻撃しそうな雰囲気だ。

「アヴドゥルさん!こんな場所で炎は駄目ですよっ!」
承太郎の後ろから飛び出して思わずアヴドゥルさんの腕を掴んで静止する。
やはり彼は熱くなると周りが見えなくなる性格のようだ。
しかも最悪なことに私たち大声で他の乗客が目覚めてしまったらしい。

「むぅ〜なんじゃあ?騒々しいのぉ。」
乗客の一人のおじいさんが立ち上がり壁一面に書かれた血文字へと触れてしまった。その違和感におじいさんも気が付いたのだろう。叫び声をあげようとする前に花京院君が当て身を食らわせてその場に昏倒させた。

「騒がれて他の乗客に起きられても困る。」

「…………。」
私が思っていたよりも花京院君はアグレッシブな人だったらしい。

「アヴドゥルさん。あなたの「動」スタンドはこの狭い場所での戦いに向いていない。JOJO。君のスタンドもだ。そのパワーで機体に穴でも空けたら困るからな。」
そして花京院君は自身のスタンドを出現させる。

「ここは私の「静」なるスタンド、『法王の緑』がやる。」
花京院君のスタンドは彼の言う通りじわりじわりと静かに戦うスタンドだった。
いつの間にか座席の中に触脚を忍び込ませていた彼は、敵のスタンドを一網打尽にする。

「うぎゃあああ!!」
突然叫び声を上げたのは先ほど花京院君が当て身を食らわせて気絶していると思っていたおじいさん。彼はクワガタ虫が負った傷と全く同様の傷を負っていた。

「おぞましいスタンドには、おぞましい本体が付いているものだ。」
凄惨な遺体に思わず顔を顰める。横にいたアヴドゥルさんは皆に聞かせるように呟く。

「『灰の塔』はその能力を使って、世界各地でハイジャックなどをしていた根っからの極悪スタンド使い。いずれこうなっていてもおかしくなかった。」
そう言ってアヴドゥルさんは私の肩をポンと叩く。
それが私には「だから気にするな」と言ってくれているような気がして、少し気持ちが楽になった。

後ろから感じる視線に私はそちらの方を振り返る。

「承太郎…?どうしたの?」

「…いや。」
何か気になることでもあるのだろうか。
だが本人が否定しているのにこれ以上追及する理由はない。再び前を向こうとすると、突然機体がガクンと高度を下げる。

「うわぁっ!!」
自分の身体を支えきれず前にいた承太郎の胸板に顔を突っ込んでしまう。彼も片手で私の腰を支えてくれていた。

「ご、ごめん…。承太郎…。」

「立てるか。」

「う、うん。ありがとう。」
ここに来るまでの間に分かったことだが彼には意外とフェミニストな面がある。
それが外国人の母親を持つ影響なのかは分からないが、彼の中で女は男が守るものだという考え方があるようだ。

「高度が下がっているぞ…!まさかっ!」
ジョセフさんはそう言ったかと思うとコックピットの方へと走っていく。承太郎もそれに続いて走っていく。
よくこれだけ安定感の悪い所で走れるものだ。私は生まれたての小鹿のように懸命に彼らの後を追う。
私と、私を待っていてくれたおかげで最後尾だったアヴドゥルさんがコックピットへ到着したとき、入れ替わるようにパタパタと真っ青な顔をしながら駆けていくキャビンアテンダントさんとすれ違う。
中を覗くとすでにジョセフさんが操縦席に座っている所だった。床にはおびただしい程の血液と引き裂かれた機長と副機長の姿が。

「ひっ…!」
悲鳴を漏らしそうになるが、ジョセフさんはこの機体をどうやって動かそうかと集中しているところのようだ。
邪魔になってはいけないと自分の口を塞ぐ。

「それにしても、ワシは飛行機で墜落するのは人生の中で三回目なんじゃが…。こんなに墜落することがあるものかのぉ。」

「………もう二度とテメェと飛行機には乗らねぇ。」
一同心の中でジョセフさんへつっこみを入れながらも、飛行機は香港沖に無事水面着陸したのだった。