果てなき理由探し









「志乃ちゃん、心なしか膨れっ面?」
「あらまあ、珍しい。」

文芸部の紫ちゃんとかんなちゃんに俯いた顔を覗かれて、アタシは口をツンと尖らせた。

「ううん、何でもないの。」
「表情と言ってる事が違うなあ。」

紫ちゃんの言葉に更に唇が尖る。
何も言えないのと何かを期待した自分が情けなくなって物を言う代わりに口を突き出す。

「……まあお茶でも飲んで、部紙のテーマを話し合いましょう。」

今日のかんなちゃんの厳選はミルクをたっぷり入れたアッサムであった。
まろやかな口触りが尖った唇を溶かす。





美味しい――。
そしてアタシは先程の回想へと耽った。










廊下の窓から見付けた裏庭にいた人影、椎名先生に声を掛けてアタシはいつの間にか足取り軽く、裏庭へと駆けていた。

「ニャア。」

野良がアタシを見ると一目散に飛んできてくれて手に頬を擦り付ける。アタシはその小さな頭をゆっくりと撫で上げた。
尻尾がくねくねと別の生き物のように操られる。アタシは野良から裏庭の奥にある花壇へと視線を移すと、その人影は姿を消していた。

ふと気が付けば、目の前に長い影が立っている。アタシから約大股二歩程の距離。椎名先生が無表情でアタシを見下ろしていた。
腕を固く胸の前で組んでいる。
そしてそれ以上の距離に線引きをしているかのように口を開いた。

「……何か用?」

改めて問われて答えに戸惑う。
ええっとと音に出してみるものの、先生に何故か何かを答える事が出来なかった。





「ああ、えっと……クロッカス!そう、白いクロッカスありがとうございました!」

声が変に裏返る。それは先生に答えを早急に求められているように感じたからだ。
勿論、そのお礼もしたかったがアタシがここに来た理由は特別だってなかった。
勝手に身体が動いていたのだから。

「……それだけ?」
「えっと……先生は何で白いクロッカスをくれたんですか?」

自分でも意図しない質問が話を繋がなければならない衝動により飛び出す。
目はソロリとわざとらしく白いクロッカスへ向けた。

「…………。」

返答なし。そして先生は組んだ腕に力をこめながら首を捻る。

「…………。」
「そんなに難しい質問でした?」
「……淋しかったから……以上。……これで満足したら帰って。クロッカスの世話は朝だけでいいでしょ。」

組み手を解いた先生がゆっくりと背中を向けて歩きだす。
アタシは足にまとわりつく野良をそのままに面食らった。

……それだけ?

「ちょっと先生、それだけですか!?」

アタシの声に再び振り向いた先生は眉間に皺が寄っていた。それに対比していつもくたくたの白衣が折り目正しいから更に不機嫌さを増しているように見えた。

「……他に用あるの?少なくとも俺はアンタに用はない。」
「……で、でもっ……。」
「……でも、何?」

先生の小さな声が鼓膜を細かく疼くように揺らした。
また先生は腕組みをしてアタシに立ち直る。
次に紡ぐ言葉が出て来ない。





ここには――。
いや、先生には何においても理由が必要なんだ。先生を納得させるだけの理由を――。





ギュッと拳と唇を固く結ぶ。
腕組みが拒絶のポーズであることを奥歯で噛み締める。

先生はアタシを拒絶している。
拒絶以上にアタシに怖いものはなかった。ツッと背中に冷たい何かが走るのを感じる。





――しかしそれだけではなかった。





恐怖以上にアタシの中で何かが知らず知らずに芽生え始めている。
白いクロッカスが突如現れたような、そんな急にやってくる感覚。
冷たい恐怖の中にポンポンと弾け出す芽のように。





拒絶する先生にアタシは先生の瞳の中に自分が映っていることを確認すると息を吸って答えた。
先生の瞳に実際アタシの姿が映っていたかは知らない。

「……その理由を探しにまた来ます。」

それだけ言うとアタシは踵を返して裏庭から走り去った。
先生がまた『なんで?』と呟いたことまでは拾えなかった。









「んー、今日はミルクの優しさが滲みるわ。」

一人回想に耽るアタシを紫ちゃんとかんなちゃんが?マークを吹き出しに書きながらお互いを見やる。
それでもアタシは二人の疑問はさておき優しい味に想いを預けていた。





果てなき理由探し

(それが理由となる、)
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