見失われたヒーロー









──アタシハ、イッタイドウシタノダッケ……?





固く閉ざされていた瞳がゆっくりと持ち上がる。とても瞼が重い。
身体はぐったりと知らぬうちに体力を使っていて座るのがやっとの位だ。

そして二つの瞳の焦点が合った所に下から心配そうに覗き込むかんなちゃんと紫ちゃんの姿があった。





「……志乃ちゃん、大丈夫?」
「落ち着いた?」

右手をかんなちゃんに、左手を紫ちゃんに握られたアタシは二人にポツリと問うた。





「……アタシ……何があったの?」





朧気ながらに頭の中に先程の出来事が切れ切れに瞬間の映像として映っては消え、消えてはまた映る。
でもこの部室まで辿り着いたことは覚えていない。
どこか温かい二つのものがここまで誘導してくれた感覚はあるが、自分の足で歩いたと言う意識は無かった。
宙を浮かんでいたのではないかと思う位身体の感覚を失っている。
それは瞳を開いた今も変わらない。
二人に手を握ってもらっているが、それは見て初めて気が付いたことであった。





二人は遠慮がちに目を合わせると、握る手に力を込めたようだった。

「……覚えていない?」

かんなちゃんの問いにアタシは重い頭の中の記憶を手繰り寄せる。

「……和田……、五人……、押し倒されて……泣き叫んで……、」

……それで?
……泣き叫んで、その後は?

過去の記憶とリンクして意識の手綱を手離してしまった気がする。

「……襲われたの?」

アタシの問いに二人は強く首を横に振った。
肯定はしてはいけないと言うサインと安心してと言う気持ちだった。

「大丈夫、押し倒されのは確か……なんだけど、先生が助けてくれたわ。」
「怖い思いしたね。でも椎名先生が飛び込んで行ったんだよ。」
「……椎名……先生?」

思いもよらない人物の名前にアタシは口の中でもう一度問うた。

……椎名先生?

思いもよらないのは自分の記憶の中にいないからだった。

どこにいた?
どこからいた?
どこを見られた?





「……ア、アタシ……、椎名先生……覚えて……な、い……。」

口先が震えながら言葉に涙が混じる。

「無理もないよ、志乃ちゃんの位置からは見えなかったかもしれないから。」
「……でもっ……、」
「……フラッシュバック?を起こしてるかもって、椎名先生が……。だからそういう状況だったのかもしれないし。」

二人の包み込む両手に力が込める。
フラッシュバックと言われて完全に椎名先生のいた瞬間を覚えていないのを理解した。

泣き叫ぶアタシに男性の手が触れた瞬間が感覚の中で蘇る。
恐らくあれが椎名先生だったのだろう。
和田を含めた五人とは明らかに違う感覚だった。しかし、あの瞬間は男性恐怖のフラッシュバックの渦中にいた。
だからアタシはどの男性の手も振り払ったんだ。





「……先生……は?」
「……大丈夫、裏庭にいるわ。」
「後は私たちに任されてる。和田たちは警察へ連れて行かれたよ。」

どくんっ、どくんっ。
心臓が身体の中心からどんどん大きくなってアタシを揺らす。

どんな姿を見られたの?
どうしてフラッシュバックだって判ったの?
先生はアタシのそこに何を視たの?



拒絶しか出来ない先生が伸ばしてくれた手をアタシが今度は拒絶した──。





どうして助けてくれたの……?
どうして触れてくれたの……?





震えるアタシを二人は交互に頭を撫でながら抱き締めてくれた。
陽が傾いても、ずっとずっと。

アタシは抱き締められながら、小さな小さなアタシを胸の奥で強く強く抱き締めた。





見失われたヒーロー

(先生……、ごめんなさい……。)
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