それを天罰と呼んだ馬鹿がいた









──和田貢(わだみつぐ)。
それがその人間のフルネームであった。

彼に声を掛けられて、落ちなかった女子はこれまでいなかったそうだ。
ただ、その彼の横にいる女子は短期間で新しい顔になっていた。
本人も自分が声を掛けた相手は簡単に落とせると自負があったらしい。

しかしこれまでの連勝と誇りに傷が付いた。
佐伯志乃、ボブカットで華奢過ぎる身体に合わないくらいパッチリとした二重の女子。
そんな彼女が彼の不敗神話を物の見事に数分で打ち砕いた。そして彼の不様な積み上げられるだけ積み上げたプライドに僅な傷を付けた。僅な傷は呆気なく彼のプライドを崩し倒した。
実に下らないプライドだからである。





彼はとても怒っていた。
とても悔しくてならなかった。

「……佐伯志乃……。見てろよ、痛い目見させて俺を振ったことを後悔させてやる……。」

暗闇にカタカタと不気味に響くキーボードの音に浮かびか上がるパソコンの仄暗い画面がこれからの雲行きの怪しさを臭わせた。





何だか雨が降りそうな嫌な雲行きだなと空を見上げながら志乃は思った。
一日の授業も終わり、これから部活である。部活に向かうのは楽しみで堪らないのに、何故か今日に限って鉛の靴を履いたかのように足取りが重かった。

新校舎から旧校舎へ向かう途中であった。
そこで知ってしまった顔と出逢う。志乃は一瞬その人物を見て立ち止まったが、もう関係は無いのだと彼を迂回するように中庭を歩く。

先日、不躾な『告白』とやらをしてきた和田と言う人物だった。彼から伝わって来たのは気持ち悪さ以外何もなかった。
だから彼女は彼に靡くことはナノレベルで無かったのである。

そんな植木の向こうにいる和田を無視して志乃は真っ直ぐに旧校舎だけを目指していた。漸く和田が背後に位置するところまで来ると志乃は胸を撫で下ろして、息を安心して吐いた。
もう見掛けたくはない相手と言うのは関係が無くなっても居心地の悪いものだ。
そして旧校舎の校舎の階段に足を掛けた時だった。





足は宙に浮き、固く口を何かで押さえられる。
目を見開いて、斜め後方に視線を送ればニヤリと嫌な笑顔で見下ろす和田が志乃の口元と腹部を強い力で封じていた。

「……っ!」
「隙あり〜。佐伯志乃ちゃん、先日はどうも。」
「んーっ……。」

和田の笑顔に、和田の力強さに、和田との距離の近さに志乃の身体に恐怖感が一気に襲う。どくん、どくんと脈が警告を鳴らした。

「声上げたって所詮旧校舎だぜ?人なんか来ないっつーの。何その目付き。怖い?でも怖いのはこれからだよ。」

みるみる志乃の身体から熱が引いてゆく。身体が真空になったように何もないけれど一瞬で潰れそうな膜が彼女の内側から肌を押していた。

……誰かっ!!
志乃は心の中で懸命に叫んだ。





和田に引き摺られるように連れて来られたのは旧校舎から裏庭に続く校舎の脇であった。
そこで志乃は益々目を見張る。
和田以外に1、2……4人の男子生徒がいた。しかも中には他校の制服の連中もいる。

「……んーっ!」

頭の中の警告音は鼓膜が破れるくらいに鳴り響いている。
その連中の中にいた一人が和田に言う。

「怖がってるよ?いいの、ヤっちゃって。」
「……!」

断りを入れている筈なのにその態度は寧ろゲームを楽しむかのようにニヤニヤ気持ち悪く笑っている。
志乃の血の気は益々引いた。
事態が飲み込めたからだ。
自分はこれからこの連中に輪姦されるのだ、と──。





ざわざわざわざわ。
かたかたかたかた。
身体の奥の方から何か棘を持った波が広がってくる。

ざわざわざわざわ。
かたかたかたかた。

「いいんだよ。俺を振った天罰!」
「貢に落ちなかったのー!?」
「そりゃ頭にも来るわなあ。」
「で、俺達まで呼んじゃっていいんだ?」

適当なことをいけしゃあしゃあと抜かす奴らに和田は当然の如く言い放った。

「いいんだよ。天罰なんだから、罰がでかけりゃでかいほど良い。」

ざわざわざわざわ。
かたかたかたかた。
ざわざわざわざわ。
かたかたかたかた。

冷たい針の波が外からも内からも打ち寄せる。

「じゃあ貢の許可も得たことだし楽しませて貰おうか。」
「志乃ちゃんだっけ?少し我慢してればきっと気持ち良くなるよ。」

『じゃあ』と言う和田の顎先での指示に志乃は地面へと転がされた。

「あ……やっ……。」

逃げる体勢をとる前に和田に仰向けに倒された。ひっと息を飲んで近付いてくる和田の顔と頬をなぞる指に固く目を瞑る。

……あっ……あっ……。
声にならない声が身体の中でも響く。

ばたつかせる手足がそれぞれ四方に押さえ付けられた。志乃の力に男5人を吹き飛ばせる欠片もない。
そして和田に厭らしく囁かれた。

「……じゃあ志乃ちゃん、楽しもうね……。」





ざわざわざわざわざわざわざわざわ。
かたかたかたかたかたかたかたかた。

「……っ、あ……。」

ある過去の記憶が一気に蘇った。色も音もない世界でアタシはなすがまま自分勝手に玩具にされた、あの忌々しい記憶が。

ピシッと目の前で何かが裂けて、知らない内に脳天から空を目掛けて張り裂ける叫びが響いた。





「い、やああああああっ!!」

自分でも聞いたことのない鋭い声が頭から突き抜ける。

「やあああああっ……、ああああああっ!」

涙が交ざる。
恐怖が交ざる。
過去の記憶が交ざる。





突然の尋常ではない叫び声に和田を含め、5人はそれに戦き、志乃を横たわらせたまま立ち上がる。
今度は和田達が戸惑いを隠せなくなった。まさかここまでの反応が返って来るなんて。まさかこんな反応があっただなんて。

「あああっ。うわああああっ!!」

泣き叫ぶ志乃の下に数名の足音が近付いていた。
ただ和田達にはまだそれに気が付いていない。





それを天罰と呼んだ馬鹿がいた

(過去のアタシを……イジメナイで……。)
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