気が付かぬ彼女の恋の芽吹き |
それは偶然目撃したものだった。 徒会長兼幼馴染みである宮本浩輝から必要書類を貰い、部室へと戻る途中に覗き込んだ窓の下だった。 かんなは何気無く書類を抱き締める形で3階廊下の窓の外を見やれば、そこには馴染みのある人物が馴染みのない人物と一緒にいた。 「……志乃、ちゃん?」 呟くような自然な問いにかんなは廊下の窓に手を着いて、志乃とおぼしきセーラー服の女子生徒を見詰めた。 間違いない。あのボブカットにあのプラズマテレビのように薄い体型は同じ部の志乃だ。 まだ部室に顔を出していないと思ったら、思わぬ所へ顔を出していた。 志乃が馴染みのない人物に何かを言われた所で顔をくしゃとさせて笑う。 勿論、話の内容は判りかねるが志乃が楽しんでいると言う状況下は存分に見てとれた。 しかし、あの馴染みのない白衣の男性は誰だろうか──。 「お帰り、かんなちゃん。志乃ちゃんはまだだよ。」 「…………。」 部室に来ていた紫が読んでいた本に栞を挟んで立ち上がる。そしてかんなの腕に抱かれた資料を指差しながら尋ねる。 「何か不備でもあったの?」 「え、ううん。書類は問題ないわよ。」 「そう?でも目線が宙をさ迷ってるよ?」 紫の指摘にかんなは紫の腕を掴むと今見た状況について説明をした。 「志乃ちゃん、いたわ。」 「え、どこに?」 「ここの裏庭に。」 「え、何でそんなところに寄ってるの?」 「しかも知らない人と居たの。志乃ちゃんのことだから大丈夫だと思うけど、あの子自分の事には気が付かないから心配で。紫ちゃん、あの人のこと知らない?」 『あの人』と問われても誰を差されているのか判らず、紫は後頭部を掻きながら、とりあえずかんなの手を取ると一緒に部室から廊下へと出た。 「……で、『あの人』って?」 二人で廊下の窓から裏庭を見下ろす。 相変わらず志乃と馴染みのない白衣を着た人物がしゃがみ込んで話をしている。その間には茶虎の猫も居座っていた。 「あ、あそこにいる人。志乃ちゃんの横。」 「あの猫?」 「違うわよ、白衣を着た、」 「ごめん、ごめん。あの人なら生物科の椎名だよ。」「え、先生なの?」 紫は軽く頷く。 かんなのクラスの生物科担当は逢坂三奈であった。また同じく紫のクラスも逢坂のはずだ。 しかし何故、別の生物科担当の椎名が志乃と面識があるのだろうか。 「志乃ちゃんのクラスとBとG以降は椎名って逢坂先生から聞いたよ。」 「成る程、担当が違うのね。面識があるなら良かったわ。」 ホッとかんなはその肩の力を抜く。 それにしても意外な組み合わせだと紫と同じ解答に至る。 「椎名は幽霊みたいに気配がなくて怖いって校内では一部有名みたいだな。単位は取りやすいそうだが。」 「そうなの?でも志乃ちゃん、とっても嬉しそうな顔してる……。」 「何か共通の趣味でもあるのかね?」 窓の桟に肘を着いて二人を見下ろす紫の言葉にかんなは心の中で続きを呟く。 いいえ、多分それは違う。 彼女が彼に少なくとも好意を、まだ恋と呼べるかは判らないけれど抱いているから──。 「……恋、かも……しれないね。」 「え、濃い?あの二人はどう見ても薄いだろ?」 クスクスと一人笑うかんなに紫は眉を八の字にして窓の桟から腕を伸ばした。 こうして本人の知らない所で真実は見破られているのである。 彼女の気が付かぬ 恋の芽吹き (何だ、裏庭に寄ってたのか。) (まあ温かく見守っていましょう。) (うん?あ、今日の紅茶も美味しい。) (ふふふ、) |