まだ誰にも言えないsecret moment









「最近、志乃ちゃん部活に来る時間少しだけ遅くなる時あるよね。」

紫ちゃんの指摘にドキッと心臓が跳ね上がって冷や汗で濡れる。
そして心臓がギュウッと縮んだ。

「……そ、かな?」
「開始時刻に間に合っているから別に問題はないけれど、確かに紫ちゃんの言う通りかも。」

かんなちゃんも紫ちゃんの指摘に賛同し、アタシは心臓に汗をたっぷりかきながら熱い紅茶を啜る振りをする。

アタシが部室に顔を出す時間が変わった理由──。





紅茶のお代わりを早々にする紫ちゃんがティーポットを傾けながらカップに注がれる紅茶に視線を移して言う。

「かんなちゃん、志乃ちゃんが固まっちゃったんだけど。」
「本当ね。でも目だけはさ迷ってるわよ。」

二人の会話に目のやり場に困る。
これでは『そうなの。理由がちゃんとあるの。』と云わんばかりではないか。





──でも……。





「ちょっと……もも、友達の相談に乗ることが……つ、続いて。」

まだ本当の理由を二人にどう伝えていいのかアタシには判らなかった。
言葉が、勇気が足りなかった。

「……そう。」
「ん、判った。」

二人は多分アタシが誤魔化していることに気が付いているはずだ。
でもそこから先を深堀りしてくることはしなかった。きっと時が満ちるのを待ってくれると言うサインなのだと思う。

「……ごめんね。上手く説明……出来なくて。」
「何で謝るの?」
「そうよ。必要なことはその時に志乃ちゃんの口から聴きたいから良いのよ?」
「……うん。」

アタシは紅茶のカップを両手で包み込むと紅茶を飲みながらカップで顔を覆った。





アタシが部室に顔を出す時間が変わった理由──。
それは椎名先生だった──。





今日も部室へ一番最後に到着した。いつもの時間より15分遅れて。
新校舎から弓道部へ向かう百佳と別れるとアタシは中庭を通ってこの旧校舎にある部室へ足を運ぶ。
それが時々、寄り道をする日があるのだ。

場所、旧校舎の裏庭。
生物科担当の椎名先生のテリトリー。

裏庭に寄ると言うよりはそこに椎名先生の姿を見付けたら寄ると言った方が正しいだろう。
椎名先生が裏庭の奥で自分の花壇を世話している時、野良を遊ばせてる時、何か小さな生き物を見付けて空に翳している時、その瞬間を挙げたらキリが無かった。

先生が何をしているのか知りたかった。何を見ているのか知りたかった。何を感じているのか知りたかった。
だからアタシは椎名先生の下へと駆け寄ってゆく。

『……また来たの?』っていつも眉間に皺を寄せて聞かれるのはめう恒例行事。
邪険に見てくる癖にアタシを裏庭から追い出そうとはしない。だからアタシは安心して、安心する秘密の花園に足を踏み入れることが出来る。

クロッカスのミッションだってまだ終わっていないのだ。










「……でも本当は迷惑だったりして……。」

アタシはぽつりとティーカップに残ったほんの僅かな紅茶を見詰めながら呟く。
その言葉に紫ちゃんとかんなちゃんは当然の如く言い切った。

「本当に迷惑なら態度で示すだろう。」
「そうね。志乃ちゃんがその相手の気持ちを逃すとは思えないわ。」

二人の言葉にアタシは耳まで熱くなった。そして僅かな希望を逃さないように残された紅茶を飲み干す。





この二人には本当に敵わない。
いつか必ず話すから、準備が整ったら聴いてくれる?

笑ってくれても、驚いてくれても構わないから、アタシと椎名先生のこと──。





まだ誰にも言えない
secret moment


(アタシもまだ気が付いていない恋の話の始まりを、)
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