繰り返す繰り返す侵食









引き抜かれた黄色いクロッカスは控え目ながらも着実と元気を取り戻していた。
たった一つの小さな手で。

自分の出番はなかったようだ。
しかし寧ろ放り出してくれた方が今回は有り難かった。





「あ、椎名先生!」

後方から呼ばれて反射的にゆっくりと振り返る。そしてその声の下に野良が駆け寄る。
クロッカスを引き抜いた者であり、今その償いを行っている者である。
俺の生物を教える生徒の一人でもあった。名前は――覚えていない。

ボブの髪を揺らしながら、ルーシーにどことなく似た線の細過ぎる彼女がこちらへとやって来た。
ああ、膝の半月板の浮き出方が綺麗だ。

そしてハッと手元へ視線を戻して花壇の手入れに再び取り掛かる。





春の温い風が吹いて、チューリップのカップのような花弁が重た気に揺れた。
自分の前髪も舞い上がり、目を瞑った。再び目を開いた時には、ボブを揺らした彼女が自分の隣にいることに気が付き、思わず仰け反った。





「……今日は、何の用?」
「……前回の理由を探しに。」

眉間に皺を寄せているであろう自分の不快な表情に控え目な笑顔で返す彼女。
隣に腰を下ろしたが、それは自分との距離に一線を置いているように見えた。
否、置いていてくれている――?

頭の中の疑問符を手に付いた泥を叩きながら消し去ると、もう一度彼女に問う。

「……別に理由なんて探す必要ないでしょ。」
「…………。」

押し黙った。
所詮、風変わりな自分を観察したくなった、そんな生物の研究の一部と同じだろう。
研究をするのは好きだが、被験者にされるのは不快極まりない。
勝手に見られていると考えるだけでゾッとする。
触れられるものならば、突き飛ばしてでも拒否をする。





誰も自分に近付かせない。
そう決めた、三年前――。





「……俺の許可なくここへ立ち入るのは不法侵入。よって迷惑。」

己の口から彼女を拒否する言葉が羅列される。
その言葉に彼女の小さな手が震えるのが視界の隅から見て取れた。
あのクロッカスの罪を償う小さな細い手。





「……でも許可なくても先生は無理矢理アタシを追い出そうとしませんよね。この理由は簡単に出せないんです。」

思いがけない返答に視線を彼女の顔へ上げた。少し主張の強そうな表情がそこにはあった。
小さな手の震えは止まり、小さな拳を握っていた。

「……別に人に触れるのが嫌だからそうしてるだけだし。」
「…………。」

彼女は僅か遠慮がちに笑うと何も言わなかった。
そしてそのまま足にまとわりつく野良の頭を小さな手でゆっくりと撫でる。





やめてくれ。
俺のものに気安く触れないで。
笑顔を向けないで。
そうやって繰り返し、繰り返し、繰り返し……。

胸の辺りがキュッと圧迫されるのを感じた。





好意は脅威だ――。





繰り返す繰り返す侵食

(やめてくれ、脅威を思い出すから。)
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