どうせならもう息もできないくらいにしてくれよ







 
 空は青い。このところずっと晴天が続いている。いつもなら晴れやかな気持ちのはずなのに、私の心はずっと重いままだ。あの日から、私は縛られている。



「……お疲れ様です、名前先生」



 あの人に名前を呼ばれたのは、いったい何年振りだっただろう。鼓膜を震わせる声はあの頃より低くて、きゅっと心臓が苦しくなった。いつも私の手を引いてくれた少年だったあの人。私より少しばかり大きかったはずの背はいつの間にかぐんと伸びて、目元の張りは年相応に失われていた。前よりも傷だらけになった指先と、潜ってきた過酷な任務を纏う雰囲気。私の知らない、でも奥底に燻っていた気持ちを刺激したあの人は、あの時少しだけ悲しそうな顔で笑ったんだ。








 バサバサと持っていた資料が床に広がっていく。驚いて棒立ちになる私に代わって、イルカ先生はしゃがみ込むと私が落とした資料を一枚ずつ丁寧に拾い集めた。「すいません、驚かせるつもりはなかったんですが…」と謝るイルカ先生に、私も慌てて資料に手を伸ばす。

 私が驚いたのは、イルカ先生が突然声をかけたからではない。その口から飛び出てきた名前に、心臓が、止まるかと思った。



「ごめんなさい、えっと、何でしたっけ?」

「だから、はたけカカシ先生はどんな人だったんですか?」

「どんな人、とは」

「先日、面談でお会いしましたよね?その時の印象を聞きたいんです」



 どうぞ、と集めた紙の束を手渡すイルカ先生の表情からは、特に深い意味は読み取れない。ただ純粋に、面談の時のことを聞いているようだった。このところ私の頭を悩ませていた人物の話題に、こくりと唾を飲み込む。はたけ、カカシ。ナルトたちの担当上忍となった彼のことは、たぶんイルカ先生や他の忍たちよりもよく知っている。

 カカシは、優秀な忍だ。強くて責任感があって、誰よりも忍という仕事を理解している。少し怖いところもあって周りの忍からは色々と言われることも多かったけれど、私は彼がちゃんと優しい人だって知っている。眼差しは温かくて、包み込む手のひらは大きくて、かけられる声は柔らかい。大事な大事な、人だった。

 でも私が知っているのは幼い頃のカカシで、彼がどうやって大人の忍として生きてきたのかは、全く知らない。私のせいで、彼との間には溝が出来てしまったから。

 受け取った書類が、くしゃりと音を立てる。あの日の印象なんて、雑念だらけでとてもイルカ先生に話せるようなものじゃない。担当上忍としてどんな人か、なんて見極めることも出来ないくらい、私の頭の中はぐちゃぐちゃだった。



「普通の、忍でしたよ。何か問題でもありましたか?」

「それが…」










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