君に会いたい、僕は会えない




 雨が、降っている。オビトを失って、仲間の大切さを知って、これ以上誰も失ってたまるかと思っていたのに。気を失う前に起きたことを思い出して、くらりと目眩がした。

 霧隠れの里に拐われたリンをようやく助け出し、木の葉に向かっている途中。霧隠れの連中に“何か”をされたと気づいていたリンは、木の葉の里を守るために、自ら俺の雷切に突っ込んだ。オビトにリンを守ると約束したのに、俺が、リンを殺した。

 気づけば俺は気を失っていて、増援が来た頃には周りにいた敵も全て死んでいた。俺の意識がなかった間に何があったのかは分からない。ただあるのは、リンが死んだという現実だけ。



「………守れなくて、ごめん」



 血まみれになってしまったリンを腕に抱けば、もう温かさは感じられない。里を出るときに泣きそうな顔で俺たちを見送った名前が脳裏に浮かんで、抱きしめる腕に力を込めた。今は戦争中だ。犠牲はつきもので、俺たち忍はいつ死んでもおかしくない。そう、分かってはいるけれど。

 せめて亡骸はちゃんと連れて帰ってやろう。木の葉までの道のりの中、俺は手伝うと言ってくれた仲間の言葉を聞かずに一人でリンを抱いた。すでにボロボロで力も入らなかったが、他の人に託す気にはなれなかった。ちゃんと、リンの両親と名前に謝らないと。オビトにも、伝えなければ。木の葉の里が近づくにつれ、どんどん胸が苦しくなっていく。俺は、何一つ守れなかった。



「カカシ…ッ!」



 木の葉の里について、すぐ耳に入ったのは名前の声だった。その後ろには、リンと名前の両親も立っていた。俺がリンが拐われたと応援要請をしたから、心配して帰りを待っていたのだろう。俺を見つけた名前は安心したような顔で駆け寄ってきたけれど、腕に抱かれたリンの姿を見てすぐに足を止めた。



「………名前」

「お姉ちゃん…どうして……その傷って…」



 リンの胸にポッカリと空いた、手のひらサイズの穴。真っ赤な血に塗れた俺の右腕。いつも鍛錬を近くで見ていた名前ならすぐに分かる。これは、雷切でできた傷だと。



「嘘だよね?…お姉ちゃん、生きてるよね?」

「ごめん、名前。リンはもう……」



 しとしと。空から降ってくる雨とは別の雫が、名前の大きな瞳から溢れた。こんなに歪んだ名前の顔を、今まで見たことがあっただろうか。もう動かないリンの亡骸を両親の前に下ろすと、名前はすぐに俺の腕を掴んだ。名前の小さな手が、俺の腕を力一杯握っている。弱々しく震えるその手を、俺は振り解くことも握ってやることもできなかった。だって俺の手は、血に濡れているから。



「なんでッ……なんでお姉ちゃんを!」

「名前、やめなさい」

「お姉ちゃんを返してよ!!」



 俺を必死に揺さぶりながらも、名前の瞳からは次から次へと涙が溢れてくる。守りたかった名前の笑顔は、どこにもない。ぱしゃぱしゃと雨粒が跳ねる音と、名前の叫ぶ声しか聞こえない。どんなに濡れても、俺の腕についた血は流れてはくれなかった。



「この……人殺し──…!」












「ッは……!!」



 苦しさに目を覚ませば、視界に入ったのは薄暗い自分の部屋の天井だった。カーテンの隙間から覗く空はまだ暗く、朝日も昇っていないようだ。

 今のは、夢だ。もう10年以上も見続けている、あの日の夢。

 あの後きちんと両親にはリンが亡くなった経緯を説明して、彼らも理解を示してくれたけれど、名前も、俺も、俺が許せなかった。いつも一緒だった名前とはたまに里で顔を合わせる程度になり、次第に姿を見ることもなくなった。ちゃんと謝りたかったけれど、どんな顔をして謝ればいいか分からなかったし、謝ったってリンは帰ってこない。俺の姿を見せることで名前が苦しむかもしれない、そう思うとどうすることもできなくて、もう随分と時が経ってしまった。

 それなのに、今。今になって、名前は突然目の前に現れた。アカデミーの講師になっているなんて知らなかったし、まさか自分が担当上忍として関わることになるとは思ってもみなかった。久しぶりに会った名前はいつの間にか大人になっていて、あの頃の気持ちが自然と湧き出してくる。

 名前は、綺麗だった。



「今でも好きだなんて……馬鹿みたいだな」



 名前を傷付けたのは俺だというのに。彼女に再会できて、嬉しいと思ってしまう自分がいる。許されるはずがない、そう思いながらもまた昔みたいに戻りたいと考えてしまう。そんなこと、あり得ないのに。



「……名前」



 もう呼ぶことはないと思っていた、名前の名前。口に出しても部屋に響くだけで、返事なんて返ってくるはずもなかった。










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