「名前、今日から班を組むことになったカカシだよ」
中忍になって数年経った頃。かつてアカデミーで同期だったのはらリン、そしてうちはオビトと班を組むことになったと知ったのはつい先程のこと。親睦を深めるために家族を紹介したいと言うリンに連れられてやってきた公園で、彼女に声をかけられた少女は砂まみれの顔を上げた。
歳は3歳ほど下だろうか。まだ幼い名前と呼ばれたその少女はリンに似ていて、まん丸の目で俺を見つめた。
「妹?リンに少し似てるね」
「名前っていうの。ほら、挨拶して」
俺と違って忍ではない家庭に生まれたせいだろうか、戦争も争いも知らないその子はヘラりと平和な笑顔を見せて「名前です」と拙い口調で名乗った。
名前。彼女との記憶はここから始まった。
それからいつの間にか、名前のお守り役は俺になっていた。理由は簡単だ。俺よりもリンとオビトの方が鍛錬が必要だったから、必然的に余った俺が名前の面倒を見ることになったのだ。
二人が演習場で励んでいる横で、俺と名前はよく花を積んだりお喋りをしたりと、それはもう平和な時間を過ごしていた。父さんが亡くなってから、なんとなく人との関わりを避けていたけれど、能天気な名前と過ごす時間は嫌いじゃなかった。
「私ね、来年からアカデミーに通うことにしたんだあ」
「は?」
いつものように演習場の隅っこに生えていたシロツメクサを摘みながら、名前はなんてことない世間話のような口調でバカみたいなことを言い出した。名前の両親は忍ではないし、今は戦争中。自ら忍になりたいなんて、普通の人間だったら言わない。突然何を言い出すんだと呆れた顔で名前を見たけれど、名前は得意そうに笑うだけだった。
「それ、おじさんやおばさんには話したの?」
「うん、昨日ね。そしたらすっごい怒られちゃって」
「それで朝ブサイクな顔してたわけね…ま、当然だけど」
「だってあんなに怒ると思わなかったんだもん」
ぷうっと頬を膨らませた名前は、花冠を作るのに最適な花を一つ一つ選んでいく。朝リンに連れられてやってきた名前は、これ以上ないくらいに目が腫れていてとてもブサイクだった。どうせ喧嘩でもしたんだろうとは思っていたけれど、予想もしなかった喧嘩の原因にはため息が出る。そこら中伸びた雑草を掻き分けながら、名前が忍をやっている姿を想像してみたけれどやはりしっくりこなかった。
「今戦争中なんだぞ?怒られるに決まってるでしょ」
「でもお姉ちゃんだって忍だよ?」
「それは、そうだけど」
「私だって忍になって、木の葉の里を守るの!」
集めたシロツメクサを結びながら、少しずつ花冠が完成していく。名前はこうして、里の安全な場所で花冠でも作っているのが似合っている。何も考えずにヘラヘラ笑って、「おかえり」と笑って、疲れた時に傍にいてくれる。それだけで、いいのに。
「私ね、大人になったらカカシみたいな強い忍者になりたいの」
目尻を垂れ下げて、バカみたいに名前が笑う。その笑顔を守りたいと思う反面、忍として必死に頑張ってきた自分に憧れてくれることが、嬉しかった。規律を守るあまり周りとの距離ができていくのを感じていた。いくら優秀と言われても、少なくともいい印象を抱かれていないのは分かっていた。それでもそれが忍としての正しい道だと信じているし、その考えを変えるつもりもない。そんな俺みたいになりたいと言ってくれる、名前の言葉が嬉しかった。
「名前の実力じゃ無理だと思うけど…ま、頑張ってみれば?」
名前が忍になりたいと言い出した時は反対しようと思っていたのに、気づけばそんな言葉が口から溢れていた。名前の髪についていた葉っぱを払いながら頭を撫でてやれば、名前は嬉しそうに笑う。出来上がった花冠を乗せた名前は戦争とはほど遠くて、こんな時間が続けばいいのにと思う。妹みたいなものだと思っていたけれど、最近は違う。リンもオビトも大切だけれど、それ以上に、名前を守りたいと思う。多分、これは、オビトがリンに向けている感情と同じものだ。
「それでね、そしたらね、その時は、私をカカシの───」
「カカシ!名前!そろそろ帰るぞー!」
眩しい夕日を背に名前が何かを言いかけたとき、遠くでオビトが俺たちを呼ぶ声がした。もう鍛錬を終えたのか、帰り支度をした二人がこちらに手を振っている。いつの間にこんなに時間が経ったのか、立ち上がって服についた土を払った。
「今行く!…ごめん名前、何?」
「…ううん、なんでもない!」
「何、気になるじゃない」
「私がお姉ちゃんよりもすごい忍者になったら、その時に言うね!」
「何それ?ま、いいけど」
帰るよ、と手を差し出せば、名前は自然とその手をとった。俺よりもだいぶ小さな手。こんな手で本当に忍なんかなれるんだろうか。キュッと優しく握られた手は温かくて、同じ力で握り返す。それだけで花が咲いたみたいに笑う名前は、とことん平和なやつだ。この笑顔を守ってやりたい、そう思っていたのに。それを壊してしまうのが自分だなんて、その時は思ってもいなかった。