ここは小晴灘と呼ばれる、船人が恐れる海のある町。

その町の庭園の橋の上、佇む少女が一人。

まだあどけなさの残る風貌をしている彼女は、近所では有名な美少女だった。

若くして、高月という立派な家柄の若旦那の元に嫁いできた少女。

よく出来た妻であり、才女の風格も備わっている。

小晴灘の乙女と呼ばれる、彼女はしかし。

毎夕、庭園の橋に来ては、『太一郎、太一郎…』と呼ばわるのだ。

今日もまた、太一郎と呼ばわる。

仕方なしに俺は行くのだ、彼女の元に。

「何だ…用もないのに呼ぶな」

俺は出来るだけ不機嫌そうな顔をしていう。

彼女は別段気にした風もなく聞いてくる。

「太一郎、今日はたんと美味い飯を食ったのかい?」

「何故、わかった?」

橋の上で交わすのは、他愛のない話だけ。

「あら?何時もより艶やかな玄をしているから」

(嗚呼、これのことか)

「これだけが、取り柄だからな俺は。今日は、港で魚を失敬してきたのさ」

決まって笑うのは彼女で、俺は何時でも憮然としている。

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mae : ato bkm
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