●○9●○


毒ガス室は隣。
ドアが開く時にキィと嫌な高い音が鳴る。

「……っ……入れ」

看守の振り絞って出した掠れた声に
蓮は心臓を捕まれる思いだった
もはや、蓮は息をしていない。
出来ないのだ。

虎之介の足音、コンクリートに響き、吸い込まれる
看守の靴の音、閉められる毒ガス室の扉の音。
全部が全部蓮の耳へと入っていく。
そして、シューとガスの嫌な音も響いた。
息を忘れていた蓮の喉は
ヒューと高い音を出しながら息を吸い込んだ。

沈黙を破るかのように
虎之介は蓮の部屋に繋がる壁の方に手をつけて
喋り出した。

「…蓮、聞こえる?
この部屋な、暗くて暗くて嫌いだよ」

蓮は毒ガス室の部屋に繋がる壁の方に手をつけて返事をする。

「僕も暗いのは…嫌い
一人ぼっちも嫌い」

「俺も一人は嫌い。でも、蓮がいる」

壁越しの虎之介は照れ臭そうに
笑っていると蓮は確信していた。

「僕は、虎がいなくなったら一人ぼっ……」

虎之介が何時ものように蓮の言葉を遮り話始める。

「大丈夫だよ、蓮にはあの女の子がいるじゃんか」

蓮は自分の目に溜まった涙をぬぐいとった。

「虎…」

蓮の声が少し震える。

「ん、何?蓮」

「頼りない僕でごめん」

壁に着いている蓮の手も震える。
壁の向こうの虎之介はクスっと笑った

「何で、蓮は頼りなくなんてないよ
さっき俺の為に看守達に目一杯喋ってくれたろ?
ここに入るまで俺の家族とか逃げるの助けてくれたろ?
ここに入ってからだって、俺をいっぱい助けてくれたろ?
すごくすごく助かったんだ」

「……でも、結局今、助けられてない」

虎之介は少し咳き込み
力強く蓮に言った。

「蓮は馬鹿だよ
俺は今も助けてもらってるんだ
ただ、死ぬんじゃない
一人で死ぬんじゃない
蓮が、居てくれる」

虎之介のはっきりとした言葉に
蓮は弱々しく「ありがとう」と呟いた。
それと同時に蓮は瞳に溜まった涙を拭った。
いくら拭っても拭っても
蓮の瞳が乾く事は無かった。
虎之介が“俺が死ぬ時は泣かないで”と言ってなかったらとっくのとうに
蓮は崩れていた。

その時、虎之介が激しく咳き込んだ。
渇いた咳きではなく濁った咳だった。

「げほっ、カハッ…うっ」

「虎?!!!大丈夫か?!」

虎之介は小さく「うん」と返事をした。
蓮は壁を殴っていた

「………はっ………はっ
蓮、何…してんの」

「こんな壁、壊せば虎之介を…」

虎之介は蓮の言葉を遮る。

「止めろ!拳、痛める…
蓮、れん…いい事教えてあげるよ」

蓮は壁を殴るのを止めて
虎之介の声に耳を潜める。
拳にはうっすら血が滲み、赤紫色になっている。

「いい…事?」

「うん。あのさ晴れたら…空を見てね
俺がいるよ…元気がでるよ
俺が空から見てるからさ、なら………
蓮も、寂しくないよな?」

「虎之介……うん」

壁の向こう側で虎之介が笑った気がした。
それからは虎之介の喋る回数がぐっと減った
苦しそうに喘いでいる呼吸音が時たま
壁越しに聞こえる程度だった。

ほぼ、蓮だけが喋っていた

「虎之介、ありがとう僕の親友でいてくれて
いくらありがとうって言っても終らない
でも、こんな時だから虎之介には…
虎之介が僕に泣くなって言った意味が今わかったよ」

溜まった涙を拭って
もう一度、虎之介、と蓮は小さく呼んだ

「虎之介はこんな時だから
僕に笑って、ほしかったんだよね」

虎之介は少し掠れた声で言う。

「自分がいなくなっても
蓮が強くいてほしいから
自分も安心したいから…
………お兄ちゃんだから」

蓮は何度も目元を拭う
やはり、拭っても拭っても
涙は枯れない。

「虎、僕の事お兄ちゃんなんて呼ぶんだ
照れるな、僕」

少し裏返る声で蓮は笑った。

少しの沈黙の後、虎之介は最期に一言だけ言った。

「蓮……は…俺の、最高の……親友…
あり…がとう、」

トサッと虎之介の体が倒れた音がした
蓮は涙声で、虎之介に最期の言葉を言う。

「ぼ…くも、虎之介が…親友だ
忘れない、忘れないから
虎之介、ありがとう」

最期、虎之介は泣いていた。
そんな気がする。
静かだが、嗚咽が聞こえた気がした。

看守の足音が近付く。蓮達の話が終わった事に気が付いたのだ
キィとガス室の扉が開く音がする
蓮は壁についていた手を離し看守達を見送る
看守達も泣いていた…
通りすぎて行く時に看守2人は
蓮に静かに頭を下げて行き
それにつられるように
蓮も、小さく頭を下げた。

蓮は、看守達が通りすぎた後
泣いた、声が枯れるまで
涙が枯れるまで…

実際は涙が枯れても、声が枯れても泣いていた。











『明日は晴れるかな?』










そう言っていた、虎之介を失ったから。






















―――朝

静かな部屋に、紙飛行機。
蓮の目に涙は無かった。

何時もの通り看守がやって来る。
そして、蓮は笑顔になる。

「今日は晴れだ」

蓮は小窓に近付き、空を見上げる。

虎之介が笑っている。

蓮はそう思った。
今日は、とても深い青空。

「空が、綺麗
虎……お前も見てる?」

とても綺麗な青い空を―――。


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