61 炭酸の抜けたジュース

「ちょっとバスが小さい。そこは“だんだん大きく”だから、もっと盛り上げろ。んじゃ茜、ちょっと戻ってもう一回。」

「はーい。」



丸井も加わった3年B組は、男子もようやくやる気を出してくれて猛練習の日々。
やっぱり丸井の影響力はすごいなーと思いつつ、



「だーから、アルトがソプラノにつられてんだよ。ちゃんと音符読め。はい、もう一回。」

「……。」

「ストップストップ。今ソプラノの誰か歌詞間違えたろ。ソプラノは間違えたらバレバレだからな、気をつけろよ。それから茜と仁王、」

「は、はい。」

「お前ら途中から速くなってるぞ。メトロノームでテンポ直せ。」

「…はーい。」



ちょースパルタなんですけど。
みんなもちろん文句は言わないけど、丸井の言うことはいちいち正しいし。団結力っていうか、女子はもちろん男子にも支持されてるせいか、丸井に注意受けたら「よし、次は頑張るぞ!」みたいなやる気出ちゃってるし。何この統率力。洗脳されてんの?

確かに先生じゃなくてこんなふうに生徒が引っ張っていったら、勢いも出るよね。さすが丸井だ。



「茜、最初からやり直しだ。」

「はーい。」



丸井に促され指を鍵盤に乗せると、何だか指が重く感じた。
小さい頃ピアノを習っていたとはいえ、最近じゃほとんど弾いてなかったし。おまけに連日の練習、今日は特に間違えてやり直す回数も多い。だからか、疲れが出てんのかな。

でもそんなことも言ってられない!…と、指揮の仁王を見たら、自分の左手で右腕をマッサージしてた。
あたしの視線に気付いたのか、すぐに構えて目配せした後、再び指揮を振り始めた。

そうか。あたしも疲れてはいるけど、仁王だって疲れてるんだ。むしろ仁王のほうが、腕全体を振らなくちゃいけないわけで、しかもこの曲はテンポが速い。疲労がもっとたまってるかも。



「?」

「茜?」



いつまでも合わせて弾いてこないあたしに仁王が不思議な顔をすると、すぐに気付いた丸井に呼ばれた。



「どーした?」

「あ…えーっと…、」



仁王は相変わらず表情も変えず文句も言わず、疲れてても頑張って振ってたんだ。弱いところは見せたくないんだろうな。仁王らしい。



「あの、…ちょっと指疲れちゃった。休憩してもいい?」



少しぐらい休憩させてあげたい。仁王ではなくて、あたしが言ったほうが丸井には効果があると思った。
こんなこと考えてるなんて仁王自身が知ったらきっと、大丈夫じゃって拒否しそうだけど。



「あー悪い、さっきから弾かせっぱなしだったな。指大丈夫か?」

「うん、大丈夫。ちょっと休めば。」

「そっか。ごめんな。んじゃパート別練習にするか。茜と、あと仁王。お前ら休憩行ってきていいぜ。」



その言葉に一瞬、仁王がうれしそうな顔をしたことを、あたしは見逃さなかった。言ってよかった。





「どれにしようかなー…と、」

「これオススメ。」

「あっ!!」



休憩として二人で学食にきた。そしてあたしが自販機でジュースを選んでると、横から仁王の指が伸びてきて勝手にボタンを押されてしまった。出てきたのはスポーツドリンクっぽいもの。



「ちょっとー!」

「疲れてるときにはスポーツドリンクが一番じゃき。」



見ると仁王は炭酸オレンジだった。そういうなら自分で飲みなさいよ。自分のが疲れてるくせに。



「あたしも炭酸がよかったのに。」

「好きなんか?」

「疲れてるときこそ炭酸でクーってなりたいじゃん。」

「お前オヤジか。」



ははっと笑った仁王は、ぐびぐびっと美味しそうにジュースを飲むと、あたしに差し出した。



「…え?」

「交換するか?俺そっちでもいいぜよ。」



交換って交換って交換って…。
そんなのしたら間接キスじゃない!なんてふしだらな!たるんどるよ!

でもけっこうおいしい……、いや、普通にうれしい。



「あ、じゃ、じゃあ…、」



言われるがままに交換した。仁王はすぐにスポーツドリンクを飲みはじめ、背を向けて歩くと近くの席に座った。

あたしも慌てて仁王の後を追い、向かいの席に座る。

放課後の学食は、お昼休みと違って人気は少ない。ちらほら勉強する人が見えるぐらい。受験する人かな。静かだ。

その静かな雰囲気に合わせるように、仁王もいつもより小さな声で話し始めた。



「あーやっぱ疲れるのう。」

「そ、そうだね。」

「あいつ完全にスパルタじゃな。」

「ねぇ。しばらく休んでたから、元気有り余ってんじゃないの。」

「かもな。」



目の前の仁王は、やっぱり余程疲れてたのか、飲むスピードが速い。もうすぐ終わりそうだ。あたしも飲まなければ。

……と思っても、なかなか口がつけられない。だって間接キスじゃん。まぁ今まで誰かしらとやったことあるだろうし、前に部長ともやったことあるけどさ。

そういえば部長。最近部活で見ないけど、元気なのかな。



「ねぇねぇ。」

「ん?」

「部長さ、元気?」

「部長って、赤也?」

「違う、幸村。」

「あー幸村。って、お前いまだに部長呼びなんか?」



確かに。今のテニス部部長は赤也だけど。なんとなくクセ?というか慣れで部長って呼んじゃうんだ。赤也も幸村部長って呼んでるし。あいつの場合はただ怖いだけだろうけど。



「ちゃんと名前で呼んでやりんしゃい。」

「名前って…、精市?」

「いやいや、違う。幸村。名前はやめとけ。」

「名前はまずいの?」

「なんとなく。」



まぁ別に名前でなんて呼ばないけどさ。部長を名前呼びするのは柳だけだし、あたしには合わない。
でも「幸村」もなぁ。呼び捨てってかなり勇気いるよこれ。かといって「幸村君」もなんか、柳生っぽいし。あ、丸井も「幸村君」か。



「まぁ、慣れたら呼ぶよ。…で、部長は?」

「は?」

「だから、元気かって。最近会ってないんだよね。学校来てる?」



仁王は、たぶん最後の一口だったんだろう。缶を垂直に傾けて飲み干した。
コン…と、机に缶を置いた音が静かな学食に少し響いた。



「学校には来ちょる。部活にはいないのう。」

「なんで?もしかしてまた身体悪いの?」

「さぁな。あいつ、俺らにはなんも言わんし。」



そう言った仁王は少し寂しそうに見えた。
仲間には頼ってほしい。誰だってそう思うはずだ。特に苦しいときは。

でも部長は、手術のことも部員には知らせなかった。詳しい病状も、部長からではなく柳から聞いたって丸井が言ってた。心配かけたくなかったんだろうけど、きっと寂しいんだろうな。仁王も例外じゃないはず…。

いや、仁王は特に、だ。なんでかはわかんないけど、仁王と部長の関係は、なんか特別な感じがする。もちろん仁王は柳生や丸井と仲いいし、部長は弦一郎や柳とのほうが絆は深いんだろうけど。
でもなぜか、仁王と部長、二人で話しているのを見たとき。なぜか不思議な感じがした。



「それより、」

「?」

「合唱コンの後なんじゃけど。」

「うん。」

「予定あるか?」



予定?…は特にないけど。あたしなんて学校以外年中休みだし。あ、今はたまに部活行ってるけど。

でも合唱コンの後なら、もしかしたらクラスで打ち上げに行くかもしれない。まだ決まってないけど。



「あ、もしかして打ち上げ?」

「いや、」



仁王は腕を伸ばすとあたしからジュースをさらった。いつまでたっても口をつけないあたしを見て、いらないと思ったのかな。



「二人でどっか行かんか?」



嫌ならいいんじゃけど、と付け足すと、あたしから奪い取ったジュースをごくごくと飲んだ。

あたしだって飲みたいのに。なんだか意識しすぎて飲めなかったんだ。てゆうか仁王がさらにそんなに飲んだら、あたしもう口付けれないじゃん。



「い、嫌じゃない!」

「…お、おう。」



あたしが力みすぎた返事をしたせいで、仁王は一瞬ジュースを吹き出しそうになった。ごめん。

でも力んじゃうよ。二人でなんてデートじゃんデート…!今まで二人っきりでわざわざどこかに行くってなかったから。

初デートだ。



「ど、どちらへ?」

「んー、まぁ、考えとく。」



仁王はフッと笑うと、ごちそうさんと言ってあたしにジュースを返した。
そして立ち上がり、大きく伸びをする。



「さーて、もうひと頑張りじゃな。」



あたしも立ち上がり、ジュースを持つと、まだ半分ぐらいは残ってた。残りはあたしに飲めと。

でも今は無理だから、帰り…いや、家に帰ってから……、炭酸抜けて甘ったるくなってそうだけど。



「そういや、指大丈夫か?」

「は?」

「痛くないかってこと。」



思わず自分の指を見ると、しっかり両手でさっきの缶ジュースを握っていた。こんなに必死に抱えちゃって、どんだけ大事そうにしてるのか。ばれたらどうしよう。



「全然大丈夫だよ。」

「へぇ。」



仁王は意味ありげに笑うと、俺ももっと体力つけんとなぁと呟いた。

それから二人でみんなのところに戻り、再び練習を再開した。
合唱コンまであと少し。頑張らなきゃ…!

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