60 小さい秋

「…〜♪〜♪」



部活終わった後の部室、隣で着替える仁王先輩から鼻歌が聞こえてきた。今日はやたらと上機嫌らしい。



「なんかいいことでもあったんスか?」

「ん?別に何も。」

「ふーん。」



明らかにあんだろ。時々見せるニヤっとした顔。そんでハッと気付いてすぐ何もないかのような顔に戻る。



「茜先輩と仲直りしたとか?」



なんか昨日、茜先輩怒ってたっぽいし、ケンカでもしたのかなーって思った。あのあとの仁王先輩もやたら機嫌悪くて話しかけらんなかったし。
でも一変して今日はご機嫌。きっと仲直りしたんだと、俺はみた。



「もともとケンカしとらんし。」



あーハイハイ、その顔見りゃわかるっス。仲直りしたんスね。よかったっスね。

最近の仁王先輩は、詐欺師のくせによく感情が表に出る。今みたいに、きっとうれしかったんだろうことは口に出さなくても顔に出てる。
前までは、怒った顔は稀に見るぐらいだった。丸井先輩いわく、あいつはけっこうアホ臭い理由で不機嫌になるぜって話だったけど、俺には不機嫌な仁王先輩の顔とか喜んでる仁王先輩の顔とかの区別がつかなかった。

でも最近はわかるようになってきた。機嫌良さそうだったら、あ、茜先輩となんかあったんだなとか。悪そうだったら、茜先輩となんかあったのかよとか。…両方一緒か。



「仁王先輩ー。」

「なんじゃ?」



振り向いたその顔は、やっぱり機嫌良さそうだ。

俺的には、仁王先輩は茜先輩が好きだと思うんだけどよう。あの夏祭りのあとぐらいだったか、丸井先輩に、しばらく茜に仁王の話は禁句なって言われてはや1ヶ月。もしかして茜先輩が振られたのかと思ったけど、結局何があったのか聞いてねぇ。



「こないだの試合、元カノサン来てたっスね。」



言ってから、何を言ってんだと自分でツッコミたくなった。こんなこと言ってどーすんだって。せっかく丸井先輩と、この件は見て見ぬふりで通すぞって決めたのに。

ちょっと意地悪したかったのかもな。らしくねー、ウダウダやってる仁王先輩に。あっちはアンタにベタ惚れなんだから、有り難く頂いちまえよって。茜先輩だけに、うらやましさもあった。



「ああ。ちょっと話した。」



すぐ不機嫌になるかもって思ったけど、案外顔色変えずに答えられた。



「へぇ。まさか、ヨリ戻したんスか?」



俺なりの揺さ振りだった。ここで、ああそうじゃと言われても困ったけど。



「なんで?」



逆に聞き返されて、俺は言葉に詰まった。確かになんで?って感じだけど。逆になんでなんで?って感じだよ。なんで、なんで?なんだ?…あれ、なんかよくわかんなくなってきた。なんでのなんでだから、なんでなんで?……って、余計わかんねーぞ。

よし、深く考えんのはよそう。



「ただ気になっただけっス!」

「あ、そ。」



仁王先輩も大して突っ込まず、かといって語るでもなくこの話は終了した。

なんつーか、俺、もうちょい賢くなんなきゃだな。…いや、そんなバカでもないけどよ、やっぱり仁王先輩とか柳先輩と話すときはもうちょい頭の回転がいるよな。柳先輩は俺の分まで考えてアシストくれるけど、仁王先輩はよくわかんねぇまま終わらせちまうし。



「赤也、下取って。」



仁王先輩が机の上に無造作に放ってある制服のズボンを指差した。これだからAB型は…。几帳面だったり不精だったり。

そんなことを考えながらズボンを投げたら、ポケットからなんかが落ちた。
青い入れ物の。ヤクルトぐらいの大きさ。

そしてすぐに仁王先輩はそれを拾い上げた。
あれ、なんか前もあったなこーゆう感じ。



「お前さん、センパイの物なんじゃからもっと丁寧に扱え…、」

「それ、シャボン玉っスか?」



ぶつぶつ文句言う仁王先輩を遮って再び“口撃”。
やーっぱ俺、賢いかも。見たことあるぜ、それと同じやつ。あっちのやつは、紐付きだけど。



「だったらなんじゃ。」



ちょっとしかめっ面になった。無敵のポーカーフェイスが崩れた。でも別に不機嫌じゃねぇ。



「ただ気になっただけっス!」

「…あ、そ。」



へへっ。仁王先輩の弱点見ーっけ。肌身離さずってやつっスか。おそろいか?気付いてんの俺だけ?丸井先輩も知らねんじゃね?やっぱ俺賢いじゃん。



「さてと、さっさと着替えて飯行きましょう!」

「財ふ…じゃなくてジャッカルも呼ぶか。」



俺はこのとき、この流れで、安心したんだと思う。別に今まで心配してたわけじゃなかったけど。なんだ、もう大丈夫じゃんって。

だからか、もうちょっと後。けっこう余計なこと言っちまうんだ。このときは気付かなかったけど。
やっぱもうちょい賢くなりてぇ。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「おっす!」



週末の休み明け。騒がしくガラッと扉を開けた音がするかと思えば、丸井だった。

今週から学校来るって仁王に聞いたけど、本当に大丈夫かなって心配してたところだった。

丸井は扉すぐ近くの自分の席に座った。静かだったあたしの隣、ただその赤い色が加わっただけで、うるさく感じる。



「丸井!」

「よぉ、久しぶり。」

「ひ、久しぶり。」



ちょっと言葉に詰まってしまった。なんか久しぶりって恥ずかしい。別に相手は丸井だし恥ずかしがる必要なんてないんだけど。

会いたかったっていうのが本音だ。



「なんかお前、俺いなくて情緒不安定だったらしいじゃん。」

「…は?」

「仁王が言ってたぜ。」



情緒不安定!?何言ってんだあの詐欺師!詐欺師ってゆうか嘘つき師?どっちかってゆーとあんたに問題ありだったんですけど。あんたが一番の原因だったんですけど。



「違うし!仁王が…、」

「仁王が?」



また、丸井はあたしが仁王の話をするとすぐ心配そうな顔して。なんか弦一郎の過保護っぷりが丸井にうつってる気がする。

まぁ確かに仁王が一番の原因とはいえ、仁王だけのせいでもないし。丸井が来たからにはもう大丈夫だし。



「いや。何でも。」

「なんだよ?言えよ。」

「いやいや、もう大丈夫。…それより丸井は?もう大丈夫なの?」



あたしには過ぎた過去よりそっちのが心配。見た目元気そうだけど、そこんとこどうなのかと。

おもしろおかしく聞きたいわけじゃないし、言いたくなければ問い詰めない。ただ安否だけ教えてほしい。



「ははっ、んな心配した顔すんなって!別に俺になんかあったわけじゃねーから。」



あたしの心配が伝わったのか、丸井は吹き出した。
あたしも弦一郎や丸井の過保護っぷり、十分うつってる。



「そうなの?」

「ああ。まぁちょっと…、親戚のおじさんが亡くなってさ。親戚っつっても遠いし、最後に会ったの幼稚園だったから覚えてないんだけど。」



思っていた家庭の事情ではなかった。そのことは安心したものの、遠かろうが身内が亡くなったこと、その気持ちを察した。

あたしが黙っていると、また丸井は笑った。本当は悲しいのに我慢してるんだろうか。



「そんな気使うなよ。でも…、なんつーか…変な気になったんだよな。」

「変な気?」



あたしは身内に亡くなった人はいないし…、まぁ父親はいないけど。そういう境遇にあったことはない。あくまで丸井から聞いた範囲での想像だけだ。



「やっぱ母ちゃんとかばあちゃんは泣いてて、俺はそれ慰めてたんだけど。逆に弟たちは無邪気に遊んでて。なんか…ギャップっつーか。」



さっきまで笑ってた丸井から笑顔が消えて、何かを深く深く考えているような、そんな顔つき。



「俺は泣きそうじゃなくて。かといって弟たちみたく元気でもなくて。やけに冷静に周りとか観察してた。」

「うん。」

「人が亡くなって悲しいとか、あと嬉し泣きとか悔し涙とか、そーゆうふうに泣くのって、ちょっと大きくなってからじゃね?」



確かにそうかもしれないと頷いた。小さい頃はすぐ泣く。転んだり、親に怒られたりして。反射的に泣く、というか。

でも自分の感情で、うれしかったり悲しかったり悔しかったりで泣くのって、ちょっと大きくなってからかも。

もし、あたしの父親があたしが本当に小さい頃にいなくなってたら、あたしは泣いただろうか。
もし、仁王とのことも、あたしがまだまだ子どもだったら、泣いただろうか。



「そーゆうのって、いろいろ経験した後なのかもな。そーいや俺、小学生の頃なんて試合負けても泣かなかったし。」



そう言って、また笑った丸井は、あたしよりちょっぴり大人に見えた。たった数日間会わなかっただけなのに。相変わらず派手な髪の毛と女の子顔負けの可愛らしい顔。あたしより幼く感じるときもあるけど。

“いろいろ経験”して、大人になるんだ。



「でもこれだけは言えるぜ。俺は、テニス部のやつがもしいなくなっちまったら。死んでとかじゃなくてもな。絶対泣く。悲しいことがあったら、一緒に泣く。」



タイミング悪く、先生が教室に入ってきた。今いいとこなのに。丸井が、すっごくすっごくかっこいいこと言ってるのに。



「だから何かあったら絶対言えよ!」



最後の言葉は、みんなが起立する音に紛れた。でもあたしの耳にはちゃんと届いたよ。だからあたしは力強く頷いた。

親友の丸井との約束。守りたいって思った。
強くそう思ったんだよ。

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