100 歩き出した恋

友達の恋が終わった。これできっとあたしの恋も。

でも、そんなあたしの予感を覆すように。
茜は、前を向いてた。

いつか思った、あたしとは考えるポイントが違うって。茜はあたしみたいに前向きに恋を頑張れないって言ってたけど、それはまったく逆だ。
茜こそ、前向きに頑張ってた。

それはうらやましくもあり、妬ましくもあった。

だから一度だけ、揺さぶった。合唱コンの最中。こんな茜が緊張してるときに最低な友達だって、思った。



「真田君って、ほんとに茜が好きなんだね。」



ほんとにそう。茜が仁王君が好きだと気づいてても思いは変わってなさそうだった。

茜は、思った通りすごく動揺してた。自分でも薄っすら、思うところがあったんだろうか。

でもそれは、まず丸井に否定された。丸井だって前に、たぶんそうだろうよって言ってたのに。

そしてそのあと、柳にはこっぴどく叱られた。
初めてだったかも。叱られたの。



「前にも言ったな。お前のものと弦一郎のものは、同種ではないと。」



あのときもだけど今も。言ってる意味がわかんなかった。同種ではないって、人が恋することに、そんな種別はないでしょう。



「真田君は、茜が好きなんだよ、絶対。」



そうあたしが悔し紛れに言うと、柳は一つ、大きなため息をついた。



「弦一郎は、表に出すことはない。絶対。」



え?って思った。それじゃああたしの言ってることはそのまんま、正解じゃんって。
でも柳はまた、わけのわからないことを言った。



「好きという気持ちは表へ出すことで一つの形になる。」

「…?」

「だが弦一郎は、その相手にはもちろん例えそれ以外であっても、自身に対してさえも、それを出すことはしない。」

「…それは、どーゆう?」

「形にせず、心の奥底に仕舞い込む選択もある、という話だ。」



ますますわけがわからなくなった。
でもあたしなりにそれを解釈すると。

つまりはやっぱり真田君は茜が好きだけど、それを本人に伝えることはもちろん、他の誰かに話したりはしないし、自分自身でも意識しないよう選択したってこと?
そしてそれは、表に出さない真田君の心の奥底にしまいこんだそれは、あたしのものとは違うって。

あたしは柳にも茜にも、他のテニス部員にも知られてる。表に出してる。そしていつか告白する可能性もある。フラれてもそれは一つの形だ。
そこが違うって?



「…そんな、そんなことないよ。」

「……。」

「言わなきゃ、表現しなきゃ恋じゃないなんて、そんなことない。」

「……。」

「みんながみんな、好きだと表現できるわけじゃない。柳みたいに理屈で考えるもんじゃない。」



そうだな、と、あたしの張り上げた声に反論もせず柳は小さく呟いた。少し悲しそうな顔だった。
何なのよ。何でそんな顔してるの。

いつもの柳節であたしを言い負かしてほしかった。



しばらく経ったあと、一つの朗報が届いた。
茜が、仁王君と付き合うことになったって。高校は離れても頑張るって。

傍から見てて、まぁ仁王君も好きだろうなとは思ってたけど。

それはうれしさとともに、ついに恋の終わりを、あたしに突きつけた。



ずっと体調はよかったのにな。
あたしはその話を聞いたあと、貧血で、保健室に運ばれた。

放課後まで保健室で寝てて、さぁそろそろ自分の鞄取りに行かなきゃって、思ったとき。

保健室の扉が、ガラッと開いた。
もしかして茜かなーって思った。鞄、持ってきてくれたのかなって。

でも聞こえた声は違った。



「葛西、体調はどうだ?」



真田君の声。
カーテンの向こうに、真田君がいる。

あたしが初めて真田君と出会ったのも、この保健室だった。



「…まだ寝ているか。出直すか。」

「…あ、いや!起きてる!起きてます!」



あたしが返事をなかなかしなかったもんだから、真田君は保健室から出て行こうとしてしまった。それを必死で止めたかった。
前みたいに、後ろ姿だけっていうのは、嫌だから。

カーテンを勢い良く開けると、あたしの鞄を持った真田君がいた。



「すまない。まだ横になっていた方がいいのではないか。」

「いや、大丈夫!鞄、ありがとう。」

「ああ。蓮二に、お前が倒れたと聞かされてな。」

「…柳?」

「そうだ。見舞いに来ようと思ったら廊下で、茜に出くわしてな。鞄を渡すよう承った。」



ああ、茜や柳に気使ってもらったのか。ありがたい、ありがたいけど。

さっき茜からは、真田君にも仁王君とのこと話したって、聞いた。見た限り普通だけど。
今、どう思ってるんだろう。

あたしの体調を考慮してか、真田君はいつもより静かな声で。
そしてもしかしてあたしが帰るのを見送ってくれるつもりなのか。ベッド脇の椅子に座った。



「…ねぇ真田君、」

「何だ?」

「聞いたんでしょ、茜の話。」

「ああ。仁王とのことか。」

「うん。…どう?」

「うむ。非常にめでたい話だな。」

「えっ、」

「?」



めでたい話…?あたしがぽかんとしたもんだから、真田君は少し、不思議そうな顔をした。

いや、めでたいよ。めでたいけど。

辛くないの?真田君。あたしだったら、辛くてきっと茜にも仁王君にも普通に接せれないけど。



「…大丈夫なの?」

「何がだ?」

「その…、これでよかったの?」



好きな人が誰かのものになってしまって。そこまではさすがに言えなかったけど。頭のいい真田君ならきっと、わかってくれる。

なんて答えるかなって、ちょっとドキドキした。
でも真田君は、あたしの予想に反して、というかあたしに対しては初めてかもしれない。
フッと、笑った。



「その言葉は蓮二にも言われたな。」



柳にも!?ていうか柳、何よ。やっぱり真田君は好きって、ちゃんと理解してたんじゃない…!



「だが心配は無用だ。」

「え?」

「俺は、お前たちが思っているよりも鈍感だ。」



いや、それでもかなり鈍いほうとは思ってたけど。ていうか、それはそんなに自慢できることじゃないし。なんでそんな誇らしげなのかわからないけど。



「つまり、傷ついてはないってこと?」

「傷つく?そもそも俺は、誰に対しても恋愛感情は持ち合わせていない。」

「はぁ?」

「何だその反応は。…何だか茜に似てきたな。良くない傾向だぞ。せっかく葛西は優等生なのだから。」

「いやいや、意味がわからないよ。鈍感って、え?」

「だから、俺はまだそういった感情に疎い。そういう意味で鈍感だと、先程言ったまでだ。」



うわー、ほんとにあたしたちが思ってる以上の鈍感っぷりだった。鈍感っていうか天然ボケ?ほんとに気づいてなかったの?そしてそんな自分が誇らしげ?うわー。



ああ、でもそうか。
あたしは、そんな真田君が好きになったんだった。

きっと、あの思いは心の奥底にしっかりしまい込めたんだ。ちゃんと乗り越えたんだ。
すごいね、真田君。



「…じゃあ、真田君。」

「ん?」

「あたしの、気持ちは?」

「……。」

「あたしが真田君のこと好きだったって、知ってた?」



なんでこんな試すように言っちゃったんだか。

でも、さっきの真田君の話を聞いて、
やっぱりあたしは真田君が好きなんだって、思った。

だから伝えようって。
いつか柳が言ってた。表に出してこそ形になるって。
今伝えて、この気持ちを最大の形にして、終わらせようって。

答えはもう、わかってるけどね。



「それは…、その…、」

「うん。」

「気づいていなか……、いや、違うな、」

「……。」

「…うむ、そうだ。」

「……。」

「つまりだな、…ま、全くもって気づかなかったかと言えば、…嘘かもしれん。うむ。」

「ふふっ、無理しないで。」

「む?」



たぶん、真田君のことだから茜のことに関しては予習済みだったのかな。誰に何を聞かれても、眉一つ動かさずにさっきの答えを言えるんだろう。

でもあたしのことに関しては、気づいてはいたけど、その答えを用意してなかったんだと思う。
気づいてたって言うべきか、気づかなかったって言うべきか、
どっちがあたしをより傷つけないか、たった今、考えてた。

慌てふためく真田君がより一層、愛しく感じた。



「あたし、真田君のこと、好きになってよかったよ。」



ほんとにそう思う。たとえこれはあたしの物語じゃなくても。あたしはただの助演でも。

そう、改めて思えるぐらい。
普段険しい顔ばかりの真田君は、優しい穏やかな顔をした。



「それはこの上ない賛辞だな。」

「喜んでくれるの?」

「無論だ。」

「よかった。じゃあこれからもあたしと─…、」



なんでだろう。その先が言えないの。あたしはこれでいいんだろうかって。

真田君だって、あの切ない気持ちをしっかりしまい込んだんだから。乗り越えたんだから。あたしだって、終わりにしないと。

でもこの言葉を言ってしまったら、
もう、ほんとのほんとに、あたしの恋が終わっちゃうよ。



ふと、真田君をジッと見つめているはずなのに。柳の顔が浮かんだ。

あたしは真田君を好きになってよかった。楽しかった。いい恋したなぁって、自分でも思う。

でも楽しんだ分、辛さもあった。
そんなあたしが恋してたこの1年。
そばには柳がいて、たくさんのアシストをもらった。今日、真田君をここに呼び寄せたのも、柳。きっと茜のことがあった今日辺り告白するだろうと、彼ならわかってる。

じゃあ今は、どうすればいいかな?柳。



「葛西。」

「…?」



あたしが自分自身の言葉に詰まっていると、真田君から口を開いた。



「その、これは個人的な要望…いや、我が儘に近いのだが。」

「うん。」

「これからも俺と、仲良く…友人でいてくれないか?」



あたしの言えない言葉をずいぶんアッサリと言っちゃう真田君。
絶対、こんな展開は予想してなかったはずなのに。
これは、今の言葉は、きっと嘘偽りない真実。



「うん!」



このときの真田君の顔は、きっと一生忘れない。
あたしに今まで向けられたことのない笑顔だった。あたしが今までずっと待ち望んでいた笑顔だった。

こんなときに見たくないのに。こんな言葉と一緒なんて望んでなかったのに。



ありがとうは言えなかったけど。
嬉しい気持ちが胸に込み上げてくる。

なんでだろう。思っていたよりずっとずっとスッキリした気分。



「体調はどうだ?」



さすがの真田君でも気恥ずかしさがあったのか、しばらくして保健室を出て行った。
そして惜しみなく去っていった真田君と入れ違いに現れたのは、柳。

確かにさっきは心の中で助けを求めたけど。
たぶん盗み聞きしてたわね。趣味悪いわ。

でもそんな趣味悪い柳に、頭を撫でられた。



「柳?」

「偉かったな。お疲れ様。」



そんなことやられてキュンとくる、よりもまず、
ずっとずっと、苦しくなった。



たとえこの目で見なくたって、すぐに思い出せる。真田君の後ろ姿を消せない目から、心から、
溜まった涙がこぼれ落ちる。

たくましい背中だった。遠い遠い背中に追いつきたくて触れたくて、もうその願いは叶わないけど。



「うん、頑張ったもん…っ!」



あたしは頑張った。もう終わっちゃったけどね。望んでたハッピーエンドにはならなかったけどね。

今日、あたしの話をちゃんと聞いてくれて、真田君の気持ちも話してくれて。やっぱりあたしは、真田君を好きになってよかったと思った。

今日真田君がくれた言葉で、あたしの恋は素敵な思い出に変わるよ。



「ありがとう、柳。」



真田君にありがとうを言えなかったのは、きっとこの人に一番伝えたかったからかなぁって、思った。

ずっと支えてくれてた。ときには厳しい言葉もあったけど。



「礼には及ばない。俺のしたいようにしただけだ。」



そしてあたしの感謝も、受け入れてくれた。
それがすごくうれしかった。



「スッキリしたようだな。お前の表情、以前よりもずっといい。」



いつのことを言ってるんだろう?茜に揺さぶりかけたときかな。確かにあのときは嫉妬して、嫌な顔してたかもしれない。

そんなすべてを柳は見てきてくれた。

ありがとう、柳。



「とりあえず、今後についてだが、」

「?」

「もっと仲良くなることから始めないか。」

「……ん?」

「俺は形にしたいと思っている。」



お前に対して。

そう、告白し終わって、ある意味脱力感でいっぱいだったあたしに降り注いだ、予想外の言葉。

その言葉の意味を、時計の針が進むように少しずつ、理解していく。



「ええええー!?」

「そこまでの驚き様は心外だな。確かに気づいていない確率はかなり高かったが。」

「え、え、え…、だって…!」

「まだ弦一郎が好きということは十分理解しているつもりだ。」

「…!」

「だから、仲良くしようと提案している。」



なんだ、その半分告白のくせに上から目線…!

でも。
確かにまだ真田君が好きだけど。

もっと、柳と近づきたいと思った自分もいたんだ。



「さて、帰るぞ。」

「え、柳、部活は?」

「今日は私用により休みを申請している。」

「私用って…、」

「貧血のお前を一人で帰すわけにはいかない。さぁ、早く帰るぞ。」



もっと仲良くなるっていうか、完全に柳ペースにハマりそう。

でも。
悪くないかも。



次の恋こそ、あたしは主役になりたい。助演じゃなくて、あたしの世界でみんなを巻き込みたい。

そんな恋になるかな?
なるよね、きっと。

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