「ああ。その作成に協力して欲しい。」
2年もまもなく終わるという頃。季節はもう春だった。
お昼休みに柳に呼ばれて、何かと思ったら、変なことを依頼された。
「上野茜が来年度から一人暮らしというのは、聞いているだろう?」
「あー、なんか、親が仕事で関西に行っちゃうんだよね。」
そのことを茜はラッキーって言ってた。一人暮らし満喫しよーって。あたしも自分んちが厳しいだけに、うらやましいなぁと思ったけど。
どうやらそれはあたしらだけで、茜の周りの人たちは、そんな状況を大変心配しているらしい。
特にというか主に、真田君が。
「お前が最も上野茜と親しい女子だからな。重要参考人として、この書類監修をお願いしたい。」
「まぁそーだけど。ぱっと見だいたい完成してるような……って、体重は伏せなさいよ。」
「なるほど。早速目の付け所が女子らしい意見だな。ありがとう。」
「当たり前でしょー。……あ、これも消したほうがいいよ。」
「ん?…家族構成か?」
茜にお父さんがいないことは、はっきりと聞いたわけじゃなかったけど日々の会話でわかってた。たとえ仲良くても、あえて聞くような話でもないし。だからこういうふうに晒されるのは嫌だろうと思って。
「いや、これは外せない事項だ。」
「え!なんで?」
「これがあることにより、他の部員に重要性、時と場合により緊急性も認識してもらえるだろう。」
「他の部員て……テニス部!?テニス部にこれ配るの!?」
「そうだ。主にレギュラーにはなるが、皆で気にかけて行こうということになった。」
男性免疫がないことを他の部員にも認知してもらう必要もあるとか何とか柳は言ってたけど。
いやー、テニス部って。茜は嫌がるんじゃないかなぁ。確かに女子中学生の一人暮らしは、あたしらが考えてるほど簡単なものでもないし、男手が必要なときもあるだろうけど。
それこそ隣に住む真田君がきっと、夜中でも何でも駆けつけてくれそうだと、思った。
「それより柳君。」
「なんだ?」
「こないだの話の続きは?ほら、仁王君が先輩と別れるかもって。」
「ああ。実は少しその実態が見えてきてな。」
こんな人の噂話なんて、この時期のあたしぐらいの年ならみんな興味あるはず。だから学校中の話題を抱え込んでる柳に、日々話を聞いてた。特にテニス部。
でもあたしには違う興味だった。あたしが一番聞きたかったのは違うこと。それはなかなか聞けなかった。
だって、たくさん聞いちゃったら、これ以上意識しちゃったら、どんどん好きになっちゃいそうで。
それに、柳から聞くんじゃない。あたしが、あたし自身が彼と関わって、いろいろ知りたかった。
でもそんな思惑は、アッサリと柳にはバレてたみたい。
「お前が本当に聞きたいのは、弦一郎の話だろう?」
3年に上がって少ししたとき、いきなり指摘された。いつも真田君以外の部員の話を聞きたがったから、余計不自然だったみたいで。
加えて。
お前の視線は常に、弦一郎に向いているって。そうも言われた。
そうだったのかなぁ。まぁ確かに真田君とは全然話せないし、見つけたらそりゃーじーっと見ちゃうでしょう。
「何故聞かない?」
「…えー…だって、」
「弦一郎の視線が気になるからか?」
もうわかってた。これ以上意識しちゃったらなんて思うのもおかしいぐらい、あたしは真田君が好きになってて。
自分で知りたいと思っても、きっと友達以上の壁は越えられないって。
じゃあなぜかって。それは柳の言った通り。真田君の視線の先が、わかっちゃったから。きっとあの、テニスコートで初対面したときからわかってた。
真田君の目は、いつだって茜に向いてる。
「…ずっと、見てるからさ、あたしも、真田君も、」
「……。」
「わかっちゃうでしょ。好きな人の好きな人なんて。」
初めは後ろ姿しか知らなかった。でも顔を覚えてからは、学校にいるときはいつでもどこでも、あたしは真田君を探してた。
そしてあたしが真田君を見つけたとき、同時に真田君はこっちを見つけるんだ。
茜がいるから。あたしを見つけるわけじゃない。
「…弦一郎のそれが、お前のものと同種であるとは、俺は考えない。」
「……え?」
「だが先程の意見には同感だな。」
「え、え、なに、どーいう意味?」
「好きな人の好きな人はわかってしまう、ということだ。」
真田君のことについては、それは柳なりの励ましだったのか。よく理解できなかったけど。
でも続いた言葉で、柳にも少なからず好きな人がいるってことは、わかった。そしてその柳の好きな人にも、好きな人がいると。
柳、好きな人いるんだ。
そしてそのすぐあと。あたしは自分でもビックリなぐらい胸が締め付けられる、あることを知ってしまった。
それは、クラスの合唱コンの伴奏に茜が決まった日のこと。
茜はやけに顔がニヤけてた。あーもしかして、丸井か仁王君と一緒なのがうれしいのかなって、思った。
そしてその帰り道。あたしは幸せだった、最初は。茜が気を利かしてくれて、あたしと真田君が二人きりで帰ることになったんだ。
そこであたしはここぞとばかりいろいろ、聞いた。真田君ちは近いから、できる限りたくさんのことを知れるようにほぼ一方通行で。
名前で呼ぶことは許されなくて、ちょっとショックだったけど。
でもそれ以上にショックなことがあった。
真田君に、聞かれたんだ。真田君から質問なんて、普通はうれしいはずなんだけどね。
「一つ聞きたい。先程の、あの二人なんだが…、」
「え?」
「茜と仁王だ。その…、」
「二人が、どうかした?」
真田君は、自分から聞き始めたのに、口ごもってなかなか本題を言い出せないようだった。
だからあたしから、アシストした。
「あの、二人の、」
「……、」
「関係が気になるって、感じ?」
心臓がドキドキいってた。それは真田君と一緒に、二人きりでいるからじゃない。
どう答えるんだろう。真田君にとっても、あたしにとっても、嫌なことを聞いてしまったみたい。どんどん気分が落ち込んだ。
でも真田君は、よくわからないことを言った。
「…俺は、ただ心配なだけだ。」
「心配?」
「これは…、あまり口外してはいけない話ではあるが、」
「うん。」
「仁王は…、その、おそらくだが、心残りがあるようなのだ。」
詳しくは言えないがって、付け足した。詳しく言われないとはっきりわからないんだけどって思ったけど。
でもピンときた。伊達に柳から情報仕入れてないよ。
仁王君はたぶん、引きずってる。
そんな彼にもし、茜が恋したなら。
それはうまくいかないに決まってるから。茜は傷つくことになるから。きっと真田君はそのことを心配してたんだ。
だからって、真田君はどうにもできないと思ってるんだろう。きっと仁王君の事情を真田君は知ってて、しょうがないことと判断してる。
そして恋する気持ちは止められない。
それはただの心配じゃないよって、言ってあげたかったけど。真田君ちの前に着いちゃって、お別れになった。
そして次の日、あたしはより一層、胸が締め付けられる。
「ちょっと憧れてるってゆうか気になる程度で…、」
まさかって、思った。真田君の話を聞いて、そうであってほしくない、もう一人のほうを好きでいてくれないかなって、心のどこかでは期待してた。
でも茜はアッサリあたしのカマにかかった。
茜は仁王君に、恋してしまったんだ。
「ま、いろんな話はあっても今はフリーなんだからさ、お互い頑張ろうよ!」
「う、うん、頑張ろうー…かなぁ。」
無責任過ぎたかもしれない。あたしは知ってるのに。茜も、真田君も、あたし自身も。きっと今の仁王君も。報われない恋をしてる。もしこのバランスが崩れたら、きっと一気にみんなの恋が終わってしまう。
そう後悔しても遅くて。その少し経ったあと、茜は仁王君に言われてしまう。
前好きだった人が忘れられないって。
ああもうみんなの恋が終わっちゃうなぁって、思った。それぞれ先の見えない恋をしてただけに、それはもうアッサリと。
やっぱりあたしは助演でしかなかった。自分では何もできなかった。
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