96 聖なる夜に君のもとへ

クリスマスもあと少しと迫った日曜日。あたしは仁王と待ち合わせてお出かけ。

そう、念願のデート。今までご飯食べに行ったり二人でなんやかんやしたりとそれらしいことはしつつも、しっかりと待ち合わせしてどこかへ出かける、という世のカップルが当たり前にこなすデートは一応初めてということになる。

場所は以前行った映画館のある駅。ついこないだだけど、平日の夜にくるのと今日みたいに休日のお昼に来るのとでは、街も人もガラリと変わる。まさに中学生のデートらしいデート。

とはいえ、一応目的はある。デートだけどデートが目的ではないのです。



「ここの本屋でいいかの。」

「そうだね、ここにしよう。」



すぐに向かったのは駅すぐそばのデパート。ここの本屋にその目的がある。



「…ルノワールの画集かぁ。あたしルノワールの絵なんて一つも知らないよ。」

「俺も。…まぁ幸村らしいリストじゃな。」



仁王がその手にある紙を見つめながら言った。その紙には、ずらずらと部長の欲しがってるらしい物が並んでる。

来週、部長はアメリカに旅立つということで、うちらテニス部各々から送別品を渡そうと、柳がそのリストを作った。しかも被らないように誰がどれを買うかも指定済み。
そのリストには、“仁王・上野チーム:ルノワールの画集”とあったのだ。二人で買いに行けということ。

他にも英語の本とか植物の種とかいろいろあったけど、まぁ行き先は本屋だから一番買いに行きやすい部類ではあるのかな。
でも画集コーナーとか踏み入れたことないよ。仁王だって漫画や雑誌コーナー、せいぜい参考書や文庫本コーナーだって。右に同じく。



デパートに入って一階は、ありとあらゆる匂いの漂う化粧品メーカーがずらりと並んでる。年齢層もお値段も高めなここはいつも素通り。向かったエスカレーターの脇には、アクセサリーや財布が細々売ってるエリア。特に見るものもなく二人でエスカレーターに乗ろうとした。

と、そのさらに奥のほうは、何やら混み合ってるのが見えた。有名なブランドの専門店だ。あたしですら名前を知ってるかわいいアクセサリーのあるお店。
…そうか、もうすぐクリスマスだもんね。きっとクリスマス商戦で混雑してるんだろう。彼女へのプレゼントとか、ペアで買ったりとか、かな。



「どうした?」

「…いや、何でも。」

「足、気をつけんしゃい。」



遠くを見るように一瞬立ち止まったあたしの背中をポンと押した。

そりゃね、あたしだってああいうのに憧れはあるからね。いつか欲しいなって。ああいうのが似合う人になりたいって。誕生日とかに彼氏にサプライズでもらったり。彼氏と言えば仁王だけど。

でもまだまだ早いよね。中学生に買えるもんじゃないし。仁王も大人びてるとはいえ中学生だし。



そして目的の本屋へ。本屋ってなんでどこもこんな上の階なのよ。エスカレーターでえらい時間かかったよ。



「…あ、あった。これかな?」

「こっちもルノワールって書いてあるのう。あれもじゃ。」

「どれがいいんだろ?」

「んー……別に指定されとらんしな。茜、目瞑って。」

「えっ!」

「上か下か真ん中。」

「…あ。…えーっと、真ん中!」

「じゃあこれで。」



少し迷ったものの、目を瞑って適当に選んだものに決まった。
…て、目瞑ってなんていうから……、いやいやさすがにこんな本屋でそれはないか。もーあたしの頭はどうなってんだ。

レジに向かう途中。そのあたしのアホな頭にピッタリのコーナーが目についてしまった。目を向けるのも恥ずかしいそこは、真面目に本を選ぶ厳粛な本屋では異常な存在感。なぜ彼女らは裸で笑えるのだ。



「…いやそれは送別品としてはちょっと。」



これは軽蔑のそれに他ならないかもしれない。あたしの視線に気づいた仁王の少し呆れたような声が聞こえた。



「ち、チガウ!たまたま目に入って…!」

「喜ぶじゃろうが好みがあるから難しいぜよ。」

「…好み?」

「………。あ、あっちのレジ空いとる。」



全然そんなつもりじゃなかったのに…!違うから違うからと心の中で連呼しながら悶えながら無事、本日の任務は終了した。



…終了?そう、デートのはずなのに本買って終わった。なんか仁王は用事があったらしい。なんだろうって気になったけど、なんだか変な空気になっちゃっただけに深くは突っ込めなかった。

まぁでも仁王は普段部活があったり、もともとふらりとどっか行くタイプだし。学期末テストもあるからそもそも忙しい時期の貴重な休みなんだ。そう言い聞かせてはいるものの…。



あーもう、ただの買い物だったのになんでこんな変な感じに…!ほんと最近どーなってんだか。仁王は別にごくごくフツーなのに。

いやでも、仁王も仁王でこんな平然としてるのおかしくない?慣れてるから?裸とか見慣れてんの?さっき好みがとか言ってたけどそんなもんなの?それじゃあ色気のないあたしとか全然仁王の対象外?

両想いだキャーうれしー来年も一緒だやったーとか言ってる場合じゃなかったかもしれない。新たな悩みの到来。





「では、幸村の門出の祝いと健勝を祈念して。」



かんぱーい(ジュース)、と、クリスマス会兼部長の送別会は始まった。メンバーは男子7人と鈴とあたし。彼女がいる柳生は明日朝、部長を見送りにだけ顔を出すらしい。そうだよね、柳生たちにとっても今年は初めてかつ同じ学校では最後だし。

あたしだって今年は初めてだったのになぁ……、でも今仁王とこんな特別な日に二人きりでとか、けっこーやばいかもしれない。これはこれでよかったかもしれない。

そう、それだけじゃなくて実際、みんなと一緒のクリスマス会は楽しいだろうと予想してた通りに楽しかった。丸井と赤也の、ジャッカルのチキン争奪戦は醜かったけど。



「じゃあそろそろマリカー大会やりますか!」

「おっし!くじ引きで対戦決めるぞ!」



赤也が、どうやら時差ボケで日にちを間違えたらしいサンタさんから昨夜もらったWii Uを持ち込んできたので、それでマリカー大会が始まった。もちろん優勝賞品あり。俄然やる気のあたしは一回戦で、柳と当たった。

柳なんてちょろいちょろい。ゲーマーな赤也とか丸井なら厳しいけど、こんないつも確率がどうの言ってるインドアストーカー坊っちゃん小僧になんか…………、



「うわっ!今突き落としたのあんたでしょ!」

「フッ、お前がキノピオとマッハGPのコーナー重視で来ることは読めていた。そこで俺は重量級戦略を練り…、」

「くらえトゲ甲羅!」

「残念だったな。そうら、スーパークラクションだ。」

「くっそー!!」

「ははっ、茜先輩よえー!」

「てかドリフト下手過ぎだろぃ。」



リプレイを見るのも腹立たしいぐらい。柳ごときに完敗を喫した。ていうかリプレイで見たら最低3回はわざわざ突き落とされたんだけど。憎たらしい…!

そんなわけであたしは一回戦敗退も周りに爆笑されながらも大変盛り上がりましたとさ。



…と、周りを見渡すも仁王がいない。一回戦は確か、ピンクゴールドピーチジャッカルにヘイホー仁王が必要以上の集中砲火浴びせてあっさり負かしてたけど。飽きたのかな。

ふと、キョロキョロしてたあたしに部長からの視線。ニッコリ笑って、あれなんだかデジャヴ?



「茜ちゃん。」

「…は、はい?」

「仁王が君の部屋にいるみたいだよ?」



デジャヴではない。このパターン、経験済みです。



急いで部屋へ向かった。さすがにみんな来るしいつも以上に念入りに掃除はしてたからそういう面では大丈夫なんだけど。



「…仁王くーん?」



またね、そんな予感がしてたから。あたしはこっそり、部屋のドアを開けた。そしたら案の定、暗い部屋の中、ベッドが膨らんでた。

また寝ちゃったのね。ほんと時間も場所も問わず寝るんだから。

と、ふと仁王の枕元を見ると。青っぽい小さな紙袋があった。
気になって覗いて見ると、中には四角いジュエリーボックスみたいな箱と、その上にカードが乗せてあった。



“メリークリスマス 茜へ”



この字は、仁王の字。仁王からあたしへ?

ほんとなら起こして確認してからするべきだけど。逸る気持ちを抑えられなくて、あたしはこっそりその中身を出した。

…オルゴールだ。ジュエリーボックスみたいな箱はオルゴールだった。

やばい。あたし仁王に何も用意してない…!
それ以上にもっとやばい。やばいぐらい、うれしい。

起きちゃうかもしれないけど。気になって、巻いて聞いてみた。



─〜♪〜♪〜♪



あーなんだっけこの曲。洋楽の、昔の映画の曲。ラ〜〜ラ〜ラ〜、ラ〜ララララ〜………、

カーテンを閉め忘れてたせいで、電気もつけてないのに部屋が仄かに明るい。月の明かりだ。その月にピッタリなオルゴールの音色。



「……ん、」



そこまで大きくはないけど、静かな部屋にオルゴールは響く。仁王がゆっくり起き上がった。



「あ、おはよ。」

「…あー、」



大きな欠伸。このパターン、何回もあるなぁ。



「…あーそれ、」

「あ…ご、ごめん勝手に見ちゃって!」

「や、茜が寝たら置こうと思ったんじゃけど、眠くなって、」

「寝ちゃったのね。」



こっくり、目を擦りながら仁王は頷いた。



「ありがとう。すごいうれしい!」

「うん。前のはもう直らなそうじゃき新しいの。」



そう、結局、都合のいいピッタリのネジは売ってなくて。オルゴール自体が壊れたわけじゃなかったけど。そもそも作ったやつがどーのこーの仁王は言ってたな。知り合いなのかしら。



「…茜、」

「ん?」

「ここ、」



座ってとでも言うように、仁王は自分の隣、ベッドをトントンと叩いた。

その通りあたしは座った。やばい、またドキドキしてきた。
部屋は暗くて月明かりだけ。仁王のほうを見たらまた変なこと考えちゃいそう。

手の中のオルゴールを握りしめながら、あたしは仁王の話を待った。

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