95 Frozen

「クリスマス会?」



朝、席に着くなり丸井に言われた。

12月。季節はイベント盛りだくさんの冬その序盤。第一走者のクリスマス選手が今年もやってくる。

…あ、あたしにとっては第二走者か。彼氏の誕生日がもうあったし。



「そう、24日。金曜だから塾もねぇだろ?」

「えー…まぁ。」



いやもう行ってないんだけど…、って、これは仁王との秘密になってるから黙ってるとして。

いやいやいや、クリスマスイブって言ったらあんた、誰の何のための日だと思ってんの?そりゃ友達や家族と過ごす人もたくさんいるだろうけど、第一優先すべきはずばり恋人でしょ。あたしは今年はそんな恋人がいるからね、君らと違って。忙しいんだからね。
ていうか、まずはその恋人があんな感じの人だからね、二人きりよりみんなと一緒を優先したら、きっとまた不機嫌になる。合唱コンのときに学習してんのよ。

…と、断ろうと思ったら。



「仁王からもオッケーもらってるぜ。」

「えええ!?」

「なに驚いてんだよ。あの話聞いてねーの?」

「話?」

「幸村君。25日に出発だってよ。だから日跨いで見送りに行こうぜ。」



あーそっか。部長、もうアメリカ行っちゃうんだ。来年から行くと思ったら、なるべく早く復帰するためにも早まったんだそう。

まさか仁王がオッケーなんてビックリしたけど、部長の送別会も兼ねてならそれはそうか。そういや前、部長の退院祝いを提案したのも仁王だったっけ。退院祝いっていうか本来の目的は勉強会だったけど。

それなら仁王も、あたしに先に言ってくれたらよかったんだけど。
そういえばそもそもクリスマスどーするなんて話題は出てない。こんな直前とも言えるときなのに。
なぜかと言いますと。



「お、仁王。」



どきんっ、と、あたしの心臓が跳ねた。丸井の視線の先には仁王がいるとわかって。
実はここ数日、このような現象が起こる。

あたしもつられて視線を追うと、ちょうど仁王が後ろのドアから教室に入って来たところだった。



「今、茜に24日の話したからなー。」



仁王はこっちの方には来ないで、了解という意味で小さく「ああ」と返事したようだった。

その瞬間、あたしとバッチリ目が合って。
またどきんっ、として、ついでに身体中熱くなった。
そしてあたしは何も言わず思い切り目を逸らしてしまった。しまった…。



「なに、ケンカ?」

「…い、いや、そんなことないけど。」

「?」



丸井が不思議がるのも無理はない。普通だったら手振るとか声かけるとか、笑うとかするべきなのに、思いっっ切り目を逸らした。

というか、あたしが一番不思議だ。
仁王がそこにいるとわかった途端ドキッとして、仁王の顔見た瞬間、身体中熱くなった。堪らず背けたわけだけど。好きになった当初だったらわかるけど…。

実はここ数日、こんな感じなんだ。



このドキドキ感。なんでかはわかる、わかり切ってる。仁王を見るとこないだのことがフラッシュバックされるからだ。
こないだの屋上でのこと。

幸か不幸か。あれから一緒に帰ってはいるけど、うちまでの道のりは短い。最大限、仁王には気づかれないように普通を装ってはいるんだけど。でもそんなあたしのせいで、会話があまり弾まない。クリスマスの話題が出なかったのも、それが原因だろう。

困った。気づかれないようにとは思うものの、鋭い仁王ならわかってそうだ。



「…ところで、どこで?」

「ん?」

「その、クリスマス会兼部長の送別会。」



あたしの疑問にまるっと答えるかのように、丸井はニカーっと、笑った。
あ、なんか言わなくてもわかっちゃったわ。



「茜んちに決まってんだろぃ。」

「…ですよね。」



そうそう、あたしは冬休み、関西の次期父親となる人のところへ行くと言ってあって。それに先立ち、お母さんはクリスマス前に向こうへ行くと、おとといぐらいに報告してた。

…にしては企画すんの早いわね、相変わらず。どうせそれ聞く前からなんとかうちでしようと目論んでたんだろうけど。
こないだの逃避行事件のあと、お前の母ちゃんけっこういい人じゃんご飯うまかったぜ!って言われたのよね。ちゃっかりうちでご飯食べてたらしい。あたしが食べるはずだった夜ご飯の残りをね。

まぁでもあのときは迷惑かけたし。みんなとのクリスマス会も楽しみかな。
…仁王との仲が不安だけど。





「茜。」



お昼休み。いつも屋上で仁王と食べるか、丸井や鈴と食堂行くか。ここ数日は後者。
今日は前者になるようだ。仁王が席まで迎えに来たから。

いつもだけど、さぁ屋上に行こうぜ!とは言われず、こうやって名前を呼ばれてそのまま連れて行かれる。あたしはその通り仁王と屋上へ向かった。今日は二人ともお弁当をぶら下げて。

しかしいつもと違うのは、互いに無言だということ。屋上までの道がとてつもなく長く感じた。
そして屋上に着いてからも、定位置に座ってしばし無言だったけど。

お互いお弁当を広げたところで、仁王が口を開いた。



「…なぁ、」

「…は、はい?」

「最近なんか怒っとる?」

「い、いやいや!全然!」

「…ふーん。」



絶対納得いってなさそうだけど。特に追及もせず、ご飯を食べ始めた仁王。

言いたいけど言えるわけがない。
まさか、“あの日のキスを思い出してドギマギしちゃうんです”なんて…!

あのときあの場面では別に平気だった。平気っていうのも変だけど。それより必死だったというか頭がぼーっとしてたというか。

でもお家帰ってよくよく思い返してみると。なんかもう堪らなくて。すごいことしちゃったなぁとか、ドキドキというかゾクゾクというか変な感覚になって。仁王と目を合わすとそれが頭に浮かんで。

でも仁王は平然としてる。あのときも今も。あたしとはギャップがある。
だからこそ言えない。恥ずかしい。



「おやすみ。」

「…え?」



なかなかお箸が進まず、ご飯に張り付いた海苔をやっと剥がして口に運んだとき。もう仁王は食べ終わったのか、お弁当を片付けてゴロンと横になった。

早いなぁ。ちゃんと食べたのかなぁ。



“俺は今すぐにでも”



また、どきん。仁王はその、たぶんそーいう意味で言ったんだろうけど。

変なの。あの逃避行のときはあんなすごい場所まで行って、あたし自身それなりに覚悟もあったつもりなんだけど。

妙に意識してる。仁王は今までと何一つ変わってないのに。
目を伏せた顔も、頭に敷いてる腕も、立ててる片脚も、よく見慣れたものなのに。全部に、意識してる。

うっ…て、胸が詰まる感じ。でも今までに経験したことがない感じ。



たぶん仁王はあたしの変な態度にも気づいてるし、そのせいでたぶんご飯も全然食べてない。もともと海風館の焼肉定食以外はちょこちょこと食べ残しをするほうだけど。

あたしもなんだか食べれなそうだったから、ご飯を一口二口食べただけで片付けた。作ってくれたお母さんには申し訳ないけど。あとでお腹空いたら食べるか丸井のおやつにさせよう。

あたしのせいで仁王が元気なくなっちゃうのは嫌だ。でも今は確実にあたしのせいで嫌な気分になってるに違いない。



「…お、おやすみなさーい…。」



せめて、嫌って避けてるわけではないよと。理由は言えないけどむしろ好きだからだよと。ほんとは寄り添ってたいんだよと。そんな意味も込めて、仁王の真横に寝転んだ。

拳一個分。肩と肩の距離。抱き合ったりとかもうけっこうしてたのになー。なんだか片思いの初期に戻ったような感じだなー……ていうか枕代わりに鞄持ってくりゃよかったなー。首痛くなりそう。腕は痺れるからなー。



と、どうでもいいこと含めぐちゃぐちゃ考えてたら。

仁王はゴロンとこっちに向かって寝返りをうって、すっと、あたしの頭を抱きかかえた。
またあたしの心臓が跳ねる。



「首痛めるぜよ。」

「……に、仁王くんこそ…、」

「大丈夫。おやすみ。」



どんな枕より寝心地良い。腕枕、というよりは肩枕。ここ数日ご無沙汰だった匂いとかあったかい体温とか。

もうドキドキして……、
というかぶっちゃけ興奮して眠れるはずがない。



でも、こんな展開を待ってた自分もいた。ギュッてしてほしい、またあんなことしたいと思ってた。そんな自分が恥ずかしくて素っ気なくしちゃってたけど。

…一歩、踏み出すことになってるかなぁ。
恐る恐るあたしも仁王の方に体を向けた。

そしたら、仁王こそそんな展開を待ってたかのように、すぐ腕に力がこもった。

そしてあたしはそう、例えるなら、
冷凍イカのように。

仁王の腕の中で、カチンコチンに硬直した。



ほんとにすごく居心地いい。もう屋上は寒いけど、包まれてるからあったかいしそれ以上に熱い。

仁王はもう寝たかな。あたしはこんな状況ではまったくもって眠れないんだけど。

様子を見ようと少し顔を上げると、またさっきみたいに、こんな展開待ってたと言わんばかりに。
流れるように唇を合わせてきた。仁王も寝てなかったのね。

でもあたしも待ってた。まるであたしがキスをねだったみたいな形で恥ずかしいけど。
自分の心の中だけでも素直になろう、そう思った。

…あれ、でもなんか違う。
いや、違うっていうのも変だけど。これもドキドキするけど。こないだみたいのじゃない。時間も短い。



「…ん、どうした?」

「え、いや、何でも…、」



不思議そうに見つめるあたしが逆に不思議だったんだろう。というかここ数日のあたしは、仁王にとってとても不思議というか意味不明に見えてるだろう。

もしかして、だから?
あたしが変に目を逸らしたり素っ気なくしてたから?嫌になっちゃった?



そんなあたしのネガティブ思考を打ち消そうとしてくれるかのように、仁王はまたギュッてしてくれたけど。

さっきとは違った理由で、あたしは冷凍イカになった。

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