「絶対嘘だろぃ!」
「ないないない!ありえない!絶対嘘っス、それは!」
下世話三強にこれでもかと言うぐらいウソだろ連呼された。
場所はお昼休みもあと10分で終わる時間帯の食堂。あたしは最初、仁王と屋上でご飯食べてて、その後仁王は寝るって横になって、あたしも暇だし寝ようかなーってタイミングで。
こっそり静かに開いた屋上のドアの隙間から、手招きされた。逆光で見えづらかったけど、よく見たら丸井。その後ろに赤也と鈴がいた。
『茜、ちょっと。』
『え、なに?』
『しーっ!』
『早く、仁王先輩に気づかれる前に!』
いや赤也の声のがでかいし。
そして三人にノコノコ近寄ったあたしは、まんまと拉致られた。
絶対仁王もあたしが拉致られたのは気づいたはずだけど。眠気が勝っていたのか、気づかないフリして放置しやがって…。
まぁ場所が食堂だったから、二人で持ち込んだ焼肉定食の食器は返せてよかったけど。
「俺は信じないっスよ。」
「絶対嘘だろ。仁王に口止めされてんの?」
「あ、わかった、茜恥ずかしいんでしょ?照れてるんでしょ?」
「「なるほど!」」
こいつらがけちょんけちょんに言ってるその内容とは。
こないだの事件のこと。あたしと仁王が逃避行して朝帰りした、あの事件ね。
つまりさっきあたしが拉致られたのは言うまでもない。そのときの状況やら行動を事細かに説明しろと迫られたから。こんだけ迷惑かけたんだから説明責任はあるぞと、脅されたわけ。
で、あたしは説明したわけ。親とケンカして飛び出したあと仁王のところに行って、仁王のお姉さんに服借りて、映画館に行って映画観て、あたしが帰りたくないと駄々こねて某所に連れ込んで、
カレー食べて寝たって。
ね?何もおかしくないし嘘は一切ついてない。
「だからぁ、ほんとにそれは嘘じゃないって!」
「あの仁王先輩が密室に女と二人きりで手出さないって…どー思います?」
「ないな。仁王ならたとえ好きじゃなくてもそんなチャンスは逃さねぇ。」
「茜先輩ちょっと色気足りないんスかね。かわいいけどそそられないっつーか。」
「あー確かに色気は皆無だ。興奮しねーんだきっと。」
って、ずいぶんひどいこと言いやがってこのバカコンビ…!ちょー失礼!仁王にって言うよりはあたしにちょー失礼!
てか、好きじゃなくてもって、仁王はちゃんとあたしのこと好きだし、むしろ好きだから我慢って、ケジメだって話………だったはず。
でも。こいつらが言うように、ありえないことなのかな。確かに仁王と仲良くなる前からそれなりの噂はチラホラ聞いてたし。
「…と、とにかく、あたしが話したことは事実だから。」
「ほんとかよ?」
「えーじゃあ結局茜先輩はまだしょじ……、」
スパーンと、赤也の軽い頭がいい音で叩かれた。とんでもないセクハラを言いかけてただけにタイミング良くてホッとした。
叩いたのは誰かと思って見上げたら、屋上で寝てたはずの仁王だった。
「なに真っ昼間からやらしー話しとるんじゃ。」
「に、仁王先輩!」
助かったーと思った。丸井も鈴も、まさかのご本人登場で気まずそうに苦笑い。あんだけ騒いでたくせに。
やらしー話っていうかうちらの話だったわけだけど、やっぱり仁王はこんなふうにおもしろおかしく話されるのは嫌なのかな。ちょっとご機嫌斜めな感じ。
「あ、そーいや仁王、次の数学!宿題の答え教えてくれ!」
「知らん。」
「えー!ごめんって!悪かったって!」
「葛西、こいつ返してもらうぜよ。」
「え、あ、はい!スミマセンでした!」
そう言って仁王はあたしの腕を掴んで連れ出した。その強引な手口というか仁王の醸し出す雰囲気から、あの3人は声も発せず。…ふふ、ざまみろ。
と、思いつつ。実はあたしが一番仁王の怒りの矛先なんじゃないかって、ゾクっとした。そう思ってしまう雰囲気。仁王は何もしゃべらずただあたしの手を引いてスタスタ歩いた。勝手にいろいろしゃべったからかな。
で、どこへ行くのかと思ったら再び屋上へ。もう昼休みの時間あんまりないんだけど。
屋上に出たら、それはそれは乱暴に仁王はドアを閉めた。
「……。」
「……。」
気まずい。やっぱり怒ってる雰囲気である。
「あのー…、」
「真に受けとらんよな。」
「え?」
「さっきの話。」
まさかそんなあんなやらしー話真に受けて……るかもしれない。
だってあたしもいろいろ噂とか聞いたことはあったし。付き合う前も付き合ってからも、手慣れてるのは明白だったし。だからって過去のことどーこー言うのは野暮だし。そりゃー多少はヤキモチ妬くだろうけど。でも。
「…なんていうか、」
「……。」
「あたしもちょっとは知ってたし。そのー…噂とか聞いてね。」
「……。」
「でも別に、前のことだし。気にならないって言ったら…嘘になるけど、それでも仁王くんがよくて、…こうなったわけだし。」
あたしがここまで言うと仁王は、はぁーって、ため息をついてしゃがみ込んだ。
えっ、なに。あたしそんなガッカリさせるようなこと言った?むしろめちゃくちゃいいこと言ったよ。とても心広い彼女風に語ったよ。付き合ったの初めてのくせによくも捻り出せたもんだよ。
「…仁王くん?」
しゃがみ込んだ仁王に向かい合わせて、あたしもしゃがみ込んだ。こうすれば仁王と同じ目線になるけど、仁王の目は地面を向いて動かない。
もうすぐ予鈴鳴るかなーって思ったとき。
「…違うぜよ。」
「え?」
「噂はおいといて。違うぜよ。」
「……はい?」
意味不明なことを仁王が呟くと、タイミング悪く、予鈴が鳴った。さっき丸井が言ってた通り、次は数学の時間。早く行かないと。実はあたしも宿題やってなかった。
…そういえば。
「仁王くん、」
「…ん?」
「あたし、言わなかったよ。あのことは。」
まだしゃがみ込んでる仁王の頭をぽんぽん撫でた。いつもはあたしがやられる側だけど。
言わなかった。仁王と約束っていうか、企んだ計画。
あたしが笑うと、仁王もようやくこっちを見て、笑った。
「ああ、あれはしばらくヒミツじゃき。」
「でもそのうちバレそうだよね。弦一郎はもう知ってるし。」
「あいつは言わんじゃろ。」
「まぁ口止めはしたからね。…でも丸井とか、バレたら怒るかもなぁ。」
「ええじゃろ。あいつらは当分泳がせとけ。アホの見物ぜよ。」
「ほんとアホだよねあいつら。」
よかった。ようやく仁王は機嫌直ったみたいだ。
機嫌直ったというか、なんだか怒ってたというよりへこんでたような、元気なかったような感じだったからなぁ。
たぶんあたしに怒ってたわけじゃなくて、丸井たちの話にへこんでたってことかな。どこから聞いてたのかわかんないけど。
「茜、」
あたしが立ち上がると仁王も一緒に立ち上がった。
その瞬間、ギューって、抱きしめられた。
…やっぱりまだ少し元気ないのかな。腕を回した仁王の背中が、なんとなく丸いような。
「仁王く…っ、」
心配になって、声をかけようとしたとき。耳元から移動してきた仁王の唇が、あたしに重なった。
慣れた、わけではないけど。相変わらずドキドキするしカーッて熱くなるけど。でもそのタイミングというか、空気が、もうわかるようになった。自然と受け入れることもできるようになった。
でも、いつもと違う感覚。柔らかくて熱い。とろんとする。感覚だけじゃなくてキシリトールの味もした。
…あれ、あたしも仁王も確かお昼は焼肉定食で。
あそっか、仁王が噛んでるのか。そういやよく持ってる……って、
「…待っ…!」
途中にも拘らず、あたしは仁王を突き放した。
嫌だったわけじゃない。嫌なわけがない。そうではなくて。
仁王はめちゃくちゃ不満そうな顔。やばい、拒否みたいになっちゃった?
「あ、えっと、これはけして拒否ではなくて、」
「なんじゃ。」
「……あたし、焼肉食べたので、」
「別に大丈夫。俺も食った。」
「いやいや!仁王くんはキシリトールの味する!」
「じゃあこれ。」
そう言って仁王はポケットからガムを出して、あたしの口に突っ込んだ。
そしてあたしが噛み始めると再び、吸いつくように唇に触れてまたとろんとするようなキスをされた。危うくガムを飲みかけた。
こんなことしてていいのかな。もう予鈴も鳴ったし、もうちょっとしたら先生来ちゃうんじゃないかな。
ああでも、どーでもいいか。何も考えられない。ぼーっとして。頭と肩をがっちり掴まれてるからじゃなくて、あたしは仁王の中でちっとも動けない。
校庭から、どこかのクラスの声が聞こえる。もう授業が始まるんだろう。
そう思ってたら、やっと仁王が体を離した。やっとといっても、何十秒かだけど。長いような、あっという間な時間だった。
お互いの呼吸が少し弾んでて、必死で夢中だったことを表してる。
「全然違うぜよ。」
「え?なにが、」
「だから、色気ないとか興奮しないとか。俺は今すぐにでも、」
話の途中だったろうに、さすがにそろそろやばいと思ったのか、仁王は話は続けずあたしの手を引っ張って、屋上を後にした。
「そういえば、言ってなかったね、条件。」
「条件?」
クラスの前、仁王がドアに手をかけたとき。前方から数学の先生が来た。よかった、ギリギリ間に合った。
「遊びに来てもいいけど、二人きりで泊まりはダメだって。」
「…あー、まぁそうじゃろ。」
と言いつつ、とても残念そうな顔。
さっきの仁王の話。意味不明というかよくわかんなかったけど、なんとなく薄っすら、想像できた。
だから、その仁王の顔がおかしくて笑ったら、軽く拗ねられた。
申し訳ないけど、まだまだこれからだから。時間はたくさんあるからね。
土曜日。あの朝みんな帰った後。
もしかしたら初めてかもしれない。お母さんとちゃんと真剣に、話し合った。
『茜の本当の、ちゃんとした気持ち、聞いてなかったわね。』
『……。』
『母親失格だわ。まさか茜と同い年の子に、諭されるなんて。』
正直否定はできなかった。世間一般的にはひどい母親だ。虐待とかそういうのはないけど、中学生一人放置して、自分の都合でまた呼び寄せるなんて。
まぁでもそのおかげでテニス部と出会ったり、仁王と両想いになったわけだけど。
『どうしたい?茜は。』
『…あたしは、』
数ヶ月前ならそうは思わなかったかも。ただ転校や引越しは面倒だっていう気持ちはあったかもしれないけど。別に神奈川を離れることにさして反対の気持ちはなかった。
でも今は。
『ここにいたい。立海がいい。』
将来役立つかといったらそうでもないかもしれない。柳生みたいにお医者さんになりたいからとか、そんな立派な理由ではない。
ていうか仁王の言う通りいずれみんなバラバラだし、高校いって仲良くなくなるかもしれない。むしろ仁王と別れてめちゃくちゃ気まずい感じになっちゃうかもしれないけど。
でも、高校生活はたとえどこ行っても同じ3年間。その限られた時間で。あたしができる限り想像する高校生活で。
今のあたしが選びたいと思えるのは、立海なんだ。
そのときの話を日曜日、さっそく仁王にした。土曜日は一応申し込んでたので記念受験的な感覚で模擬テストに向かったから。
そして仁王が開口一番放った言葉がこれ。
『あいつらには黙っときんしゃい。』
『え!なんで!?』
『今は俺らに優しめじゃろ。気使っとるじゃろ。もう離れ離れになるからかわいそうって、きっと思われとるじゃろ。』
『うーん…、優しくはないけど、それはそうかも。』
『なんだったら送別品もらってからがいいのう。』
『そこまで!?』
『参謀と柳生はたぶんいいもんくれるぜよ。』
いやぁ、それはさすがにバレるでしょ。テニス部はともかく、鈴には近いうち言いたいし。そしたら柳に伝わるでしょ、そこからはもう最速ルートだと思うけど。
てゆーか。
『なんか仁王くん、あんま喜んでなくない?』
『喜んどるよ。わーいわーい。』
『わざとらしい!…喜ぶと思って一番に話したのに。』
あたしこそわざとらしく、怒ってみせた。
でも、ほんとはわかってた。仁王はめちゃくちゃ喜んでるって。この顔見たらわかる。この声聞けばわかる。
話した途端、あたしがあげたマフラーでこっそり口元隠しちゃって。わかるもんね。
『怒っとる?』
『怒ってる。』
『嘘じゃ、ニヤけとる。』
『えっ。』
『まだまだじゃな、茜ちゃんも。』
結局、あたしがわかったのと同じように、仁王もあたしのこと、わかるのか。
これから、この先、仁王と過ごしていく。
そばにはたぶん、彼らもいて。
ついこないだ、大人になりたいと思ったはずなのに。
ずっとこんな毎日が続いたらいいなって、思った。
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