「ブン太ー、お友達よー。」
下から母ちゃんの呼ぶ声。こんな時間に誰かと思ったら、その漫画の持ち主、赤也だった。コンビニ帰りか、なんか袋ぶら下げてた。
「丸井先輩!そろそろ漫画返してくださいよ!」
人んちで、しかもウチはもう下の弟は寝てる時間なのに。うるせー声で騒ぎやがって。まだ途中だったのになー、でもうるせーから、とりあえず何冊か今日返すことにした。
それで赤也を俺の部屋に連れてきたちょうどそのとき。
携帯が鳴った。珍しく、真田からだった。
赤也も俺の携帯を覗き見て真田からだってわかったらしく、俺はここにいないってことにしといてくださいっス!って、またでけー声で叫んだ。
ったく、真田まで何の用だって、金曜だからこいつも夜更かしか?なんて思いながら電話に出たら、予想外なことを聞かれた。
『茜と一緒にいないか?』
…赤也じゃなくて?って、一瞬声が出そうだった。危ねえ危ねえ。
真田からの電話は、茜がいなくなって連絡つかないってけっこうな話だった。
いや、そーゆうとき聞くの俺じゃなくて仁王だろって。そう言いかけたけど。
仁王とも連絡つかないって。真田がつけ足した。
俺が微妙な顔してるもんだから、つられてか赤也も微妙な顔。
とりあえず真田との電話は一旦切って、俺からも茜と仁王に連絡したり心当たりを捜すことになったけど。
事情を赤也に話した途端、このバカはとんでもないことを言い出した。
「それって、かけおちじゃないっスか!?」
「はぁ?なにアホ言ってんだよ。」
「だって、二人とも来年から離れ離れだからって、それは嫌だからって可能性は…!」
「ゼロだよ。」
そう、ゼロ。絶対。茜はともかく、仁王は冷静に物事考えられるやつだから。茜を危険な目に遭わせるはずがない。
でも、もともとは考えてることわかんないやつでもあったんだよな。茜に対してのことは、好きなこととかヤキモチとかわかりやすかったから、最近はわかったつもりでいたけど。もともとは意味不明のうさんくせーやつ。
茜も、親とケンカして投げやりになってたら?
てか、そもそも一緒にいるかも確定じゃねーんだよな?
「行くぞ、赤也。」
「どこにっスか?」
「どっか。捜すんだよ。」
「う、うぃっス!」
ジャッカルも呼び出して、学校とか駅前とか公園とか捜しに行った。ゲーセンは入れなかったし、たぶん違うだろう。どこにもいない。
心当たりっつっても、俺も赤也もジャッカルも、茜はもちろん、ずっと部活一緒だった仁王の行き先ですら、ゲーセン以外まったく見当つかなかった。
とりあえずひと通り近所は捜して、真田んちに集合することになった。
ちょうどヒロシや柳も来たところだった。
「今度は電源切ってるね。二人とも。」
真田んちの中には幸村君もいた。茜にも仁王にも、最初は繋がって出ないだけだったけど、今は電話したところですぐ電波の届かない云々アナウンスが流れるらしい。一応仁王んちに電話したけど、まだ帰ってないって、たぶん姉ちゃんのぶっきらぼうな返事だけ聞いた。
「葛西も、今日授業終わってからは会っていないらしい。」
柳が情報を追加した。てことは葛西とも一緒じゃないってこと。
となるとやっぱり二人で一緒にいるのか?同じように電源切って。まさかマジで赤也の言う通り、かけおち?いやいやまさか。
「真田。茜ちゃんのお母さんは何て?」
「日付けが変わっても連絡がつかないならば、警察に届け出ることを検討しているようだ。」
「…そう、だよな。」
幸村君のその声は、そうしたほうがいい、いやそれはやめてほしい、両方の意味に聞こえた。
俺も。もちろん心配だ。二人に何かあったんじゃないかって、そもそも二人一緒かもわかんねーし。事件や事故に巻き込まれたんじゃ、こんなところで俺らが話し合ったって意味はない。さっさと警察に連絡するべきだ。
ただ。たぶん幸村君も考えてることだけど。
二人の置かれてる状況が状況なだけに。こっちが大事にしたら、もし一緒の場合余計あいつらがどうにかなっちまうんじゃないかって、そう思った。
「俺としては…、」
少しの間、みんな無言だったあと、真田が口を開いた。開いておきながら、出す言葉をじっくり選んでるみたいだった。
「…やはり、万一のこと、大事をまずは考えるべきだと、思う。」
「万一、か…。」
「あいつらが一緒かどうかもわからない。ならば一刻も早く、」
警察に…、そういうニュアンスのことを真田は言った。
いや確かに俺もその考えが正解だと思うけど。俺らまだ中学生だし。中学生がそんな、仁王はおいといても女の茜が夜遅く連絡もなしにどっか行方不明って。普通に事件をまずは疑うだろうよ。一緒かもしれない大丈夫かもしれないで、手遅れになったら………、
いやでも、あの二人は。
「もう少し、待って頂けませんか。」
一瞬、俺の声が思わず出ちまったんだと思った。でも違った。
ヒロシの声だった。
「仁王君は、映画館に行っているのだと思います。」
え、ヒロシなんかお前知ってんの?って、俺だけじゃなくてみんな思ったはず。てか、知ってたんならさっさと言えよって。
そしたら柳が思い出したように口を開いた。
「…そうか。今日は第一金曜日だったな。さらに明日は、」
「そう、仁王君の誕生日です。」
え、え、なに、どーいうこと?
俺含め他のやつらも意味不明って顔してたら、二人が続けて説明した。
「毎月第一金曜日、ほとんどの確率で仁王はレイトショーを観に行っている。」
「加えて、私が先日観に行った映画の話をしたとき、とても羨ましがっていましてね。」
ヒロシいわく、それに茜と行きたいって、言ってたって。でも茜は勉強大変そうだし、いくら仁王の誕生日祝いのデートでもそんな長時間外出させるのは悪いしなぁって、言ってたって。じゃあ勉強疲れたときにでもこっそり夜連れ出すかって、冗談めかして言ってたって。
いやそれ、冗談じゃなかったんじゃね?
つーかヒロシだって受験すんのに映画かよって突っ込んだら、息抜きですってアッサリ答えられた。まぁ茜と違って余裕あんだろうけど。部活はこねーくせに。…ちょっと違うか。
「…なるほど。つまり今あいつらは一緒に、映画館にいる可能性が高いというわけだな?」
「ああ。言われてみれば電源を後から切っている点も、映画館に入るタイミングだったと考えれば辻褄が合う。」
「確率はどうだ?」
「78%、といったところか。」
「いえ、100%です。」
いやにヒロシは言い切った。それを見て聞いて直感した。それは俺だけじゃない。幸村君からも、軽いため息が聞こえた。
「…柳生。」
「はい?」
「茜ちゃんに傷をつけたらタダじゃ済まさないって、伝えといてくれ。」
「……はい。」
真田も柳もわかったろ。まぁこのすぐあとでゲロったけど。結局、ヒロシのやつは仁王からメールで連絡をもらってた。でも連絡っつっても、どこにいるとか茜と一緒だとは言ってなかったみたいだけど。
ただ“STAND BY MEに成功”ってだけ。意味わかんね。ヒロシもわかんなかったらしい。
でもきっとそのメールは仁王からの惚気とかじゃなくて、安否連絡だったんだろうことは、わかった。
早く帰ってこい、つーかこれ以上心配かけんなよバカップル。
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