58 パパの陰謀

あたしは走ってテニスコートへ向かった。仁王が放課後行く場所なんてテニスコートしか思い浮かばない。

石段の上からコートを見下ろす。赤也の声が響く中、弦一郎や柳もいる。でも前よく見ていた景色と違って、2年生や、話したこともない1年生たちが試合をしていた。ああ、本当に3年は引退したんだと思いながら、左端のベンチに、仁王を見つけた。一人だ。

下まで下りて、仁王のところまであと数メートルというところ。



「にお…、」

「せんぱーいっ!」



声をかけると同時に、後ろから赤也に飛び付かれた。
呼びに来たものの、いざ会うと、どう言えばいいのかと頭の中でごちゃごちゃ考えてたから、急な赤也の出現に心臓が飛び跳ねた。



「遅いじゃないっスか!」

「ちょ…、離れなさい!」

「たるんどるっス!」



赤也は、3年が引退して晴れて部長に就任した。弦一郎の真似をして厳しくするつもりなのか、遅刻には厳しいらしいけど自分が一番遅刻してるらしい。補習とかで。

たるんどるって怒ったふりしつつも、うれしそうな赤也を見て、あたしも一瞬和んだ。でも今はそんなことやってる場合じゃない。



「あたしは部活に来たんじゃな…!」



赤也を押し退けるついでに、ちらっと仁王を見ると、バッチリ目が合った。そりゃ赤也の声はでかかったもん、気付いて当然。

あ、やべ、とか、おお、お前さんも部活に来たんか?とか、何か言えばいいのに。仁王はプイッと、そのまま目を逸らした。

ちょっとちょっと、サボっておきながらその態度はないんじゃないのと、あたしは密かに怒りがこみ上げた。



「あ、もしかして仁王先輩に何か用事っスか?」



まったくその通りだよ赤也くん。わかったらあっち行ってよ赤也くん。



「仁王先輩、何か茜先輩怒ってるっスよ!何やったんスか?」



前から言おう言おうと思ってたんだけどね、赤也って空気読めないよね。ちょっと仁王くん、練習行くよで済むはずの事態がこじれちゃう予感。

その予感へと緩やかに、はまっていった。



「別に怒られることしとらん。」



仁王は目も合わせずそういいやがった。

怒られることしてない?何を言うかその口。指揮いなきゃ練習にならないじゃない。別に塾とか大切な用事でもないでしょ。なのにサボってその態度は何なの。

男子がほとんど帰ってしまったという苛立ちもあって、あたしはどんどん怒りのボルテージが上がっていった。



「…仁王くん、練習行くよ。」



怒りは抑えて、でも限りなく低い声でそう促した。言いたいことはもっとあるけど。



「男子みんないないんじゃろ。やっても無駄じゃき。」

「無駄じゃないよ。丸井がいないんだから、うちらがなんとかしなきゃ。」



あー今日丸井先輩休みだっけー、なんてのんきな赤也は呟いた。いい加減、場の険悪感を読んで練習行きなさいっての。そんなんじゃ弦一郎になりきれないよ。



「丸井優勝したがってたじゃん。張り切ってたじゃん。だからうちらも頑張ろうよ。」

「俺いなくても変わらんし。」

「でも指揮がいないと伴奏が困るの。」



その言葉に仁王はククッと笑った。いつもなら、こんな笑い方の仁王でもかっこいいと思ってしまいそうだったけど、今回ばかりはきっと皮肉だ。素直に、腹立つ。



「お前がいなくて困るのは、ブン太じゃろ?」



たぶん当たってる。あたしは丸井がいなくて困ってる。強引だけど、みんなを率いてくれるとことか、あたしが迷ってたら答えをくれるとことか、あたしは丸井を頼りにしてる。もちろん弦一郎とは違った意味だけど。

当たってるし、あたし自身それをだめだとも思ってない。弦一郎と違って丸井とは、いろんな意味で対等だから。見た目の年齢とかじゃなくてね。親友だから。

困ってるだけじゃなくて丸井なら力を貸したいって、力になれるって、そう思ってる。



「…じゃあもういいです。」



“す”に力を込めすぎて、微妙に谺した。そして嫌味ったらしい言い方になった。

そこまできてようやく、赤也は事態に気付いたらしく、あれ?俺いちゃまずかったっスか?なんてまたのんきなことを言い出した。

心の中で思ってたことを仁王に言いたい反面、言えなかった。言ったところでどうしようもなく感じた。
あたしに仁王は動かせない。

すぐ傍にいた赤也を押し退け(半分八つ当たり)、あたしはコートを去っていった。

仁王に引き止められなかったし、その後も仁王は来なかった。がっかりしたっていうのは正しくないかもしれない。仁王なんてそんなもんだ、と思ってしまったから。指揮になったのも成り行きだったし、こんな学校行事なんて馬鹿らしいくだらないとか思ってそうだし。
そもそもあたしをあの時伴奏に止まらせたのは、こんなふうに融通が利く、ようはワガママを言えると思ったからなんじゃないだろうか。他の女子よりも動かしやすい、自分の都合だけで思ったんじゃないだろうか。

そんないやらしい考えまで。あたしは思い込んでしまった。



次の日。部活の朝練は行かず、まっすぐ教室にやってきた。
昨日の練習はいた人だけでやったものの、やっぱり不安だらけだった。男子はいないし、指揮はいないしで。早く丸井戻ってこないかなーなんて期待したけど、やっぱり今日も休みだった。あたしはうなだれる。



「上野、仁王、ちょっと来い。」



朝の会が終わって、突然あたしは仁王とともに先生に呼ばれた。仁王とは昨日のあれ以降はしゃべってないから当然気まずい。しかも今もし合唱コンの話題でも振られようものなら、完璧地雷だぞ先生。

あたしは心して先生の話に耳を傾ける。気だるそうにやってきた仁王は、あたしの斜め後ろに立った。



「お前らなぁ、夏休みの歴史の宿題、写し合いしただろ?」



は…?
先生の、予想だにしない言葉に、あたしはうっかり声が漏れた。

夏休みの宿題なんて今さら何言ってんですか。確かに弦一郎のやつを写したけど、そんなん毎年やってますよ。



「ほら、こいつだよ。」



先生は二枚のプリントをあたしたちの前に披露した。片方はあたしの、もう片方は仁王の。

なんと、見事全部に罰点がついてる。



「全部間違ってるのはいいとして…まぁあんま良くないが。お前ら二人そろって解答が一緒だろ。」

「「……。」」

「間違ってる上にその解答も一緒。そりゃ歴史の先生もキレるって。」

「何で!?」



あたしは思わず叫んでしまった。だってだって、これは弦一郎のを写したはず。確かにそれを仁王にも見せたから、仁王とあたしの答えが一緒なのもそうなんだけど…、

だとすると弦一郎が間違いだらけだったってこと?あの弦一郎が?戦国時代に生まれたほうがよかったあいつが?

あたしが混乱しているそのとき、ガラッと教室の扉が開いた。



「フッ、茜。俺の策略に見事はまったな!」



得意気な顔をした弦一郎だった。何その登場の仕方。全然かっこよくないからね。



「俺がそう何度もお前に答案を盗ませると思っていたのか。愚か者め!…その答案は偽物だ!」

「はぁ!?」

「頃合いを見計らって机の上に偽のプリントを置いておいたのだ。昨年はお前に盗まれ大変な思いをしたからな。」



何その得意気な顔。ムカつくんだけど。すっごいムカつくんだけど。

そういえば今回、普通に机に放置してあった。去年あたしに盗まれたくせに、弦一郎も案外バカだなぁなんて思ってたけど。



「フハハハハハッ!」



くっそーやられた!はめられた!しかも弦一郎にだなんて一生の不覚!
信長とかの時代なのにやたら源義経がでるなぁとか思ってたら…。「源義経って出過ぎじゃない?この人そんなに長生きしたの?」「あー影武者じゃろ。流行ってたらしいぜよ。」「へー影武者かぁ。かっこいいね。」とかなんとか言ってたのに。

すぐ傍の仁王からため息が聞こえた。昨日あんなことがあった挙げ句、こんなアホなことに巻き込んじゃって……、きっと心底イラついてるに決まってる。



「というわけでお前ら今日二人、居残りな。課題のプリントいっぱい出てるから。」



人生気まずいベスト10があれば間違いなく上位に食い込む放課後。

「してやったりの気持ちはわかったから、真田はとっとと教室戻れ。」と、初めて弦一郎が先生に注意されてる現場を見て、いつもなら爆笑なんだけど。

あたしはただただ頭を抱えるばかりだった。

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