89 恋愛写真

「ごめんね、明日模擬テストで。」



12月3日。金曜日。仁王の誕生日前日。仁王は部活後、あたしは図書室で勉強後に二人で帰ってるところ。…せっかく付き合って初めての誕生日だったのに。ほんとに申し訳なかった。

でも仁王は、それはしょうがないじゃろって、何も責めなかった。代わりに日曜日、お互い一日休みだしデートしようってことになった。



「いーえ。あさっては会えるんじゃろ?」

「うん!」

「結局、デートらしいデートは今回初めてになるのう。」

「あー、確かにそうかも。」



付き合ってから休みの日にご飯食べに行ったことはあったけど、一応あたしは受験生ということでほんとにご飯だけだった。だから、あさっての日曜日は、ほんとの意味で初デート。
合唱コンのときも、あたしのカミングアウト事件のときもできなかった、ほんとのデート。



“何か起こりそうな予感!”



鈴の言葉が頭を過った。



「あーあ、もうウチ着いたか。」



仁王は毎回、あたしんちまで送ってくれる。でも、うちは学校からかなり近い。できる限り遠回りはしてるけど、一緒の時間も短い。

残念だけど。仁王が残念がってくれてるのがうれしいけど。
たった数十分の道のり。それだけでも一緒にいられる今は、幸せなことだ。



「…あ、仁王くん、これ、」

「ん?」

「…た、誕生日、プレゼント。」



ブルーのほんわかした感じのラッピング。昨日頑張って完成させた。

結局柳から聞いた通り、あたしはホームセンターで買った、ネジとドライバーを包んだ。
…もちろんそれだけじゃないよ。あと私服用のマフラーと写真立て。

…と、仁王はあたしからのプレゼントが余程予想外だったのか、らしくなくちょっと止まって、目を丸くしてる。

え、なんでそんな驚いてんの。普通でしょ普通。彼女なんだから、プレゼントぐらい……、



「…中見てもいいか?」

「えっ、ど、どうぞ。」



夢中で、っていうのは仁王に似合わないかもしれない。
でもほんとに夢中で、というか一心にラッピングを開けた。
そして中をジッと見てる。

…ヤバい、もしかして、ネジとドライバーなんてほんとは嘘だった?仁王の、じゃなくて柳の嘘とか?うわー失敗したかも…!マフラーも好みがあったか…、

ふいに、仁王は、右手をあたしに伸ばした。それはあたしの項に滑り込んだ。



「……っ、」



仁王くん、って、言おうとしたのに、
その唇が動く前に塞がれて無理だった。

今日は風が冷たくてすごく寒かった。顔も手も足も。今わずかに触れている鼻も。
でも、仁王の唇はあったかくて、
合わせたように、身体の中が熱くなった。



「むちゃくちゃうれしい。」

「え、ほんと…?」

「ああ。ありがとな。」



やっぱり仁王は、こういうときの顔を見せるのが嫌なのか。おでこをあたしの肩に乗せて隠した。

毎日、今まで以上にどんどん仁王が好きになっていってるけど。
仁王も、きっとあたしのこと、もっともっと好きになってるんじゃないかって、そんな感じがした。



「このマフラーいいのう。オシャレ。」

「そ、そう?仁王くんに似合うかなーって…!」

「いやーうれしい。…こっちは写真立てじゃな。」

「そうそう、一緒に写真撮ったときにでも…、」

「こないだ撮ったやつでも入れるか。」

「あれはダメ!部屋に飾っても違和感ないやつで!」

「うーん残念。…あ、」



仁王はうれしそうにマフラーと写真立てを抱えながら、目をまん丸くした。



「ははっ、これ、参謀から聞いたんか?」



別の小袋に入れたネジとドライバーを掲げてみせた。
なんだかおかしいのか、けっこうな大笑いをしてる。珍しい。

って、なぜ笑う…!柳は嘘をついたわけではなかったみたいだけど(疑ってごめん教祖様)、そもそもこんなソッコーバレるなんて、恥ずかしかったかも。そりゃそうか、柳にしか答えてなかったんだもんな。あたしも考えが甘い。



「あー、い、一応、立海のデータマンの意見も取り入れようと思って!」

「ほーう。…はははっ。」



まだ笑ってるし。失敗だったかしら。そもそも仁王のギャグだったのかしら。



「なんでかわかった?」

「え?」

「なんで俺がこれ、欲しがっとったか。」

「…そりゃー、」



わかりませんけど?だって意味不明過ぎるもん。ネジとドライバーなんて。

ドライバーは、まぁお家になかったのかなって。そこまで使用頻度高くないから、どこかに仕舞ってわからないとか、もともと持ってない家庭もあるかもしれない。あと、たまに使い難いのもあるし。

でもネジは、はめるものがなければいらないよね。あたしならいらない。そんな使い所がないネジ………、



「茜に関係あるんじゃけどな。」



あたしに?あたしならいらないと思ったんだけど。使うことないし。

…ん?あたしならいらない?使い所がない?
あれ、ちょっと待って、ネジって、
なんかどっかで……ネジ…ネジ……?



「……あ、」

「気づいたか?」

「…オルゴール?」

「正解。」



よくできましたーって、仁王はあたしの頭をよしよしと撫でた。

合唱コンで、仁王がもらった賞品のオルゴール。それをあたしは、仁王からもらった。
いろいろ思い出の品を詰めて、埋めようと思ったけど、屋上でうっかり投げちゃって、壊れてはないけどネジが一本、なくなった。

そして仁王は雨の中、屋上でそのネジを探してくれて、結局見つからなかったわけなんだけど。

だから仁王は、ネジを欲しがってたのか。
だがしかし。



「……おっきくない、それ。」



そう、そのネジ、あのオルゴールには到底はめられないほど大きい。だって、サイズとかよくわからなかったから。単にオブジェかなんかだと思って、けっこう立派なやつ買ってきちゃったけど。



「そう。だからおもろかったんじゃ、ははっ。」

「あー…サイズ、聞かなかったから…失敗した…。」

「いや、俺も参謀に答えとらんかったし。欲しいもの聞かれて、すぐ思いついたのがネジで、じゃついでにドライバーもって。」

「…そーいうことかぁ。」

「まさか茜にもらうとは思わんかった。」



なんだか、ほんとに仁王が欲しがってたものみたいだけど、失敗した気分。いや、普通に失敗か。張り切って立派なネジ買ってきて、恥ずかしい。

でも、目の前の仁王は、相当喜んでる。おもしろかったっていうのもあるんだろうけど。
これはこれで、成功なのかな。



「茜が、宝物って言ってくれたし。」

「え、」

「いつかちゃんと直したかったんじゃ、オルゴール。」



今度サイズ測って、買いにいくかのーと、仁王は笑って言った。



いつもいつも、あたしに優しいね。いつかの言葉通り、あたしのこと考えてくれてるね。

そう思ったらうれしさでいっぱいになって、仁王の胸に飛び込んだ。
そしたら仁王も、荷物持ってて難しいだろうに、あたしをギュッとしてくれた。



お互い、名残り惜しかったけど。部活後だったし時間も遅くて、そのちょっと後、別れた。

寂しくはあるけど、今日はプレゼント喜んでくれたし、あさってまた会えるもんね。



「ただいまー…。」

「おかえり。…ちょっと、茜、」

「?」



家に入るなりお母さんに呼ばれた。なんだろ、なんだか、険しい顔。



「今の男の子、誰?」



幸せ過ぎて浮かれてたのは、大前提。最近いろんなことが頭から抜けてはいた。でも、それ以上にあたしはうっかり者だった。
自分んちの真ん前で、彼氏とイチャイチャするなんて…!

どこから見られてたんだろう。抱き合ってるところ?キスしたところ?

恥ずかしい、それ以上に、あたしの中ではまずいって、直感した。
だってあたしは受験生。塾でもないのに遅くまで、彼氏と会ってたなんて。

そう、あたしが考えた通りのことを、お母さんに指摘された。
あんた、自分の立場わかってるのって。



「今が一番大事なときなのよ。」

「……わかってるよ。」

「わかってないじゃない。あんな、不良みたいな子と……、」



バンって、勢いよくあたしは鞄を叩きつけた、床に。前までなら軽い鞄だったけど、今は勉強道具がたくさん入ってる。
毎日持ち歩くのはすごく重い、重いんだよ。



「お母さんこそわかってないよ。」

「何言ってるの。お付き合いしてるの?あの子と。」

「そーだよ。」

「あのねぇ、まだ子どもなんだから。男の子と妙なことでもして、もし大変なことになったらどうするの。」

「………。」

「そういうことは、あんたにはまだまだ早い……、」



はい、そこまで。

あたしは冬の夜空の下。家を飛び出して走った。

どこでもよかった。あの家からお母さんから逃げたかった。

腹も立ってた。お母さんだって、勝手に離婚して再婚するって、あたしの進路も決めて。あたしを立海から離して。挙句が仁王のこと悪く言って。



でもそれ以上に、自分にも腹が立ってた。お母さんの言うことは最もだと。あたしはまだまだ子どもなんだと。一人じゃ生きられない。

弦一郎が言ってた、どうすることもできないって、
それはあたし自身の台詞でもあった。



ほんとに、どこに行くのでもよかった。家以外なら。自分でも、どこへ向かってるのかわからなかった。

でも案外、目的地に着くのは早かった。心のどこかで、その目的地を目指してたのかもしれない。



「…わっ、」



そう、別れてからさほど時間も経ってなかったから、
すぐに仁王に追いついた。仁王の背中に抱きついた。



「…茜か。なんじゃ、ビックリした。」

「……。」

「え、どーした?」



あたしがただ抱きつくだけで何も言わないから、仁王は相当不思議がってるだろう。

でもあたしは何も言えなければ顔も上げられなかった。ああ、そういうところが余計に子どもなんだよ。

あたしは力の限り仁王に抱きついてたのに、でも仁王は、いとも簡単に体を反転させて、やんわり、あたしを抱きしめた。



「どーしたんじゃ、茜ちゃーん。」

「………。」

「家で、何かあったんか?」



仁王はほんと鋭い。何でもすぐわかる。

ちゃんと言わなくちゃ。こんな意味不明にいきなり抱きついて。さっき別れたばっかなのに。今日は一週間の終わりで、部活での疲れもあるのに。きっと困ってる。

そう思ってたら、仁王は、予想もしなかったことを言い出した。



「…もうあと数時間で、俺の誕生日じゃな。」

「……。」

「前夜祭ってことで。愛の逃避行でもせんか?」



えっ、と、ようやく間の抜けた声を出してあたしは顔を上げた。

泣いてたから、仁王はあたしの涙を拭うと、
またあたしの大好きな空気で、優しく笑った。

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