88 柳教の女たち

「……どーしよう。」



あたしはさっきから手帳とにらめっこ。

今あたしはトイレの便器に座ってる。用をたしてるわけじゃない。授業が終わって帰りのホームルームが始まる前の時間、鈴とトイレに来たから一応トイレに入ったんだけど。さっきまずいことに気づいて、手帳を持ってきたんだ。ちょっと開くのが怖かったんだけども。

“仁王君の誕生日!”
鈴に言われて思い出したけど、そういえばそーだったんだ。前に聞いたことあったけど、万が一、仁王や丸井に手帳見られて、“仁王の誕生日(はぁと)”なんて書いてあったら気まずいと思ってたし、まだまだ先だからって書かなかったけど…。

今その12月4日、ちなみに今年は(土)、の欄に書き込まれてるのは、仁王誕生日でもマイダーリンバースデーでもない。



“塾模擬テスト9:00〜”



うわー最悪だわほんと。最近、土曜にも塾の講習入れてて、ただの講習だったら午前か午後どっちか空けられるけど、まさかの模擬テストとは…。しかも公立と私立両方やるから一日中つぶれる。うわーほんと最悪。

トイレから出たら、もう鈴は手を洗い終わってたところだった。



「どうしたの、手帳ばっか見て。」

「いやーちょっと塾の確認というか。えーっと、教室行こう!」

「手洗った?」

「…あ、まだ。」

「もー、もうすぐ大人の仲間入りなんだから、ちゃんときれいにしないとだよ!」



大人の仲間入りて。まぁ、そういう行為をしたらの話だし、するかもわからない話だし。

ゴシゴシ、ゴシゴシ。あたしは例えば掃除を始めたらけっこうトコトンきれいにするタイプだけど。普段、清潔を心掛けたりってタイプではない。もちろんお風呂に入ったら体は隅々まで洗うけど。それなりに無駄毛処理もするし。

…例えばの話よ。突然ね、いきなりね。仁王が迫ってきたとして。そしたら、さぁどうぞって、服脱いだり裸見せあったり。できる?そんなの。
もしかしたらその日は体育があって汗かいた日かもしれないし。うっかり剃り忘れの何かがあるかもしれないし。

だからと言って、じゃー仁王この日ね!この日は完璧に整えてくるからね!…なんて約束するものでもないし。

考えれば考えるほど無理だ。年齢がもっと上になれば大丈夫?いや、あたしのこの今の性格のままだといつまで経っても無理だ。そうすると仁王を傷つけることになる、と。



「なぁに、何か考え事?」

「え、」



あたしが長いこと手をゴシゴシ洗ってるもんだから、鈴は不思議がった。

考え事といえばそうだけど。でもいくら一番仲良しなマイフレンドでも、こんな生々しい込み入った話はちょっと恥ずかしい。



「あ、仁王君へのプレゼント?」

「…ん?」

「プレゼント、何にしようか悩んでるんでしょ。」

「そ、そうそう、プレゼントプレゼント。」



プレゼント。そういやそうだ。誕生日にプレゼントは付き物であり、彼女ならそれは絶対欠かせない。

でも当日は渡せそうもないなぁ。次の日だとなんか遅れた感があるし。…きっとあたし以外からももらうだろうし。それなら一番に、前日に渡そうかな。

てか、何渡そう。



「仁王君が欲しがるものって、想像つかないよねぇ。」

「うーん。本人に聞いても答えてくれなそうだしね。」

「あたしにいい案あるよ!」

「案?」

「そう!柳ならきっと仁王君が欲しいもの、知ってるよ!」



やなぎぃ〜?ごめんだけど柳に聞くのは赤也に聞く並みに不適切な気がする。いや、赤也と違って正しい答えなんだろうけど、なんていうか、イラっとしそうというか。



「じゃ、さっそくF組に行こう!先生来る前に!」



そう言って鈴はあたしの手を引っ張って、F組へ連れて行った。ほんと、鈴は柳に信頼寄せまくってるからなー。信者だよこのレベルは。弦一郎じゃなくて、ほんとは柳が本命じゃないかって、丸井とも話したことあったけど。



「…そういえば、鈴、」

「んー?」

「最近、弦一郎のことはどうなの?」



F組へ行くまでの道。思い切って聞いてみた。最近、鈴から弦一郎の話はめっきり聞かなくなったし。何より、

その弦一郎がなんだか、気になることを言ってたから。
キビって言うのは、相手の、表には見えない微妙な心の動きとかのことで。…さっきネットで調べたんだけど。
それがわからないんだって、弦一郎は少し、悔しそうな感じだった。昔だったらそんなの気にもしないやつだったのに。

それがなぜかはわからないけど。何か、弦一郎の心を動かすことがあったのかなって。



「真田君はー…、うん、もう諦めた。」

「えっ、」

「あ、でもあたしが好きだったってこと、ちゃんとわかってたみたい。」

「やっぱり告白したの!?」

「やっぱりって何よ。まぁそれは内緒かな〜。真田君とあたしと、ある人の秘密だから!」

「ある人?…あたしは全部話したのにー!」

「ふふー、いつかね!」



なによなによ、いつの間に弦一郎とそんな秘密を抱える事件があったのよ…!気になる!

弦一郎が、機微がどうのって言ってたの、てっきり鈴の気持ちをなかなか気づけずにいたって意味かと思ったのに。

あ、でも、あたしも仁王とのことは結局事後報告だったし。部長のことはいまだに言ってないし。
仲良しだけど、お互い秘密事もある…。それはしょうがないのかなぁ。



「あたしは真田君の次の恋を応援してるし、あたしも次の恋、頑張るから。」

「…次の恋?」

「あ、柳!」



また鈴が気になる妙なことを言い出したから。追及したいところだったけど、タイミングいいのか悪いのか、柳と廊下で会った。こいつもトイレに行ってたらしく、ハンカチで手を拭き途中だった。



「どうした、二人揃って。」

「あのね、実はー…、」



鈴が言ってた、真田君とあたしとある人の秘密って。

なんか、ただのカンだけど。そのある人って、この柳なんじゃないか。ほんとにただのカンなんだけど。

だって、あたしは仲良しだしそれなりに弦一郎の話は聞いてたけど。柳は、きっとそれ以上だと思う。この信頼度の高さがそう表してる。
きっとあたしには言えないことでも、柳になら言えるんだと、思う。



柳は、基本物静かだけど弦一郎ほどムスっとしてないし、背も一番高いしめちゃくちゃ賢いし、認めたくないけどそこそこかっこいいらしく人気もあって。基本憎たらしいってかいやらしい言動が多いけど、良く言えば親切なやつだし。

…もしかして鈴、今度は柳に!?



「ネジとドライバーだ。」



ボケっと考え事をしているあたしの耳に、意味不明な柳の声が響いた。



「…は?」

「ネジとドライバー。仁王が今一番欲しがっているものだ。」

「何それ、何に使うんだろうね?仁王君。」

「さぁな。特に意味はないように思うが。」



理由は知らずになんでそれだけ知ってんのよ。
聞いたら、どうやら先日、直接柳が仁王に聞いたことらしい。柳は毎年、他のメンバーにもちょっとしたプレゼントを渡したりしてるんだって。うーん、やっぱり柳って、チョットだけいいやつなのかも。

仁王がすんなり答えることなんて、嘘だったりするんじゃないのって思ったけど。でも、例えば他のクラスの女子とかに聞かれてもそもそも、どうじゃろな〜ではぐらかすらしいから、とりあえず今仁王が欲しいものは、ネジとドライバーで確定なんだって。

ただ、柳自身は仁王に聞いたものの、よくある仁王の気まぐれや意味不明なイタズラに使うんだろうってことで、ダーツの矢をプレゼントするつもりらしい。



ネジとドライバーって。なんだそれ。ネジなんてきっと何千何万と種類があるだろうし、ドライバーだってプラスとかマイナスとか六角形のやつとか、いろいろあるじゃない。

柳の言う通り、特に意味はないのかな。何でもいいのかな。今週、ホームセンターにでも行ってみようか。

っていうか、よくわからないくせにあたしもしっかり柳を信じてるらしい。柳の言うことは、データは正しいと。…入信しようかな。

そして迎え打つ。仁王の誕生日、というか誕生日前日。

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