85 あたしの片思い〈後編〉

“仁王が、好きなんだ”



全部全部伝えた。伝えることができた。

ついに言っちゃった、その思いもあったし、
言ってスッキリ。抱えてた気持ち全部出せたって、達成感もあった。



そう思ってたら、あたしの話を遮らず全部聞いてくれた仁王は、あたしをぎゅっと抱きしめた。

泣いてたから慰めるというものではなく。
今までされたことないほど、強く、少し痛いぐらいにきつく抱きしめた。



「離れたくないよ…、」

「うん。」

「仁王が好きなんだよ…っ。」



仁王のあったかい腕と胸の中で、あたしとは違う匂いに包まれて、もう一度言った。叫んだ、のほうが正しいかもしれない。

あたしよりずっとずっと大きな背中に手を回して。痛くしてしまうかもしれないぐらいに、抱きしめた。

仁王の体温は心地よくてあったかい。
そのあたたかさに包まれて、もうこのまま時間が止まっちゃえばいいのにって、思った。

どこにも行きたくない。場所も、時間も。この中ですべてが終わればって。





「…俺も。」



えっ、て。こんなときなのにアホっぽい声が出てしまった。あたしは仁王の腕の中で、やっと言えた達成感とか、安心感とか、体温だけじゃないあったかい気持ちに浸ってた。

その耳元で囁かれた言葉は予想外とか、そういう驚きは案外なかった。
反射的に、というのもあったけど。聞き返した。ほんとの気持ちをもっともっと知りたくて。

手に入れかけると欲張りになる。きっと誰でも。



「あーあ。言わせる前に言うつもりだったんじゃけど。」

「…え、……え、」

「最近はわかりやすかったじゃろ。バレバレじゃなーって自分でも思って、」

「…仁王、くん。」



あたしは抱きついていた腕を解き、少し仁王から離れた。



「ちゃんと聞きたい。」



意地悪じゃないよ。全然まったく気づかなかったわけでもなかった。
そうなんじゃないかって、思ってた。いや、思いたかった。

最初は、もちろん違ったとは思うけど、数ヶ月前から今日までずっと接してきた中で。
仁王からは優しさだけじゃなくて、
愛も感じるようになったから。優しいだけじゃない。その表情や言葉や仕草を、あたしは見てきた。



「…言うんか?」

「当たり前でしょ、聞きたいでしょ。」

「お前も泣いたり怒ったり忙しいやつじゃのう。」

「怒ってないよ!」

「あー今はニヤけとる。」



えっニヤけてる!?
思わずほっぺたを触ったけど、…確かにちょっと、緩んでた。

それを見てか、仁王もいつものように笑った。



「俺は、茜が、」

「…あ!」

「好ーき。」



肝心の、その二文字の言葉を聞く前に、仁王はまたあたしを抱きしめた。



「ずるい!顔見たかったのに!」

「いやー、見せられんよ。恥ずかしい。」

「…仁王くんも今笑ってるでしょ。」

「そりゃ幸せじゃから。」



仁王のその言葉に、あたしもいつの間にか、自分の胸がいっぱいになってるのに気づいた。
さっきまでの、詰まるようなものではなくて、

仁王の身体から伝わる体温と、
自分の気持ちを言い切った、仁王も気持ちを伝えてくれた、
そのうれしさに、胸がいっぱい。

これ以上は無理なぐらいにくっついてるけど。
もっと近づきたい、もっとぎゅっとしたい気持ちがあって、あたしはさらに仁王を抱きしめた。仁王もそれに応えてくれた。
そのとき。



「…ぅわ!」

「おっと…、」



忘れてました、今は橋の縁の上。

胸いっぱい、抱きしめることに手いっぱい。あまりに無防備だったうちらは、
バランスを崩し、危うく下に落ちるところだった。身代わりに脇に置いてた花火が落下。もったいない…!



「危な!」

「ここから落ちたらたぶん死ぬぜよ。」

「心中になっちゃう。危ない危ない…、」

「それでもいいかもな。」



仁王のその言葉は、冗談だってはっきりわかってるんだけど。
なんだかちょっと、心がこもってる感じがして。

まるでさっきのあたしみたい。全部終われって思った。
現実を嫌でも思い出す。



「…ちょっと、これからのことを話すかのう。」



仁王はあたしから手を離し、しっかり座り直した。
あたしもそれに合わせて座る。



「まぁ晴れて両想いとなったんじゃけど。」

「うん。」

「…2時間ちょっと、かかるか?新幹線で。」



そう、あたしと仁王は両想いになったわけだけど。

現実はうまくいかない。
あたしは来年度から、関西で暮らすことになる。仁王の言うように、神奈川からは新幹線でも2時間以上、ドアからドアだと3時間以上かかるかもしれない。

やっていけるのか。
そう、あたしの頭を過った。きっと仁王もそれは思ったと思う。



「俺は高校でもテニス部入るし、」

「うん。」

「夏休みでも冬休みでも、そんなに長い休みはなさそうじゃろ。」



それはそうだ。あたしがテニス部通ってから改めて思ったけど。

テニス部はほんとに部活漬け。平日はもちろん、休日も基本的にはあるし、対外試合も多い。高校では大会も増えて、中学より練習量も多いらしく、夏休みも冬休みもそれらしい連休はない。まぁ前から弦一郎はえらい忙しそうだなぁとは思ってたけど、あたし自身関わるようになってから実感したんだ。

会えなくなる。今は毎日たとえ話さなくても、顔を見ることはできる。
だからこそ続く思いもあったはず。

でも……。



「…あたしが行く。」



この先のことはわからないけど。

今手に入れたものを、簡単に手放すことなんてできない。



「夏休みとか、長い休みはあたしが会いに行く。」

「…できるんか?」

「うん。会いに行く。」



だから仁王も手放さないで。
そう、気持ちを込めた。



「まぁ、俺もせめて丸一日ぐらいの休みがあればそっちに行くぜよ。空いてる時間は電話とか、メールとか。」

「うん。」

「無理はしないって約束できるか?」

「うー……うん。」



不安じゃなぁって、仁王は笑いながら呟いた。

あたしだって不安だよ。あたし自身がどうかってことじゃなくて。
仁王がもし他の子を好きになったら?そうじゃなくても、あたしのこと好きじゃなくなったら?嫌いになったら?

でも、そんなことは考えてもしょうがない。
願いがあるなら強く思って、頑張れることを頑張らないと。

さっき聞いた部長の話、だけじゃない。
あたしはちゃんと、大人に近づいてると思う。



ーブーッブーッブーッ…



そのときふと、携帯が震えてることに気づいた。ポケットから出してみると、丸井からの着信。
まもなくその着信は止まったけど、他にも何件かメールも含めきてたみたい。丸井だけじゃなくて、鈴や赤也からも。

告白に必死で気づかなかった…。
きっと何も言わずいなくなったから、心配してるに違いない。



「俺もさっきから鳴っとった。」

「えっ、」

「ブン太と赤也からじゃな。」



カチカチと、仁王は携帯を操作して、たぶんメールがきてたんだろう、中身を見てる。

あたしも電話…はなんか今は恥ずかしいから、メールで仁王と一緒にいること伝えようかと、返信ボタンを押した。

うーん、でもなんて入れよう。仁王といるってだけでいいのかな。でも赤也はともかく、丸井はずっと応援してくれてたわけだし。でもでも、今それを言うのも何だか…恥ずかしいというか、照れるというか。さっきの話で、おそらく、あたしと仁王はこれから付き合っていくということなんだけど。

…付き合うって、なんかすごいな。仁王は付き合ったことあるけど、あたしは初めてで。しかも相手は仁王。あの、仁王だよ。昔のあたしなら考えられないよね。ていうか付き合うって、どんな感じなんだろ。今までとは違うよね、やっぱりデートしたり、手繋いだり……、その他にすることって言ったら………、



「どうした?」

「…はっ、」



いけないいけない。妙なこと考えるところだった。邪なやらしい男子みたいなこと考えるところだった…!

仁王は不思議そうにあたしを見た。心なしかあたしは顔が熱くて。仁王に見られてるから、それだけじゃない。

この仁王とこれから先、どんなことを経験していくんだろうって、考えちゃって………、



「俺が返事しとくぜよ。」

「あ、すいません。」

「ブン太と赤也とついでにジャッカルにも送っとくか。」



あたしがぼけっとしてる間に、仁王は素早くメールの返信をした。携帯の明かりにさらされる横顔を見つめる。

この仁王とかー…。あたしも大人になってくのかな。仁王はたぶん、いろんなこと経験済みだろう。だから仁王に任せて、委ねればいいのかな。

ていうか、付き合うんだよね?これからのことってことでさっきの話が出たんだし、彼氏彼女ってことだよね?
…一応確認したほうがいいのかしら。来年から離れ離れだし、ちゃんと言っとかないと、積極的な付き合いはしないかもしれない。



「…ところで、なんて送ったの?」



あたしはふと気付いた。メールをうってる仁王の横顔が、
さっきとは違う、なんかイタズラっぽく笑ってる気がして。



「こんな感じじゃ。」



もう送信済みだった、丸井、赤也、ジャッカル宛ての一斉送信メールを見せてくれた。



『茜といる。付き合うことになりました。ラブラブじゃ、うらやましいじゃろ』



丸井にはあたしからちゃんと言わなきゃって、もちろん思ってたし、
そもそもあたし自身がたった今不安に思った、その言葉。



「ちょっと…!」

「ちゃんと言わんと。俺の茜にちょっかい出されたらたまらんし。しっかりガードしとかんと。」



いつもの、あたしが大好きな軽く笑う顔ではなく、
これもいつもの、意地悪そうに笑う顔。
それも大好きなんだけどね。

また仁王にぎゅっと抱きしめられた。そして耳元でまた、好きじゃって囁かれた。
これは、照れ隠し?

やっぱり仁王の、照れてる顔とか恥ずかしがってる顔とかは見せてもらえないみたいだけど。

心も身体もあったかさいっぱいで。



楽しいばかりじゃなかった、苦しかったり傷ついたりした、あたしの片思い。

たった数ヶ月だけど、素敵な思い出もいっぱいの片思い。あたしをほんのちょっとだけ大人にしてくれた片思い。

それに、ありがとうとさよならを告げた。



帰り道。仁王がメールを送ってから、バカ3人からはえらい鬼電があった。それに笑い合いながら、全部無視して、今日はもうみんなに合流するのはやめようかってなった。しばらく二人がいいねって。いろんな話をしたり、また抱き合ったりもした。
ドキドキもするしうれしい気持ちも。胸が溢れるぐらいにいっぱいだけど、全然、苦しさはなかった。

これからの不安も、今はない。頑張っていこうって決めたから。

ただ、来年の春。別れのときが近づいてきたら、また違う別の感情が出てくるかもしれない。
…それまでに別れてたりして。いや、それはないと信じたい。

そんな二人での帰り道。



「幸村には、お前から伝えんしゃい。」

「えー!」

「告白されたんじゃろ?」



そういえば部長は、告白するって仁王に宣戦布告したって言ってた。全部知ってたのか。

なんで部長も仁王に言うのかって思ったけど、なんとなく気づいた。
それは部長から仁王への、宣戦布告じゃなくて、
ほんとはただのエールだったんじゃないかって。
うかうかしてたら俺が先に行くよって。

こないだ話してたように、部長の中にはやっぱり仁王に対しての複雑な思いがあったんだろう。



「こないだの電話のとき、返事は聞かなかったって言っとったけど。」

「そんなことまで…、」

「でも、俺が返事を聞かなかった意味はわかるよねって、言われた。」



もうそれが答えなんだと。

仁王にとってもまた部長は特別で。
そこまで親しいわけじゃない。丸井や赤也やジャッカルとみたいにつるんで遊ぶわけでもないし、柳生との信頼関係や本音で語り合える仲でもない。

でも、仁王も部長に何か、してもらったことがあるのかもしれない。
それはあたしが部長にされたことだったり、はたまた部長が仁王にされたことだったり、同じようなことなのかまったく違うのか、見当もつかないけど。

そんな、空気を感じてた。



家に着いてから、仁王に言われた通りちゃんと部長には自分から、電話で伝えた。

すごく喜んでくれた。あたしから伝えたことも喜んでくれた。
でも、電話だったから、どんな顔をしていたのかはわからない。

ただ、声だけでもそんな優しい態度を取ってくれて、きっと気を使ってくれて、
あたしにとっても部長は特別な人だと、感じた。

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