なんて、やけに憎たらしく焦らしながら、赤也はあたしに教えてくれた。それはあの日の帰り道。
あたしがプール更衣室に閉じ込められた日だ。
あたし自身、あの3人にはほんとに腹立った。前も呼び出しぐらいはあったけど、今回の行動には驚きとともに、許せないって気持ちが沸いてきた。
ただ、赤也いわく、仁王がしっかりあの3人を説得してくれたって。弦一郎や丸井はそれでもまだまだ安心できないって、赤也の話自体疑ってたけど。
あたしもあたしで、ほんとかよって、思った。仁王がそんなことするなんて。あんまり信じられなかった。
かと言って、あたし自身があの3人に復讐するなんてバカらしいし。弦一郎たちにどうにかしてもらうのも違う気がした。だから、そのまま考えるのももうやめにしようって思った。
ちょうどそう思ってた、その帰り道だった。
赤也があたしに話してきたんだ。
めちゃくちゃいやらしい下世話な顔してね。
「仁王先輩、茜先輩のこと、大事なやつなんだって言ってたんス!」
「……ウソだぁ。」
「ほんとほんと!あとなんだっけな……あいつを傷つけるのは許さんとかだっけな?俺が一生守るだっけ?」
ますます嘘臭い。
仁王がそんなこと言うなんて、というよりは、この赤也だ。きっと誇張したり自分のいいように解釈してるに違いない。
でも、
「とりあえず、細かいことは忘れたけど、大事なやつだって言葉はハッキリ言ってました!」
大事なやつ…か。
信じられないけど、でも、
仁王があの3人に向かっていったのは事実で。
“言ってくれ、絶対”
仁王が風邪で学校を休んだ日。仁王の家までお見舞いに行ったとき、言われた言葉を思い出した。
あのとき仁王は、あたしがあの3人に何かされたら困るって、そう言ってた。そして、もし何かされたら言ってくれって。実際に今回のことは、仁王があのとき嫌がってたことそのまんまだったんだろう。
あたしがみんなの前でカミングアウトしてからもう一週間以上経ってる。いまだに仁王とは、その話はもちろんろくに会話もしてない。
仁王に話したところできっと何も思わないって、そう思ってた。
今回のことも、あたしは来年からいないんだし、放置することだってできたはず。それなのに……。
最近、仁王のことを思うと涙が出てくる。ほんと、3年になってから涙脆くなったなぁ。ほとんど仁王絡みな気はするけど。意識し始めた最初はなんか、ドキドキしたりうれしい気持ちばかりだったけど。
いつか丸井が言ってたね。いろんな感情で泣けてくるのは、少し大人になってからって。
あたしはこの長いようで短い数ヶ月の間に、
ほんの少し大人の仲間入りしたんだろうか。
そう、仁王が好きって思う気持ちが、日に日に苦しくなってきてる。泣けるほどに。
あたしはもう、ちゃんとこの気持ちにケジメを着けたい。
そう思った3日後の土曜日。
丸井が提案した、みんなで花火が実現した。
会場をピックアップしたのはもちろんジャッカル。そして家まで迎えにきた丸井に連れて行かれたのは、川の土手。
夏に来たお祭り。そのときに仁王に教えてもらった、以前お花見をしたという場所だ。
「みんな、火の始末はしっかりやるんだよ。」
部長がみんなに声をかけた。
みんなって言っても、あたしと鈴といつものメンバープラス、今2年で主にレギュラー張ってる後輩たち。ほぼあの夏合宿のメンバーってわけだ。
そして元レギュラーの3年も合わせて、ここにいる人たちがいつも部活にいる。そこそこ多い人数だけど、花火もそれなりに多くて、一人頭けっこうな本数の花火ができそうだ。
ただ、仁王だけは来てなかった。
「あいつ、絶対来いって言ったんだけどな。」
丸井が不満そうに言った。
あたしも仁王がいたらそれはうれしいけど。
でも、この企画をしてくれた丸井に、すごく感謝した。
夏にできなかった花火。またテニス部で一つ、思い出が増えるんだ。
来年のお花見は参加できないかもしれないけどね。
「茜ちゃん。」
メインのデカい花火もやりまくって、鈴とそろそろ手持ち花火するかって、あたしも小さな花火を2、3本同時にやろうとしたところ。
部長に呼ばれた。
少しみんなとは離れた場所。やや川に近いその場所の地面に、二人で腰を下ろした。
部長ともあれ以来話してなかった。クラスも違うし、練習には来てないし。
…ていうか、あたし部長に告白されたんだった。しかも返事してないっていうね。今それ責められたらどうしよう…!
「こないだはごめんね。」
あたしの心配をよそに。部長の第一声は、謝罪の言葉だった。
その表情はすごく、申し訳なさそうな、苦しんだって顔だった。
「あんなふうにみんなの前で話して。」
「……あ、」
「自分勝手過ぎたよ。本当にごめん。」
「そんなことない!」
自分で引くぐらい力んだ。それを見て、部長はビックリ、目を丸くした。
だって、ほんとにそんなことはないから。そりゃ今言うんですかしかもあなたが言うんですか、とはちらっと思ったけど。
でも、もしあのとき部長が話を出さなかったら。
あたしは自分からはきっと、今も言えてなかったと思う。
それで、いつか他の人から噂が回って、もっと最悪な形でみんなに知られちゃったと思う。
「だから、むしろ部長には感謝だよ。」
「本当に?」
「うん。丸井とかジャッカルとかも、寂しがってくれてね、ほんと、立海じゃなくなるのは嫌だなーって……、」
ほんとにそう思った。
まだまだみんなと一緒がいいって。あたしはこの先一人になって、どうなるのかって。友達はそれなりにできるかもしれないけど。
最初は大嫌いだったけど、今は大好きになっちゃった、テニス部。
こんなふうに終わりがくるなんて、嫌いなままのがよかったかもね。
あと少し、間が空いたら、あたしはまた泣き出してしまったかもしれない。
タイミングよく部長は、違う話を始めた。
「ねぇ、茜ちゃん。引き寄せの法則って知ってる?」
何だそれ。
あいにくあたしは勉強がそんなに得意ではない以上に、雑学や一般的教養レベルがやや低い。
「思考は現実化するって話なんだけど。」
「へー…。」
「ああ、難しく考えないでね。ようは、強く思い込めば何でもその通りになるってこと。いいことも悪いことも。」
なんだか簡単には考えられない気もした。それどころか失礼ながら軽く宗教じみた話にも聞こえる。
でも、部長が言うには、これはビジネス書とかでも取り上げられるような話らしい。成功者はみんな、その強い思い込みで利益を引き寄せているのだと。思い込んでも思った通りにならない人は、逆のマイナスなことまで考えてしまっているから、らしい。
その、自分の希望を思い込むとき、
それとはまったく逆の、起こってほしくないことまで思ってしまう。
それは少し、わかった。希望通りじゃない結末も考えてしまう。不安だから。
「まぁ俺は信じてないけどね。」
「えっ、そこまで語ったのに?」
「うん。結果論だろ。ただ、」
「?」
「希望を思い込んで、というか願って行動する。それは大事だと思う。」
部長が言ってるのは、こないだのあたしへの告白のことなのか。それともあたしからの仁王への気持ちのことなのか。
もしかして、それ以外にも…、
「これ、ついこないだ決めたことなんだけど、」
「う、うん。」
「俺、手術するためにアメリカに行くんだ。この身体、完治させるためにね。」
来年の1月から、早くて高校の新学年に間に合うかどうかってぐらい、遅ければ夏頃になっちゃうかもって、部長は言った。一応、三学期も定期テストは受けることが条件で、今までの功績からも進学はできるらしい。
「茜ちゃんに会えるのは、今年いっぱいかな。」
ビックリして、言葉が出なかった。こないだの、告白以上に。
他のみんなには高等部でまた会えるけど。茜ちゃんには…、って。
「茜ちゃんが告白オッケーなら、もう手術もしなくていいかなーなんて、思ったりしたんだけど。」
「嘘でしょ。あたし、知ってるから。」
「……、」
「どれだけ部長にとって、テニスが大事かって。」
「…フフッ、」
バレた?とでも言いそうなイタズラっぽい笑顔を見せた部長。バレバレですよ。
また立海でテニスしたいって思いが何よりも強いって、知ってるもん。
夏の日の、部長が一人で練習してたときの姿を思い出した。そのときの部長の涙も。
決勝で負けちゃって、無理したせいでまた今テニスできなくなって、きっとあたしが想像できる以上に苦しかったはず。
「そう…、テニスは俺の全てだから。今度は絶対、治してくるよ。」
「…絶対、絶対だよ!」
「うん。成功するってことだけ思い込んで、行動してくる。」
「あたしまた、部長のテニス見たいんだからね…!」
俺の本当のテニス、見せてあげるよ、
って、部長は笑って言った。
だからあたしも頑張って、涙だけは堪えた。
寂しいとか、そんなんじゃない。…いや寂しいけど。
今まで苦しんだ部長の思いと、
これからまた辛いかもしれないけど自分の希望通りになるよう行動しようとするその意志に。
胸が詰まる思いだった。
「さあ、俺との話は終わり。」
部長は、立ち上がってお尻の部分をパタパタ叩くと、みんなのほうに歩いていった。
「これからみんなに今の話するから。」
「…あ、頑張って!」
「ありがとう。あとね、」
「?」
「茜ちゃんも、今ここにいて欲しい人がいるなら、」
ちゃんと思い込んで行動しなよ。
またそうやって、あたしの背中を押してくれた。
みんなに話があるって、少し離れたところから、部長の声が聞こえてきた。周りのみんなは輪になって、部長に群がっていった。
部長の背中を見送ったあたしは、その輪には入らなかった。
あたしは、今、することがあるから。
『はい。』
3回ぐらいのコールで取ってくれた。あたしの決心が揺らぐ前でよかった。
「…あ、仁王くん、こんばんは…。」
『ああ、こんばんは。』
どうした?って、あたしが話す前にすぐ聞かれた。この間のこともあったから、いきなり電話して、変な心配をかけてしまったんじゃないかって、思った。
「あー、今ね、みんなで花火してて。」
『ああ、あの土手でじゃろ。』
「仁王くんは、…こ、来ないのかなって、思って…、」
あたしの質問に、仁王は無言になってしまった。やっぱり来ないつもりだったのかな。
でも、来て欲しい。ここにいて欲しい。
部長のさっきの言葉と、
ずっと抱えてるあたしの気持ちがあたしを頑張れって、励ましてる気がする。
「…もしよかったら、だけど、…ていうかできれば、なんだけど、」
『うん。』
「………来て欲しくて、」
『……。』
「に、仁王くんに…、その、話したいことがあって…、」
緊張して落ち着かない。あたしは片手に花火を3本握りしめてて、もう片方は携帯を耳に当てながら、同じ場所をグルグル歩き回ってる。もう寒いはずなのに、ドキドキしてなのか携帯当ててるからなのか顔が熱くて、変な汗もかいてる。
これからもっと、緊張することになるのに、不安だ。でも、
今日は、今日こそは、あたしはちゃんとあたしの気持ちを伝えるんだ。
外部受験するなんて、大事なことは自分から言えなかったけど。
あたしのずっと持ってた気持ち。
口にする日がくるのか全然先が見えなかった言葉。
それだけは、伝えるんだ。
『…もうおるよ。』
「…………え?」
「後ろ。」
仁王の声が、携帯を当ててる右耳からと、逆の左耳からも聞こえて重なった。
後ろ振り向いたら、ちょうど土手へ下りれる階段のところに、今あたしの頭も心もいっぱいにしていたその人、
仁王がいた。
あたしの一番大好きな、うれしい気持ちにも苦しい気持ちにもさせるあの笑顔で、仁王は立ってた。
あたしの思いが引き寄せたんだと。
しっかりさっきの話を信じてたらしい自分がおかしかった。
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