82 大事な人だから

真田と俺はプールのほうに向かった。柳の推理だと、3分の1の確率らしい。何でそうなのか話の流れが早過ぎてなんとなくしかわかんなかったけど、柳が言うことだから信じた。

俺も真田もわりかし足は速い。でも、3ヶ所の中でテニスコートから一番遠い場所にあるこのプールまで、他のやつらよりは時間がかかったかもしれない。



「茜!いるか!?」



プールサイドまでの入り口にもなってる更衣室。中に入ろうとしても鍵がしっかりかかってて、真田はドアを叩いて茜を呼んだ。でも中からは何も応答はない。



「弦一郎。これを使え。」



職員室前通ったんだから鍵持ってくりゃよかった、と一瞬思ったとき、その鍵らしきものを掲げた柳が走ってやってきた。遅れて葛西も。

やけに早いなと思ったら、柳は、よく考えたら校舎裏ゴミ置き場は今日バスケ部が外周走ってるから人目につきやすいと気づいて、可能性の高そうなこっちに来たらしい。ついでに職員室で鍵も拝借してきたらしい。

さすが柳。機転が利く。
受け取った鍵で、真田がドアを開けた。



「茜いるか?」



入って、男子更衣室も女子更衣室も探したけど、茜はいなかった。

ここじゃなかったのか、と思ったとき、柳がプールへの扉を開けた。こっちは鍵かかってなかったらしい。
その真ん前にある体洗う消毒液のプール。今はただ下がって上がるだけの階段。

そこを通り抜けたら、
その先に、茜が。プールサイドに倒れてた。



「茜!」



すぐに叫んで駆け寄ったのは真田。続いて葛西と柳が続いた。

俺は一瞬、金縛りにあったかと思った。ああいつも俺はこうなんだ。ビックリしたとき、試合中でも思いもよらなかった返球がきたとき、なんかの緊急時。ほんとにビックリすると、体が固まる。

でもそれは0コンマ数秒。俺も駆け寄った。

そんで真田が茜に手をかけようとしたときだ。



「……んー、」



普通に、いや若干ダルそうに。茜がゴロンとこっちに寝返りを打った。

は?って、意外にも真田から声が漏れた。手が伸ばしかけで止まってる。



「…うーん、……ん?」



いや、マジで気絶してんのかと思ったわけ。俺だけじゃなくて、ここにいるみんな。だって一応病み上がりだったわけだし。そんでこれから茜の意識を確認して場合によっちゃあ救急車呼ぶとか救命措置取るとかそんな感じかと。

でもそんな中茜は、目をパチパチ、強く瞬きしながら、ゆっくり上半身を起こした。そして目の前の真田を、ビックリした顔で見つめた。



「…あれ弦一郎?何してんの?」



茜ー!と抱きついたのは葛西。男3人は情けなくもさっきの俺みたいにまた固まった。

でも何とか。声を絞り出す。



「…お前こそ何してんの。」

「何って…、あー!」



そうそうあの前の3人がね、あたしを更衣室に閉じ込めてね、なんか上履きとかジャージも隠されててほんと腹立つ!でもこっちは鍵かかってなくて、今日あったかいからここで日向ぼっこしてたら眠くなって……、

と、今なぜここにいるかの経緯をペラペラと話した。寝起きの割りにあまりに饒舌で、こいつはおそらく余程ムカついてるってのと別に具合が悪くて横になってたとかじゃないってことははっきりわかった。



「ほんと腹立つよあいつら!」



よく見ると茜は葛西のジャージを着てて、さらに自分のジャージを体にかけてた。頭のあったところには、教科書と上履きが置いてある。枕代わりかよ。

なんつーか。



「お前は…、」

「ん?」

「こんな状況で昼寝をするとはたるんどる!」



よかった。俺が怒鳴る前に真田がキッチリやってくれた。



「いや、だって携帯もないし何もできなかったし…、」

「だからと言って眠れる神経がわからん!お前は昔から楽観的過ぎで……、」

「あ、そういえば助けてくれてありがとう!」



へらっと笑って言うもんだから。ほんと真田の言う通りだぜ、と思った。

けど、うっすら、目に涙が溜まってるのがわかった。俺だけじゃなくて、他のみんなも気づいたと思う。
こいつも一丁前に怖かったんだな。そりゃそうだよな。

俺は、あの3人はもう許せないと思った。まだ校内にいるなら、それこそ女だろうがボコボコにしてやりてぇと。



「お、上野!無事か!」



そこでようやく、ジャッカルが現れた。旧校舎のほうには誰もいなくてどうするか迷ってたら、柳からさっそく茜発見メールが届いたって。

ジャッカルも、茜がここで寝てたことを聞くとさすがに呆れてた。でも無事見つかってほんとによかったと、今日の天気にピッタリな顔で笑った。

…あれ、そういえば。



「ジャッカル、仁王と赤也は?」



こいつらは3人で探しに行ったはず。メール見たなら、なんであいつらはいないのかと。茜がこんな状態だ。笑ってはいるけど、ほんとは泣きたいに違いないし、こんなときこそ仁王にいてほしかった。

まさか薄情にも部活に戻ったとか?もしそうなら3人シメた後にあいつらもやってやる!…と思った。でも、



「あー…、仁王は赤也連れてー…、」



たぶんその3人のとこに行ったんだと。



「…ヤバいんじゃね?」



俺の言葉にみんな全力で賛同だったんだろう、一気に場が凍りつく音がしたような気がする。

いや、俺もあいつらボコボコにしてやりたいとは思ったけど、さすがに物理的には無理だし。そんなのバレたらテニス部自体がヤバい。そもそも女を殴るのはまずい。仁王だってたぶんそう、そういう考えはちゃんと持ってるタイプ。後先考えない赤也とは違って。

ただ、仁王は何考えてるかわかんねーけど。
今回は、自分のせいで茜がって思ったかもしれない。そしたら怒りに任せてやらかしちまう可能性も、十分あり得る。

そのとき、携帯の音が鳴った。柳のだ。



「赤也からメールだ。」



柳がマナーモードにしてないなんて珍しいと思いつつ、
こんなときにくるメール。無言で内容を確認する柳の顔色を窺いながら、最悪なケースも覚悟した。



「赤也からなんだって?」

「俺は本来ならば個人的なメールを第三者に公開することはないが、今は緊急事態と判断する。」

「だからなんて!?」

「“仁王先輩がブチ切れててヤバいっす、柳先輩ヘルプ(>_<)”、だそうだ。」



ヤバいんじゃねって俺自身の言葉が、今一度頭に流れた。

赤也は仁王を止められないだろうし、それより赤也は今仮にも現役テニス部部長だ。それが暴力沙汰に巻き込まれたら、どえらい騒ぎになること間違いない。



「3年G組にいるそうだが。ちなみに真田副部長にはバレないように来てくださいとも書いてある。」

「…あのバカものどもが!」



その真田の雄叫びとともに、俺らはプールを後にして、3年G組に向かった。

途中から何がなんだかわかんないって顔してた茜も、だんだん不安そうに、葛西と手を繋いで俺たちについてきた。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇





ヤバいヤバいヤバい、ヤバいっス。
俺は今、3年G組の前、ドアに張り付いてる。

仁王先輩に拉致られたあと、この教室にやってきたんだけど。
その手前のトイレの前で、仁王先輩にここで待っとけって言われて待たされた。
でもあの仁王先輩の感じからするとやべえんじゃねーかって思って、こっそり教室のドアに張り付いて中の会話に耳をすませてるわけ。



「なんで俺がここ来たかわかっとるよな。」



とか。



「女相手なら殴らんと思ったか?」



とか。
しまいには、女のすすり泣く声も聞こえて。



「泣いたら許してもらえると思わんことじゃな。」



とか…!

表情は見えないけど、仁王先輩の声が鋭く低く響いてとにかく怖い。

なんか怒ってんだろうなって、不機嫌なときはたまに見たことあるけど。(茜先輩とケンカしたときとか、俺がつっかかっていったときとか)

こんな状態なのは初めてで。俺はもう何していいかわかんなかった。
…そういや俺が赤目で暴走したとき、周りのやつらはそんな思いでいるのかもなー。なんか申し訳ないと、今さら反省した。



一瞬、中の音がまったく聞こえなくなった。ずっと聞こえてたはずのカエルの合唱みたいなすすり泣きの声も止んだ。

えっ、と思って、こっそり、ドアを数センチ開けて中を覗いた。
同時に、仁王先輩の声が、さっきの恐ろしいのとはまったく違う声が、聞こえてきた。



「もうこんなことはしないでくれ。」



頼む。…だって。

俺は耳の次に目を疑った。
中にいた仁王先輩は後ろ姿で、その前にはあの3人が目を赤くして立ってて。
仁王先輩は、3人に向かって頭下げてた。

さっきの恐ろしいまでに切れてた仁王先輩の顔を見たのも初めてだったけど。
この、人に頭下げて頼む姿も、初めてだった。



ちょっと前、ちょうど俺を置いて仁王先輩が教室入ろうとしたとき。柳先輩からメールがきたんだ。茜先輩が無事発見されたって。それは一斉送信メールで、仁王先輩も見てわかってる。

それでも止まらない。こんなときだからこそ決着つけたいって、そう仁王先輩は思ってるんだと、感じた。

でもその決着のつけ方が、俺が思ってたのと違った。
きっと今、慌ててこっち向かってる柳先輩とかも、さっきまでの俺と同じこと想像してると思う。



「大事なやつなんじゃ、茜は。」



もうほんとにやめてくれ。…だってさ。

こないだの氷帝の文化祭で、幸村部長が言ってた。告白するって。仁王先輩は、何で俺に言うんじゃって笑ってたけど、幸村部長ははっきり言った。

“君はライバルだから”って。

仁王先輩は何も言わなかったから、もしかして違うのか、なんて思ったけど。



んだよもう。仁王先輩、やっぱりそーなんじゃん。なのにフラフラ、不安がらせてばっか。

そのうち女の一人が涙声で、仁王先輩に聞いた。



「二人、付き合ってるの?」

「違う。……でも俺は、」



そこまで聞こえてから俺は、またゆっくりこっそり、ドアを閉めて、少し離れた。
こっから先は聞くのやめとこうって思って。

夏のお祭りのときだっけ。なんか、仁王先輩が茜先輩と一緒にいるときに付き合ってるのかって、誰かに聞かれて。即座に仁王先輩は、違うって否定したって。茜先輩はなんかショック受けてて。

言葉自体は同じなんだけど。今の仁王先輩の言葉は、きっと茜先輩が一番待ち望んでる言葉じゃねーかな。



「赤也!」



なんとなくカンムリョーになってた俺の耳に、空気の読めないバカデカイ声が響いた。
柳先輩ひどいっス。裏切り者!

その後ろにはぞろぞろと他のみんなも。無事だった茜先輩もいる。不安そうな顔して。



ーガラッ



ちょうどそのときタイミング良く、仁王先輩が教室から出てきた。

よかった、俺はこの状況うまく説明できねーと思ってたから。副部長もいるし。



「仁王、お前まさか…、」

「なんもしとらんよ。」



真田副部長や他のみんなが俺を、本当かって確かめるように見た。
中にいたわけじゃないけど、一応ほんとだから、2、3回頷いた。

仁王先輩はその俺の横をすり抜けて、スタスタ歩いてみんなのほうに向かった。
いや、正確には茜先輩のほうにだ。



「無事でよかったな。」

「…えっ!あ…、う、うん!ありがとう!」



それまでは不安そうだった顔が一変、
うれしいのか、状況がよくわかんなくてテンパってんのか、それでもやっぱりうれしいのか。
そんな表情の茜先輩の頭を、すれ違い様に仁王先輩はポンって軽く叩くと、
そのまま歩いて行っちまった。



「中に犯人がいるんだな?」



柳先輩が探偵や刑事になれると感じたように、この真田副部長も、刑事…てかデカになれるんじゃないかと思った。

文句言ってやる気満々って顔した丸井先輩とともに教室のドアを開けようとした。でも、



「…いや、待ってください。」



なんか、俺は止めた。

みんな不思議そうに俺を見た。
もしかしてほんとにボコボコにしたのかって、丸井先輩が焦ってたけど。



「ちゃんと仁王先輩が説得したんで。もう平気っスよ。」



たぶんね。わかんないけど。
だってなんか、かわいそーだなって、中の人たち。

同情する気はまったくないけど。つーか俺もそれなりにムカついてはいるけど。

でも中の人たちは、怒られるより殴られるよりずっと、仁王先輩のあの言葉が大打撃だったと思う。そう思うとね。



「茜はそれでいいわけ?」



丸井先輩が、茜先輩を気遣うように聞いた。

当の茜先輩は、俺の顔をジッと見て、まだよくわからなそうな表情だけど。



「うーん、じゃあ終わりってことで、部活行く?」



散々サボりまくったお前が仕切るなって、丸井先輩につっこまれてたけど。
やっぱ茜先輩はいい人っスね、仁王先輩。
いなくなるの、寂しいっスね。

帰り道、さっきのことを軽く茜先輩に教えてあげようと思った。

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