81 シュレーディンガーの猫

なんだか変だとは思ってたんだよね。

月曜日、久しぶりに学校に行くと、ちょうど校門の前で鈴に会った。わ〜久しぶり〜とか、休んでる間のこととか話して。ゲタ箱で上履きに履き替えようと思ったら、あたしの上履きがなかった。

あれ、あたし先週火曜日から休んじゃったから持って帰ってないのに…と思いつつ、もしかして一足だけ残ってたから、掃除の人にどっかやられちゃったのかもって思ったり。その日は来客用のスリッパを借りて、やり過ごした。

次の日。丸二週間ぶりの授業だやだな〜と思いつつ理科2分野の教科書を出そうとロッカーの中を探したら、なかった。理科は宿題はほとんど出ないし、いつもこのロッカーにしまい込んでる。でもなかった。とりあえず忘れたということで、隣の丸井に見せてもらった。

そして今日の放課後。
昨日は塾で、おとといは先週休んでしまった塾の勉強を進めなきゃで部活は出なかったけど、もう丸井に嫌な思いはさせられないと、今日こそ部活に出ることを決意してた。たとえ仁王とはまだ全然話せていなかったとしてもよ。

で、さぁジャージに着替えるかと思ってロッカーを開けたら。

なかった、ジャージ。ジャージは今朝洗い立てのものをわざわざ持ってきた。ロッカーにしまってロッカーから出してない。



あーこれはね。たぶんあれだよね。例のやつだよね。あたしは今まで経験してないけど、経験したことがある人はきっと知ってる。



「上野さん、ちょっと来て。」



誰もいなくなった教室であたし一人。ささっと家に戻って予備のを持ってこようか、一応丸井や弦一郎にちょっくら忘れ物って連絡してからのほうがいいのか、などなど考えていた。
そこで、そういえば鈴もロッカーにジャージを入れている。そうだ鈴のを借りようと、メールで一報入れて着替えたところだった。

けっこう前にも呼び出しくらった3人組。そして、仁王が休んだ日に仁王んちの前にいた3人組。
彼女らが現れた。



「この中のどっかにあるから、探してみれば?」



嘲笑うようにその3人は、あたしをプール更衣室に押し込んだ。

今の時期はもうプールもこの更衣室も使ってない。水泳部は筋トレとか高等部のほうにある室内プールを使ってる。だからここは、彼女らにとって都合よかったんだろう。

鍵が内からではなく外からっていうのもね。



「嘘でしょーもうっ…!」



かけられた鍵。あたしがいくら蹴ろうがその鉄製の扉はびくともしない。刑事ドラマなんかでは、刑事さんが悲鳴の聞こえた部屋の扉を蹴破る、なんてシーンもあるけど。そんなもの実際できるわけない。少なくとも中学生のあたしにはね。

最悪なことに、ジャージに着替えたばかりで携帯も持ってない。ちょっと呼び出されてまた文句言われるだけかと思ったけど、まさか閉じ込められるとは。
…ていうか、うちの学校は鍵の管理どうなってんの?こんな使ってない場所の鍵を簡単に生徒が持ち出せたり、某生徒なんか屋上の鍵の合い鍵まで持ってるよ?まぁそれをあたしも持ってるわけだけど。



…さっきの人らは仁王のファンなんだろうな。
最近全然こういうのなかったし、もうどうでもいいって思われてるのかと思ってたけど。でも、周りから見たらやっぱり妬ましかったのかな。

あたしから見たら、来年も仁王と一緒の学校なんて、あんたらのほうが全然うらやましいわって、ちょっと思った。



「ふざけんなバカやろうっ!」



蹴り過ぎて叫び過ぎて、病み上がりでもあったあたしは疲れてしまって。
座り込んで途方にくれた。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇





なんだか変だとは思ってたんだよな。

月曜日。やーっと来た茜は、なんでかスリッパだった。
いや、上履き持ち帰って忘れるやつたまにいるし、それはそこまで変でもないけど、あいつずっと休みだったじゃん。一週間洗ってない上履きなんて履けないとかいう潔癖性でもねぇし。

その次の日。教科書忘れたっつって、隣だから見せてやったわけだけど。俺自身理科の教科書なんてこの3年間、テスト前と進級するとき以外持ち帰ったことない。まぁ、もしかしたら塾で使うために持って帰ったのかもしれないけど、どっちにしろやっぱずっと休みだったじゃん。

病み上がりだし抜けてんのかなーって、なのに今日絶対部活来いって言って、ちょっと悪かったか?なんて思いつつ。部活始まって30分か1時間ぐらい経ったあと。来るの遅くてまーたグダグダ仁王がいるからとかなんとか悩んでんのかなと、思った。

そんでちょっとして喉が渇いたんでコートの外でドリンク飲んでたら。
部室の前にいた柳のとこに、葛西が駆け寄ってくのが見えた。

…あいつらほんと仲良しだよな。実は付き合ってんじゃねーの。葛西も、真田が好きとか言いつつ、実は柳が本命なんじゃねーの。



「ブン太。それ一口、」



くれとも言われてないし、いいとも言ってないその前に、仁王が俺のドリンクを奪った。



「あっ!」

「今日は喉渇くのう。」

「一口だけだからな!」



ゴクゴクと、止める暇もなく、仁王は俺のドリンクを飲んだ。

今日は例年よりあったかいって、そういえば天気予報で言ってた。
暑いのが苦手な仁王は、こんくらいのちょっと気温が上がったぐらいでも敏感に、ダルそうにする。オッサンが飲むビールかよってぐらいに、勢いよく飲んでる。

…つーか飲み過ぎじゃね。俺の分がなくなっちまう。



「おい、仁王。」

「これが俺の一口じゃき。」

「おととい話した花火のやつ、絶対来いよ。」



返せと言われると思ったのか、呼んだ途端すぐドリンクを差し出した仁王は、俺の言葉が予想外だったらしい。一瞬止まった。

こいつが今何考えてんだか知らないし、わざわざ俺が聞くまでもない…というか、それこそさっさと茜と話せって思う。

ただ、何かしらのきっかけとか。
仁王と、だけじゃなくても、茜がテニス部と過ごせるのがあと少しなら、
俺も何かやりたいって、思ったんだ。



「行けたら行くぜよ。」

「来いってば。」

「行けたら…、」

「来い。」



俺の命令口調に、少なからずムッとしたんだろう。仁王は俺に差し出したドリンクを引っ込めて、また飲み始めた。



「返せ!」



ほんとになくなっちまう!

茜のこととか、仁王が今どうなんだとか、そんなことより目の前の俺のものがなくなるのを阻止する一心で、仁王に掴みかかったとき。



「丸井!仁王君!」



俺らを呼ぶ声がした。
そのほうを見たら、呼んだのは葛西。柳も、俺と、たぶん仁王とも目が合って、こっちへ来いというふうに、手招きした。

小競り合いは一旦休止。
なんだ?と不思議な顔で見合わせた仁王と、二人のほうへ向かった。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「どーすんだよ!」



外から聞こえてきた、丸井先輩の声。



俺は今日、先週同様6時間目から寝過ごしたために部活に遅刻して、今、部室にて真田副部長に説教されてるところだった。
…つーかもう副部長じゃねぇんだよな。むしろ俺が部長だし。でも怖いからそのままにしてるけど。

説教だけでもイライラするのに、加えてさっき、走ってこっちくるときに廊下でキャイキャイうるせー女どもにぶつかった。
確か3年で、仁王先輩かのファンだった気がする。よく部活見に来てる。そんでなんか舌打ちされてよう。あー仁王先輩のファンはやっぱり性格悪いんだな、なんて思った。

丸井先輩の声が気になったらしく、般若ヅラしてたその怖い真田副部長は、一旦説教はやめだとか言って部室の外に出た。俺もその後を追う。



「何かあったのか?」



扉を開けてすぐそう言った真田副部長。無理もない。部室のすぐ外には、声を出した丸井先輩と、他に仁王先輩、柳先輩、テニス部じゃない葛西先輩がいて、なんか丸くなって話し合ってるふうだった。

真田副部長に気づいた柳先輩は、今の状況を簡潔に話した。多少端折ったり盛ったりしてるのかはわかんねーけど。



「上野が何者かに拉致されたらしい。」



拉致ってアンタ、そんな物騒な。



「それは本当か?」



いやいや、そんなすぐ信じないでくださいよ。拉致ってあれでしょ?拉致って……、え、拉致?って、犯罪のアレじゃないっスか?校内で?同じ生徒?先生?不審者?

柳先輩は、事情を知ってるんだろう葛西先輩に説明を促した。

そこで葛西先輩から話されたのは…、
さっき、茜先輩からジャージを借りるといったメールがきた件。
今週、茜先輩の上履きとか教科書がなくなってる件。
それを知ってた葛西先輩は、部活途中気になって3年B組まで行った件。
B組には茜先輩はいなくて、携帯とか財布も入った鞄だけ残ってた件。

それだけ。



「…えっ、それで拉致なんスか?」



俺の素朴な疑問はみんなにスルーされ、どこに連れて行かれたのかとか、今何かやられてんじゃないのかとか、ずいぶん物騒なギロンしてた。

そこでようやく、葛西先輩から、ヒントになりそうな言葉が出た。



「前も呼び出しとかあったんだよね…。あのいつも3人でいる派手な感じの女子にさ、ねぇ丸井。」



そうか。前にも茜先輩、そういうことあったんだ。だからみんな、茜先輩が誰かに連れてかれたってすぐわかったわけね。

あれ?ってことは、



「じゃーその3人組じゃないっスか?茜先輩拉致ったの。」



えっ、て感じでみんなに見られた。

いやわかんないっスけど、その葛西先輩の言ってる3人組だと思うけど俺さっき1階で会ったんスよ、いつもけっこううち見に来る人っスよね、だからコートのほう来るのかと思ったら普通に階段上がってったんで、そこに茜先輩いるかもしれないっスね!

とりあえず思いついたことをしゃべった。けっこう当たってる気もした。
そしたらみんななんか顔見合わせるようにして。そんで柳先輩の推理が炸裂。



「つまり1階から行けるどこかに置き去りにされていると推測される。」



え、どこがつまり?俺の考えと全然違うんスけど。



「…ならば、鍵のかけられるところか。」

「ああ。今の時間、各特別教室や体育館及び体育倉庫などは部活動で使用中だ、除外する。その他で考えられるとすれば、」

「どこだよ!?」

「校舎裏ゴミ置き場とプール周辺、旧校舎1階生徒指導室だな。」



柳生先輩は医者になるらしいけど。
柳先輩は、探偵か刑事になったほうがいい。

すぐに手分けして探すことになった。ようやく休憩に入ってやってきたジャッカル先輩含めて。

葛西先輩と柳先輩がゴミ置き場、丸井先輩と真田副部長がプールのほう、俺と仁王先輩とジャッカル先輩が旧校舎。

そこに向かう途中。



「赤也。その3人組、どこ行ったんじゃ?」

「え、東階段のほうだから…、3年の後ろのクラス?ですかね、」

「了解、ジャッカルあとよろしく。」



柳生先輩やこないだの茜先輩の話聞いたときでさえ表情崩さなかった仁王先輩。
その仁王先輩が今、真田副部長もビックリな恐ろしいもうブチ切れ寸前な顔で。

初めてじゃねーかってぐらい、そんな顔した仁王先輩に、今度は俺が拉致られ連れていかれた。

ジャッカル先輩へ、茜先輩を無事救出してください。
そして俺の無事も祈っててください。

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