57 リーダー不在

「茜!いつまで寝ている!」



ここ2、3日はお迎えこないなーと思ってたら、やっぱり今日はやってきた。練習は出たいけど朝練はパスしようと思ってたのに。弦一郎は相変わらず朝練、放課後、自主練とフルコース。ほんと体力あるよね。



「そういえば、部長最近見ないね。」



コートに着くと、すでに練習を始めてる2年たちがいた。赤也や次のレギュラーを狙う部員たちの声も響く中見渡すと、やっぱり3年は激減してるのがわかった。そんなことでは高等部へ進学してからが思いやられると、弦一郎は愚痴ってた。

いつもはレギュラーはいるんだけど、今日は丸井が見当たらない。そして大会後、何日かは見かけた部長もしばらくコートで見てない。



「ああ、幸村はまたしばらく部活を休む。」



嫌な予感が過った。まさか、大会で無理しすぎたから?
実はあのとき、試合はやるなってお医者さんに言われてたということを、後から柳に聞いた(部長には口止めされてたらしいけど)。

そりゃもともと難治性のもので、またテニスができるかわかんない状態だったのは知ってる。きっと話で聞く以上にきつかったと思う。
でもさすがは部長、そんな大変さを見せずに試合をしてた。楽しそうにさえ見えた。



「…よくないの?部長。」

「心配するほどでもない。高等部に備え、今は休養が必要なだけだ。」



大丈夫かなぁ、と不安いっぱいに呟くと、弦一郎は何も言わずに部室へ向かった。

おいおい、こんな不安にさせたまま去るなよと思ったけど、まぁ弦一郎は励ましたりするの苦手だし仕方ない。また部長を信じるしかないよね。
でも丸井はどうしたんだろう。寝坊?たるんどるぞあいつ。

そのときは丸井がいないことに、さして不安はなかった。



その後教室で、席について一つため息。あー、今日から普通に授業始まるし。授業だけでも嫌なのに、なんでこんなにこの席黒板に近いの。ジャッカルは見やすいしいいじゃねぇか〜なんて気軽に言ってくれちゃったけど、だったら代わってくれと言いたい。だいたい、こんな前だったら黒板どころか先生の毛穴まで見えるし。唾飛んできたらどーしてくれんのよ。



「なんじゃ、ずいぶん難しい顔しちょるの。」



頭を支配していた愚痴が一瞬にして消え去る。目の前に仁王が現れたから。
軽く笑う仁王は、きっとあたしがなんで難しい顔してるかなんてわかってるに決まってる。



「もー、仁王くん、席代わってよ。」

「はは、俺は目いいから遠慮するぜよ。」

「あたしだって悪くないもん。」

「いいじゃろ、ブン太隣じゃし。」



そう、丸井はあたしの右隣。ほんとは仁王の隣を願ってたけど、まさかの一番前。誰の呪いかと思ったけど、丸井が隣で救われた。

でもその右隣に丸井はまだいない。教室をぐるっと見渡してもいない。



「ねぇ、丸井は?」

「ん?遅刻じゃないかの。朝練もおらんかったし。」

「珍しいよね。」

「そうか?」



珍しいんだよ。丸井は、意外と時間にルーズじゃない。あたしの記憶が正しければ、今まで丸井が朝練休んだり朝遅刻したりってことはなかった。君と違ってね、仁王さんよ。



「そんなに気になるんか?ブン太いないの。」

「え、そりゃもちろん。ただの寝坊ってだけならいいけどさ。」

「…ふーん。」

「どうしたんだろ…、風邪かなぁ。」



丸井がいない理由、それは先生が教室にきて朝の会が始まってからわかった。



「丸井なんだが、ちょっと家庭の事情でしばらく学校を休む。」



家庭の事情。先生はそれだけを言ってこの話は終わらせた。どんな事情かわかんないけど、学校を休むほどの家庭の事情って。まさか──…?

蘇る苦い記憶。もしも自分と同じ境遇に丸井がいるとしたら。いつも笑ってばかりの丸井がもしも今悲しんでいたら。

丸井、大丈夫かな。あいつ意外と泣いちゃうんだよ。しかもお兄ちゃんだからって、変に強がってるかもしれない。

ただ隣の席が空いてるだけなのに、教室がガランとしてしまったような寂しさがあった。

部長も丸井も、会えないだけでこんなに心配になっちゃうなんて。あたしも変わったな。



「あと、お前ら夏休みボケ中に悪いが、合唱コンクールの練習しとけよ。」



一瞬、教室内がシンとした気がする。先生の言う通り、みんな夏休みボケ中だったらしい。
そうだった、もうすぐ合唱コンクールだった。

一学期にちょこっとやって、あとはまったくやってなかったことにたぶん今みんな気付いたんだろう。



「リーダーの丸井がいないからな、とりあえず伴奏の上野と指揮の仁王が臨時で仕切れ。リーダー(仮)な。」

「えぇ!?」

「はい、朝の会終わりー。じゃあ上野たち、前出て練習日程決めろ。じゃ。」

「ちょ…!」



ああ、文句言う前に去るなよ担任!
チラッと後ろを振り向くと、仁王は机に伏せて寝てた。

いや、もしかしたらボク聞いてませんでした〜って言うために寝たフリしてんじゃなかろうか。
とりあえずどーすんだよ的な声も聞こえたのでしぶしぶ前に出た。



「えっと…、とりあえず先生も言ってたように練習日程決めたいと思いますが…、」



なんかいつも見慣れてるはずのクラスなのにやけに緊張する。みんなの前ってなんでこんなにプレッシャーあるんだろう。必要以上にみんなの視線が冷たく感じる。
こんな状態で伴奏とかできるのかしら。



「じゃ、じゃあとりあえず今日の放課後とか!」



思い切って提案すると、鈴を始め女子たちから賛成の声が出てきた。マイフレンド、ありがとう。



「音楽の時間だけじゃ足りないしね!」

「茜が今日できるんならちょうどいいよね。やれるときにやろう。」



女子たちはみんなやる気満々って感じだった。心強い。やっぱり中学最後だし、せっかく仁王が指揮なんだし優勝したいって気持ちが強いらしい。よかった、丸井の代わりでも仁王に放置されてもうまく仕切れるかも。

ひとまず安心…と思ったのもつかの間、ちょっと黙っていた男子たちからは反対の声が聞こえた。



「えー、今日は予定あんだけど。」

「てか音楽の時間だけでよくねぇ?」



一人、二人が言いだすと、俺も俺もとみんな文句を言い出した。
せっかくまとまりかけてたものを口出ししないでよと思ったら、あたしの気持ちが通じたのか鈴を筆頭に女子たちが反論してくれた。



「夏休み中全然やってなかったんだから、今日ちょっとでもやろうよ。音楽の時間なんて週一なんだから間に合うわけないじゃない。」

「そーだよそーだよ。茜が大丈夫な日に合わせなきゃ。」

「だからって勝手に決められても困るんだよ。こっちだって都合あるっつーの。」

「丸井が来てからでいいじゃん。」



賛成の女子と、やっぱり反対の男子。

いつの間にか言い合いともいえるレベルに発展した予定決めは、リーダー(仮)のあたしを置き去りにしていた。なんとなく波に乗れず、黒板の前で立ち尽くしてしまったんだ。

どうしよう…、こーゆうときにリーダー(仮)のあたしが仕切らなければ…!
みんなの前というだけでなく妙な責任感もプラスして、余計にプレッシャー。やっぱりこの責任感、あたしは弦一郎の娘なのかしら。

みんなの言い合いの最中、一番後ろの席の仁王を見ると、まだ机に伏せて寝てた。

もともとね、丸井に唆されて指揮を引き受けたっていうのは知ってるよ。テニス以外のこんな学校行事に興味はないだろうなんてことも薄々わかってる。

でも無関心すぎる。本当に寝てるのかもしれないけど。仮にも友達の丸井がいないんだよ。丸井は優勝したいって言ってたじゃん。だったら丸井の分も頑張ろうとかさ。ないの?
ちょっと仁王にイラついてしまった。仁王に文句を言えない自分にも。



「と、とりあえず!」



あたしが思い切って大声を張り上げると、一応は静まってくれたみんな。リーダー(仮)の名はあるらしい。



「予定ある人は無理しなくていいから、練習できる人だけで今日やろう!」



言い終わったところで一時間目開始のチャイムが鳴り、タイミングいいのか悪いのか、先生も現れた。

たぶん、今日はこない人もいるだろうけど、仕方ない。できる日だけでもやらないと。
丸井が復活してからやるようじゃ、丸井にも迷惑かけちゃう。きっと今大変だから。それが親友の務めだよね。

待ってるよ、丸井。





「…これだけ?」



放課後、音楽室に集まった人数を見てびっくりした。

女子は塾があるという一人を除いてみんないる。
けど、男子がたったの4人。



「みんな先に帰ったっぽい。」



あっけらかんという眼鏡の男子A。

ちょっと待ってよ、だいたい部活はみんな引退してる時期だし、そんなみんなして塾行ってないでしょ。



「去年もだけど男子ってほんとやる気ないよねー。」

「ほんとほんと。こんなんじゃ優勝狙えないじゃん!」



女子たちの不満が始まったところであたしは気付く。そういえば仁王もいない。指揮のくせに。

仁王が放課後行く先なんて決まってる。
朝の怒りも相俟って、あたしは仁王を引っ張ってくることに決めた。

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