78 告白

俺はよく運が悪いと周りから言われる。

それは例えば今日みたいに、赤也が6時間目から寝過ごして部活に遅刻したのをなぜか俺のせいにされ真田に怒られる、ってな場合だったり。
今朝やった3年レギュラーでの試合中、ペアのブン太が俺に押し付けたボールを拾いに行く最中すっ転んだ、といった場合だったり。

周りはそれをジャッカルは運悪いよな〜と笑うが、俺は決して運のせいではないと思ってる。

じゃあどうしてかって。
第一に、俺は何でも押し付けやすいいい人な雰囲気があるらしい。赤也が言ってた。ジャッカル先輩なら平気だって思うようだ。それはそれで理不尽な話なんだがな。

第二に、これは上野が言ってたが、俺はよく“気がつく”らしい。ヒロシの紳士的なものや、柳のめざとさ、仁王の弱点察知センサーとか、そういうものではなく。
誰かがへこんでたり助けが必要なときに。それは単に優しいからだと、上野は言ってくれた。そして空気を読み損ねてバカ正直に動き、結局損をするんだと。
知らん顔することも必要だと、上野は力説していた。

そして俺は自分の“気がつく”ことを短所とは思ってなくて、いいところだと思ってた。だがそれはついさっきまでの話だ。



そう、俺は初めて今、気づいてしまった自分を責めたくなった。というか責めてる。



「おい、ジャッカル!早くしろよ!」



ネット挟んで向かい側。ブン太が叫んだ。ちょうど今、2年のレギュラーに俺らが加わって、簡単なゲームをしていたところだった。
その、向かいのブン太のさらに向こう。

幸村と上野が、一緒に校門を出て帰って行くのを目撃したんだ。



「お、おう!行くぜ!」



とりあえずは打ち始めたが。打ちながら俺は周りを見渡した。

一番見つけやすい近い位置にあるのは俺らのコートだ。だが後ろだったから当然ブン太は見ていない。俺と同じコート側にいる2年は、そんな余裕はなさそうだった。
他のやつらは…。少なくとも、たまたま俺が見つけたってだけで、外キョロキョロ見てるやつなんかいないだろう。



おっ、あれ上野じゃねぇか?って、思わず言いそうになったが。瞬時に、ブン太には言わないほうがいいと、そう感じた。

ブン太は幸村が部活に来るのを待ってる。上野も、最近来てねぇがブン太が気にしてんのはわかってる。
その二人が、暇そうな二人が一緒にそそくさ帰るなんて、ブン太はおそらく怒るだろう。(幸村に怒れるかは別だが)
やっぱり言わねぇほうがいい。うん。

何で気づいちまったんだか…。
やっぱ上野の言う通り、知らん顔が必要なときもあるもんだ。



ブン太側の2年がミスをして試合は終わった。しっかりしろよーとブン太は2年に怒りつつ、俺らは休憩することになった。



「あれ見ろよジャッカル。」



スポーツドリンクを飲みながら、ブン太は一番奥のコートを指した。そこも3年と2年が混ざって試合をしていた。



「ヒロシ久しぶりなのにレーザー鈍ってねーなぁ。2年めちゃくちゃ走らせてるぜ。怖い先輩だな。」

「そうだな。」

「…ん?いや、あれ仁王か?微妙にレーザー遅い?」

「あ…、ああ。」



仁王の名前を聞いて、俺は頭が痛くなった気がした。
ブン太もそうだが、仁王にはもっと言えない。

俺はよくわかんねぇけど、もともと上野が仁王を好きだって話だった、よな。
だが昨日の話によると、仁王も上野が………、



「おいジャッカル。」

「いてっ!」



痛くなった気がした頭は、ブン太に殴られ本当に痛くなった。



「お前な、さっきからなにボーッとしてんの?珍しく疲れてんのか?」

「だ、大丈夫だ。気にするな。」



疲れてるわけじゃねぇが疲れてはいる。今は頭が痛い。

主にこいつと仁王のせい……ってわけでもないが、やっぱり俺は、目で見たもの以外にもいろいろ気がついちまうらしい。

つーか、幸村と上野。同じく昨日の話によると、幸村はもしかして今日………、



「ジャッカル。」



俺らのところに、柳がやってきた。こいつも今しがた休憩に入ったらしい。

そして俺の目の前に何かを差し出した。
薬だ。



「頭が痛いか?」

「は?」

「これを飲むといい。頭痛薬だ。」

「ジャッカル頭痛かったのかよ?うわー殴っちまったごめん!」



ブン太に謝られたのなんて今年3回目か4回目だ。ちょっと部室から冷えピタ持ってくる!って、ブン太は走っていった。
その槍が降るんじゃねぇかってぐらいの稀に見るブン太の優しさに素直に驚きつつ。

柳は人の顔見るだけで頭痛がしてるとわかるのかと、驚き半分怖くなった。まさか。

その俺の予感にピッタリハマる言葉が、柳の口から聞こえた。



「他の者には言わないほうが賢明だな。」

「み、見てたのか?!お前も!?」

「ああ。部員の動向は逐一把握している。精市の行動も、お前の心情も。」



やっぱ柳こえー!
見てただけじゃなくて、俺の心境まで把握してるとかマジこえー!

でも俺としては一人で秘密を抱えるより、他のやつと共有できてよかったぜ。
そしてその共有した柳が一応、気を回せるやつで助かった。

胸を撫で下ろす勢いで薬を飲み干すと、一気に頭痛がなくなった、気がした。明らかに心労からくるものだったようだ。



「しかし、」



戻ってくるブン太がちょうど視界に入った。でもまだこっちの声は聞こえない距離だ。俺は気づくだけじゃなくて目が良すぎるんだな。



「今日の部活後。赤也とブン太と柳生、あと仁王もだな。」

「?」

「その5人で帰ると、わずかだが遭遇する確率が上がる。」



え、なにと?
そう詳しい話を聞く前にブン太は到着し、
乱暴に額から頭頂部、後頭部まで冷えピタを貼られた。

すまないが俺は部活後、弦一郎に書道を教わる約束があってな、とそこまで柳は言った後、また練習に戻っていった。

その柳の忠告っつーか予言?占い師?を無視する形で、
部活後、その5人で帰ってしまった。

そして痛感する。
柳の予言は絶対だと。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「これって…、テニスコート?」

「うん。ストリートのね。空いてれば無料で誰でも使えるんだ。」



放課後。
部長に、行きたいところがあるんだと連れられやってきた。

学校の部活動予算の何%だか忘れたけど、学校中の期待を受けるテニス部はテニスコートとかの設備や備品など、とにかく他の部活とは比べようもないくらい優遇されてる。

その普段使ってるテニスコートと違って、長年いろんな人が使ってきたんだろう、目の前のコートは古く使いにくそうに見えた。



「はい、ラケット。」

「えっ!」

「ちょっとグリップが太くて持ちづらいかもしれないけど。」



ちょっとテニスしようって、部長は元いたところと反対側のコートへ向かった。

あたしはもちろん、もともと部長はラケットを持ってなかったけど、一度部長んちに寄って持ってきたんだった。なんでラケバ持ってるんだろう、学校戻るのかななんて思ってたけど。

…てか部長とテニス!?
ないないない!できるわけない!
テニスなんて、ふざけてボール打ち合うぐらいなら夏合宿で鈴とやったことあるけど。
ちゃんとはやったことないし、ましてや部長となんて、きっと1往復もラリーできない。



「大丈夫、ちゃんと打ちやすい球にするから!」



いつの間にかサービスラインでスタンバイする部長が、叫んだ。
そして行くよーと、左手を上げて合図をした。

ああやっぱり、部長にNOとは言えないんですね。



上手い人は、誰とやろうが上手くできる。
素人以下のあたしでもちゃんとラリーが続くよう、部長からの打球はとても柔らかく丁寧で、ラケットに当てるだけで部長の元に返りそうな球ばかりだった。

ラリーが意外にもちょっと続いて、
あれあたしテニスの才能あったの?普通に女子テニス部に入るべきだった?とさえ思った。…まぁそれは勘違いだけど。

ネット挟んだ向こう側。普通に弦一郎や他のメンバーとやったほうが面白いはずなのに。
部長はすごく楽しそうだった。あたしもそれっぽくテニスができて楽しかった。

そしてふと弦一郎の話を思い出した。そういえば部長は、夏に無理をしてしまったから、またしばらくテニスができないんじゃなかったっけ。でもこれぐらいならいいのかな。

あたし自身、このまま続けたいなぁとも思ったから、それは口に出さなかった。



「あー、なんか久しぶりにたくさん動いて疲れた!」

「フフッ、お疲れ様。茜ちゃんなかなかいい筋してるよ。」

「ほんと?やったー!」



どれぐらいかわかんないけど、テニスコートが暗くなってきて、ボールが見づらくなるまで、テニスをした。
部長曰く、あっちのほうにこのコートの管理事務所があって、そこにお願いすれば照明もつけてもらえるらしいんだけど。

さすがにあたしは疲れてきたんで、とりあえず終了。コートの端地べたに座って、缶ジュースを飲んでいる。



「1年から女子テニス部入ってたら強くなってたかもしれないね。」

「あ、あたしもさっきちょっと思った!入るべきだったかなって!今けっこう調子乗ってる!」

「それはそれでマネージャーじゃなくなるから寂しいな。」



ただの冗談なのに。たまらなく寂しそうに部長はそう呟いた。



「茜ちゃん、実はね、」



部長はもう飲み終わったのか、缶ジュースを地面に置いた。

いつか仁王に勝手に選択されたあのスポーツドリンクだったと、今気付いた。



「仁王と仲直りしたって言ったけど、あれ嘘なんだ。」

「うそ!?」



頭の中に仁王がいただけに仁王の名前が出て驚いた。
それ以上に、衝撃的というか今朝の喜びが砕かれた言葉に、ビックリした。

仲直りしたと思ったのに…。もともと部長が仁王に突っかかっただけで、ケンカじゃなかったのかもしれないけど……、
また元通りかと思ったのに。



「もちろん話はちゃんとしたよ。ただ、仲直りの話じゃなくて、宣戦布告。」

「せ、宣戦布告……?」

「俺は近々茜ちゃんに告白するって。」



よく意味がわからなかった。

宣戦布告なんて言葉、漫画や歴史の教科書でしか見たことない。どういうときに使うかなんて想像以上はないし、あたしはこれからも使うことはないだろう。
そしてそれを仁王に、というのもわからなかった。



「俺は、茜ちゃんが好きだよ。」



でもこの部長の台詞は、何となく、ほんとに微妙にわずかにだけど。

ずっとわかってたような、もう知ってたような。そんな気がした。



「…ちょっとは気付いてたって、そんな顔だね。」



部長はようやく笑った。すごく優しい、今朝の夢と同じ顔で。

仁王の話に入ってからは、真剣な顔だったけど。
あたしに気持ちを伝えたそのときも、ジッとあたしを射抜くような目をしてたから。

あたしはその部長の笑顔が、素直に、魅力的だと思う。



「…あ、ありがとう。」

「いや。こちらこそ。」

「…あー、っと、…でも、あの、あたし……、」

「わかってるよ。」



また部長は笑った。今度は困ってる顔だ。

もうそれ以上言わないでって、わかってるんだからやめてって聞こえた気がした。



「俺はね、仁王に借りがあるんだ。」

「借り?」



部長が借りなんて、すっっごく意外だった。相手が仁王なだけにあり得るかもとも思ったけど。そもそも部長は弱みなんて見せないから。

でも部長は、その仁王への借りの話をしてくれた。倒れて入院した翌日のこと。

病室にいきなり一人で来た仁王は部長に、呪いをかけたんだって。
部長の大切な右手を握って、絶対に治るって、そう言い切って笑ったんだって。
それは部長にとって、病に立ち向かう小さな最初の一歩になったんだって。



仁王がそんなことをするなんて意外だったし、
病名もよくわからなくて復帰できるのか、そもそも普通に歩くことができるのか何もわからない、そんなときに最初にかけられたものだったから。
そう、部長は言った。



「君のこと、譲る気はないつもりだったけど。二人がうまくいけばいいのにって、そう思う気持ちもあってね。」



複雑なんだよねーと、部長はもう暗くなった空を見て言った。

今日は朝、どんよりした曇り空だったけど、今は月明かりが明るい。
部長の、苦しそうな顔がはっきりわかって。
あたしも胸が苦しくなった。



あたしだって部長が好きだ。今まで何回も救われたことがある。

でも、仁王に対する思いは、そういうすべてを超えてて。
苦しいし泣いたことも何度もあるし、この先もうどうなるかわかんない、終わるぐらいなら終わらせないで続けたいなんて願ったりもした、そんな小さい恋なんだけど。

仁王に、気持ちを伝えたい。
今強くそう思った。
約束してる土曜日に。できるかな。



「一つ、アドバイスだよ。」

「え?」

「君が本当に仁王を好きなら早く言いなよ、」



違う高校に行くこと。
さっきと同じ射抜くような目で、言われた。

やっぱり部長、気付いてたんだ。



「あれ?幸村部長!茜先輩!」



少し遠くから、赤也の声が聞こえた。

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