「……。」
なんかちょっと、気まずい。
あたしと仁王はみんなと合流するべく、元いたファンタジーエリアに向かっているわけだけど。
…なんかよくよく考えてみると、ちょっと気まずい。
仁王の元カノ先輩に会うわ、泣くわ、抱きつくわ、挙句に氷帝生徒会長に恥ずかしい説教されるわで…。
チラッと仁王を横目で見上げると、バッチリ目があった。
やっぱり仁王を盗み見なんて、無理なんだ。
「ん、どうした?」
「いや!なんでも!」
「?」
顔が赤くなるのがわかって、恥ずかしさに俯いた。さっきは仁王に抱きつくなんてできたのに、今更目が合うだけでドキドキする。
ていうか、仁王は今、何考えてるんだろう。
さっきあたしが抱きついたこと、迷惑じゃなかったかな。嫌だって、思われてないのかな。
しかも知り合いであろう氷帝の人にも見られて、
元カノ先輩には見られなくてよかった〜とか、考えてたりして。
“好きな女を泣かせるなんざ男として失格だ”
仁王、否定しなかった。
元々そういうので否定するタイプではなさそうだけど。でも、
“違う”
まだ鮮明に覚えてる。夏祭りのあの日。
仁王は、今回と同じようにあたしのことを挙げられて、はっきりと否定した。その言葉が、さも今さっき言われたかのようにはっきり頭に響く。
でも、あのときとは違う思いが、今仁王の中にはあるの?
「あのー…、」
「ん?」
「…さっきのことなんだけど…、」
「うん。」
「仁王くんて……、」
あたしのこと好きなの?
……なんて聞けるわけがない。
そもそも、あたし自身が仁王に告白してもないのに、相手の気持ちを先に聞くなんてずるい。
じゃあ今、あたしの気持ちを言うべき?
好きってことや、仁王の気持ちを知りたいこと、元カノ先輩のことも気になってること、全部。
全部?
…いや、まだ大事な、ほんとに言うべきことを言ってないよあたしは。
「固まって、どうしたんじゃ?」
仁王はあたしを覗き込んだ。
少し不思議そうな、少し心配そうな顔をしてる。
あたしが変な態度を取ってるせいで、仁王にも変な気分を与えてしまってる。
今この態度は、こういう理由でねって、
全部全部言えたらいいのに。
口籠ってるあたしを見て、やっぱり笑った。すごく優しく。
もしかしたら、この笑顔を独り占めできるかもしれない。
でももしかしたら、この笑顔をもう見れないかもしれない。
そんなふうにちっとも進歩してない自分がほとほと嫌になるけど。
どっちにしても、来年からは会えなくなるんだよね。
「あ、茜先輩!」
遠くからあたしを呼ぶ声がして、振り返ると、赤也が手を振ってた。そばにみんなも。
「お前どこ行ってたんだよっ…て、仁王もいたのかよ。」
「おう。遅くなりまして。」
丸井はあたしの前に来ると、ちょっと怒ったように、連絡ぐらいしろよとむくれた。…探してくれたのかな。申し訳ない。
ジャッカルと部長もすぐそばに来たけど、
なぜかあたしを見つけた張本人、赤也は少し離れた位置でそっぽ向いてた。
なぜか、じゃなかった。赤也はあれ以来仁王と口きいてないんだった。丸井が困ってたっけ。
でもきっと、赤也は仲直りしたがってる。…根拠ないけど。
みんな赤也を察してか、ちょっと微妙な空気だし、
よしここは赤也の姉(自称)であるあたしが取り持とうじゃないの。
あたしが赤也を呼ぼうとしたそのとき。
部長が口を開いて、
あたしは何も言えなかった。
「仁王。もう用事は済んだのかい?」
それはそれはにっこりと、すんごく余裕のある微笑み。
前から薄っすら思ってたけども。あたしはもちろん、丸井たちよりずっと部長のほうが仁王を知ってる気がする。
全部わかってるよ、なんて受け取れもする顔。
「ああ、大した用事じゃなかったし。」
「へぇ、すんなり終わったんだ。それでそのあと、茜ちゃんといるんだね。」
それまで以上の異常な空気。
変な態度だったあたしが言うのもおかしいけど、これは、この空気はやばすぎる…!
仁王はというと、
…いや、仁王のほうは見れない。だって怖い…!
「仁王先輩。」
あたしも、おそらく状況がよくわかってない丸井もジャッカルも黙っていると、意外にも赤也が口を挟んだ。
「まさか、女といたんじゃないっスよね。」
そのまさかなんですけどね!
部長は察してるのはわかってたけど、まさかの赤也まで。鈍感だと思ってたけど案外鋭いのね、お姉ちゃん感心だわー。
なんて呑気なこと考えてる場合ではない。
仁王のほうは見れなかったけど、ハッて、いつもの小馬鹿にするような笑いは聞こえた。
イライラしてるのがよーくわかる。
「だったら?」
「…アンタいい加減にしろよ。」
「なにが。」
「フラフラフラフラして、茜先輩の気持ちも考えて……、」
「ストーップ!!」
あたしは叫んだ。
別に、赤也があたしを差し置いてあたしの気持ちを暴露するのを止めたかったわけじゃないよ。案外鋭いけど相変わらず空気は読めないのねとは思ったけど。
嫌だった。部長も赤也も、きっとあたしのせいで仁王に当たるのは。
仁王も、あたしのせいでイラついてほしくなかった。
「…みんな、感じてるかもしれないけどさぁ…、」
みんなの視線があたしに集まる。
嫌なのは何より、あれだけ強い意志で共に目標に向かってた仲間が、
全国で死闘を尽くしたみんなが、
なんか、近頃、バラバラだよ。
「…どうしちゃったのよ、みんな。」
最後は涙声だったかもしれない。
だって、普段はそりゃ自分勝手なやつらの集まりだし、ケンカも小競り合いもしょっちゅうだけど。
それでも、どこかで繋がってて、信頼し合ってるのがわかってたから。
あたしはその仲間に入れないと思ってしまうほど。強い絆だったじゃん。
「茜先輩…、」
「あたしはいいから、とにかく、」
涙がこぼれないように、息を深く吸った。
「赤也と仁王くんは仲直りして。部長も、あんまつっかかるふうに言わないで。」
あともう5ヶ月。みんなといられるのは。
高校いってからも、あたしと柳生以外はまた一緒にテニスできるかもしれないけど。
逆に、別の仲間がまたそれぞれにできるかもしれないけど。
「このままじゃ、やだよ。」
最後にそう言い残して、あたしは帰った。
なんかすーっごく偉そうなことを言ってしまって、気まずいって思いもあった。相当お節介だし。どさくさで部長に命令までしちゃったし(これはほんとに恐ろしい)。
でも…。
「おい、茜ー!」
あのゴテゴテしい校門(文化祭用)をくぐりちょっと行ったところで引き止められた。
振り向くと、団子を両手に持った丸井だった。
「俺も帰るから。」
「え、でも…、」
せっかく芥川君からフリーパスもらったのに。
ていうか、さっきは団子持ってなかったのに、あたしを追っかける道程で買ったんすか。
「あいつらはジャッカルに任せよーぜ。」
「すっごい頼りになんない!てか、丸井もみんなと一緒じゃないと…、」
「いーんだって。」
丸井は、片方の団子をあたしに差し出した。
「これで茜とも仲悪くなんのやだからな。」
「……。」
「あいつらはあいつらで、仲直りするって。なんか仁王がたこ焼きみんなに分けてたし。」
そういえば、たこ焼きは仁王に持たせたままだった。
食べ物シェアするだけで仲が良くなるとは思えないけど。
でも……。
「…ありがとう。」
「おう。」
「おいしい、この団子。」
「だろぃ?さっき茜探してたときついでに食ったからな。」
なんて抜け目のないやつ。
でもほんと、ほんとーに、
いいやつ。
食べ物、分けてもらったからじゃないけど。
丸井といると、心があったかくなる。
「ねー、丸井。」
「んー?」
神奈川県内行きの電車をホームで待っていた。
今日も一日いろいろあって疲れたなぁと思いつつ、
あー丸井に、早く言わなきゃって。ふと思った。
そのとき、電車が入ってきた。
「なんだよ?」
「これからクレープ屋さん行こうよ。おごるよ。」
よっしゃーってガッツポーズする丸井の笑顔を見たら、
もう言えなくなってた。
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